一冊まるごとクライマックス! 中将vs多情丸 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』
何と一月おいてすぐの刊行となった『ばけもの好む中将』最新巻は、前巻の衝撃のラストを受けて、一冊まるごとクライマックスというべき展開が繰り広げられます。宗孝の姉・真白と間違えられて凶賊・多情丸に攫われた初草を救い出すべく、夜の都を奔走する宣能と宗孝。一方、多情丸の過去の悪行がいよいよ明るみに出て……
京の裏社会の顔役であった黒龍王の跡を継ぎ、数々の悪事を重ねる多情丸。彼はその支配を盤石のものとするため、さらには己の情欲を満たすために、宗孝の十の姉・十郎太を狙います。
そのために宗孝の姉たちを人質にせんと企む彼の計画は、姉たちの強運と、多情丸の子分たちの間抜けさで失敗続きだったのですが――それがついにとんでもない事態を招くことになります。
牛車の中から、真白こと十二の君を攫った多情丸の手下たち。しかし十二の君と思いきや、それは彼女の牛車を借りて家に帰る途中の初草――つまり宣能の妹だったのです。右大臣から裏仕事を請け負う多情丸が、その右大臣の娘を攫ってしまった――これはもう、予測不能な事態です。
そんな中、最愛の妹が怨敵に攫われた知った宣能は怒りも露わに実力行使に走り、宗孝も初草を助け、そして宣能の暴走を止めるべく行動を共にします。
一方、多情丸の一の配下である狗王は意外極まりない真実を語り、さらに真白と春若までも初草を追って……
と、これまで長きにわたって描かれてきた宣能と多情丸の因縁は、本作において初草の誘拐を機に、一気に直接対決になだれ込んでいきます。しかしそれだけに留まらず、さらに様々なドラマが一気に動き出すことになります。
何しろ、本作の冒頭で狗王が語る事実からして爆弾級です。いや、確かになにやら曰くありげだとは思っていましたが、そことここが繋がるの!? と言いたくなるような展開には、息を呑むばかり。
その一方で、春若が真白にひた隠しにしてきたアレが明らかになる場面は、あらあらまあまあと生暖かい眼差しになってしまうのです。
そんなシリアスとコミカルが入り乱れる中で、しかし最もインパクトを残すのは宣能の暴れっぷりでしょう。確かに宣能の肩書は左近衛中将という武官ではありますが、しかし貴族のそれはあくまでも名誉職のようなもので――と思いきや、これが強い、本当に強い!
特に中盤で描かれる彼の立ち回りは、シリーズのクライマックスにふさわしい、まさしく無双としか言いようのない大活躍。そしてそんな彼の陰に隠れがちですが、宗孝も負けじとなかなか派手なムーブを魅せてくれます。
しかし、本作の、そして本シリーズのクライマックスは、その先に待ち受けています。
一足先に多情丸の隠れ家に忍び込んだ春若たちのおかげで、ピタゴラスイッチのように多情丸の情婦が恐怖を募らせ――というのは本シリーズらしいコミカルさですが、しかしその先には、全くもって笑い事ではない恐ろしい出来事が描かれることになります。
そしてその直後、隠れ家を探してやってきた宗孝が見たものは……
ここか、ここでこう描くのか! と、詳細を伏せた状態でこちらばかりテンションを上げて恐縮ですが、本シリーズで満を持して登場するアレの使い方の見事さ(そしてそこに居合わせるのが宗孝というのがまた巧い!)に、ただただ脱帽するばかりです。
さらに、もう一つのどんでん返しまで用意され、驚きの連発に目を白黒させているうちに、物語は幕を迎えます。
その盛り上がりはもちろんのこと、これまで縦糸として描かれ、物語に重苦しい色彩を与えていたストーリーに一つの結末が描かれたことで、シリーズ全体も落着してしまったようにも見えますが、まだ描かれるべきものが残されていることはいうまでもありません。
もちろん、本当の結末までそれほど残すところはないのでしょう。しかし、この物語にとってある意味最も重要な、大きな問題がまだ残されています。
はたしてそれをいかにして乗り越えてみせるのか――この先こそが本当のクライマックスでしょう。その時が今から待ち遠しくてなりません。
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