霜島けい『うろうろ舟~瓢仙ゆめがたり~』 稼業と酔狂と 二人が追う怪談の真実
実話怪談がブームとなって久しいですが、いつの世も、人は人が語る怪談に強く惹かれるものなのでしょう。本作はそんな江戸の怪談師・お伽屋の銀次と、この世ならざるモノを視る力を持つ医者・瓢仙が、様々な怪談の背後の真実を追う連作集です。
「お伽屋」を自称し、この世の不思議や奇怪な事件を集めては物語に仕立て上げ、好事家に売りつける青年・銀次。そんな彼がお得意先の一人である商人の嘉兵衛から依頼されたのは、ある怪談の真相を探ることでした。
真夜中の神田川に、青い行灯を灯したうろうろ舟が現れる――二月ほど前に江戸を騒がした怪談にすっかり取り憑かれてしまったという嘉兵衛は、そのうろうろ舟が何を売っているのか、銀次に調べて欲しいというのです。
そのためには神田川に夜毎張り込む必要がありますが、その間に必要な費用は払うという嘉兵衛に押し切られ、銀次は依頼を引き受けてしまうのでした。
しかしそうそう簡単に怪しの舟が現れるはずもなく、毎夜無駄足を踏む銀次。そんな彼に声をかけてきたのは、その場を通りかかったという瓢仙と名乗る隠居医者でした。
この世ならざるモノを視る力を持ち、そしてそんなモノをこよなく愛するという瓢仙。銀次の目的を聞き、興味を持った彼は、自分も協力すると言い出します。
かくて思わぬなりゆきで瓢仙と二人で夜の川を見張ることになった銀次。そしてついに二人の前に青い灯が……
本作の副題「瓢仙ゆめがたり」を見て、アッと気付く方は、かなりの江戸怪談好きではないでしょうか。というのも実は瓢仙は実在の人物――文政年間末期に大森で化け物茶屋、今でいうお化け屋敷の元祖を作ったことで知られる人物なのですから。
瓢仙が異能を持っていたというのは本作のオリジナルですが、いずれにせよ現実の彼も、そうしたモノが大好きな酔狂人であったことは間違いないでしょう。
そんな逸話がある瓢仙が、本作では怪談の真実を追うというのですから大いに気になりますが、むしろ物語の主人公は彼ではなく、お伽屋という聞き慣れない職業を営む銀次であるのも、また面白いところです。
お伽屋というのは、世間で噂される怪異の真実をとことん調べた上で、怪談に仕立て上げて客に売るという稼業(おそらく本作のオリジナルでしょう)。物語を人に語ることを生業とする者は江戸に幾人もいましたが、それがいわゆる実話怪談オンリーというのは、銀次くらいのものであります。
稼業で怪異を追う者と、酔狂で怪異を楽しむ者――共に怪異の探求を行いながらも、そのスタンスは正反対に近い二人がコンビを組んで真実を求めるところに本作の面白さと、(二人が次々と怪異に遭遇してもおかしくない)巧みさがあります。
そんな二人の初お目見えである本作は、三つのエピソードから構成されています。
冒頭で紹介した表題作「うろうろ舟」
とある漬け物屋に幾度も黒いバケモノが現れ、初めに主人の妻を、二度目には主人を喰らったという噂の陰に、子供の孤独な魂の存在を描く「お伽屋」
芥子細工を得意とする職人が作った割り長屋のひながた(模型)に、小指の先程の女性が棲みついたと聞いた瓢仙が、さらに不思議な因縁に巻き込まれる「ひながた」
これまで「霜島けい」名義で『のっぺら』や『九十九字ふしぎ屋商い中』といった妖怪時代小説/時代怪談を発表してきた作者ですが、本作もこれまで同様、どのエピソードでも類話のないような個性的で、そしてそれぞれに不思議な魅力を持つ怪異が描かれます。
たとえば「うろうろ舟」など、誰もいない深夜にうろうろ舟が川を行くという、いかにも怪談らしいシチュエーションですが――そこに青い行灯を加えることで、何とも不気味で、そしてダイレクトにその存在となっているのに感心させられます。
そして怖い、あるいは奇妙だというだけでなく、いずれの物語も、人情譚としてきっちり成立しているのも嬉しいところであります。もちろん人の情にも喜怒哀楽様々にありますが、その諸相を怪談の中に盛り込み、怪談にして人情譚として成立させる――というより、二つ揃って初めて一つの物語として完成する様は、やはりこの作者ならではの巧みさだというべきでしょう。
さて、実は銀次が怪異を追うのには、隠された理由があります。瓢仙にも明かさない、かつて彼自身が経験した怪異の正体とは――それはこの先の物語で語られることになるのでしょう。そんな物語の縦糸も楽しみな、新シリーズの開幕編であります。
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