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小説「二十年の片想い」14~32

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大長編小説「二十年の片想い」14~32(1991年9月。夏休みが明け、大学の後期の活動が始まる。文学部仏文科クラス編)
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2024年4月の記事一覧

二十年の片想い 23

二十年の片想い 23

 23.
「おい、大野。起きろ。起きろってば。美咲ちゃんが来たぞ」
 大野は片山と高村に揺さぶり起こされ、やっと目が覚めたようだった。
「え?授業、終わったの?」
「とっくにな」
 美咲は授業が終わると、無言のまま仲間五人のそばへ来て、「おはよう」と挨拶だけして、大野の正面に立ったのだった。花枝は心配そうに見ていた。楓も固唾を飲んで成り行きを見ていた。
「おはよう、大野くん。あたし遅刻しちゃって、

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二十年の片想い 22

二十年の片想い 22

 22.
 翌日、楓が午前の授業の教室に入ると、クラスの者はまだ誰も来ていなかった。楓は迷っていた。美咲が来たら問い質すべきなのだろうか。「昨日の夜、見たんだけど、どういうこと?」と。しかし、盗み見したようできまりが悪い。花枝が来たら相談してみようか。
「おはよう、秋山さん。相変わらず早いね」
 片山が眠そうな目をして来た。
「おはよう、片山くん」
 楓は笑顔ではきはきと挨拶した。まさか片山には言

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二十年の片想い 21

二十年の片想い 21

 21.
「痛っ……」
「楓、大丈夫?」
「気をつけないと。衣装に血がついたら大変だよ。これは市村先輩が着る一番大事な衣装なんだから」
 楓は、演劇サークル「はばたき」同期の川井瑞穂(かわいみずほ)、菊地真央(きくちまお)の二人とともに、冬の定期公演で着用する舞台衣装の製作に当たっていた。場所はサークル第二棟、数ある部屋のほとんどを演劇サークル「はばたき」で使用しているため、通称「演劇棟」と呼ばれ

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二十年の片想い 20

二十年の片想い 20

20.
「美咲。何かあったの?地元の彼とは別れて、晴れて自由の身になったんじゃないの?大野くんじゃだめなの?」
 文学部棟の広いロビーに設置されたソファに、美咲と花枝は座っていた。美咲の思い詰めた顔に、花枝は小さな声で聞いた。美咲は花枝の目を探るように、すがりつくように見ると、一息おいてから、逆に聞いた。
「花枝は、あたしの気持ち、知ってた?」
「もしかして、高村くん?」
 花枝は遠慮がちに聞いた

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二十年の片想い 19

二十年の片想い 19

19.
「では、夏休みの課題の提出は、特別に来週に延期する。今日の時点でこれほどやっていない者が多いとは驚きだ。大学は遊ぶところではないんだぞ。いいか。来週未提出の者、または著しく間違いの多い者、他人のものを丸写しした者は、単位を落とすことにする。そのつもりで」
 さらに数日後、教授が怒りを顕わに出ていった教室では、ブーイングやぼやきであふれていた。
「ふざけんなよ、あのおやじ。夏休みにこんな英語

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二十年の片想い 18

二十年の片想い 18

18.
「しょうがないよな……」
 高村は、美咲が走り去った後の銀杏の大樹を見上げながら、暑さの残る緑の風にあたりながら、呟いた。緑の色は、五月よりも濃くなり、葉も生い茂っている。あの時美咲の帽子が引っかかっていた枝に向けて、左手を高く上げた。直接枝には届かない。相当な高さがある。
「余裕」
 呟いてみたが、あの日のように飛ぼうなどとは、もちろん思わない。
「取ってあげないわけには、いかないだろ…

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二十年の片想い 17

二十年の片想い 17

17.
  数日後、美咲は大学最寄り駅の駅前広場にある「友情の像」なる、詰め襟の学生服に学帽をかぶった男性が二人並んで立つ、大きな彫像の台座の陰に隠れて、改札口をじっと見ていた。まだまだ残暑は厳しいが、快晴の空は、あの日のように青くまぶしい。腕時計を見た。もうすぐ来るはずだった。
 美咲はその姿を見るなり、胸が高鳴って、普段ならすることのない緊張を覚えた。高村が一人、改札口を出て大学へ向かって歩き

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