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二十年の片想い 18

18.
「しょうがないよな……」
 高村は、美咲が走り去った後の銀杏の大樹を見上げながら、暑さの残る緑の風にあたりながら、呟いた。緑の色は、五月よりも濃くなり、葉も生い茂っている。あの時美咲の帽子が引っかかっていた枝に向けて、左手を高く上げた。直接枝には届かない。相当な高さがある。
「余裕」
 呟いてみたが、あの日のように飛ぼうなどとは、もちろん思わない。
「取ってあげないわけには、いかないだろ……」
 高村は手を下ろすと、銀杏の大樹を後にした。つきあってひと月にも満たない、野島恵を思い浮かべた。花枝の顔とダブった。自分もまた花枝をあきらめることができないのだろうかと、一瞬考えた。だがすぐに切り替えた。
「前へ、進む」
 片山の顔が浮かんだ。愛想が良くて、ひょうきんで、誰にでも好かれる男。
──こいつ、バレーは超得意なんですけど、顔もなかなかイケてるんですけど、どうも奥手でしてねえ。話しかけてやってくださいよ──
 きらきらした笑顔で試合を見つめる、スカイブルーの花柄の水着を着た一人の美女を見つけてはっとしたはいいが、実はナンパなどしたことはなかった。軽いノリで女の子に声をかける、そんなことができるわけがない。片山がいてくれてこそ「ゲット」できたのだ。最初は互いに恥ずかしがりながら喋っていたが、不思議と意気投合した。これから、大切にしていきたい存在だ。
 そして恩人片山が見つけたのは、高校時代の片想いの相手に似ているという、片山に合った、かわいらしい顔をした少女だった。二人がうまくいくことを願った。
 残る大野は、今目の前から走り去った白い妖精のような美咲に、追いつくことはできるのか。大野なら、黙っていても何人もの女が言い寄りそうだった。だが、クラスの大半を占める金持ち連中、お嬢様連中は、男を服装や持ち物で判断している。それが高価なものか安価なものか、高級ブランド品か否か、実にくだらないものを判断材料としている。
 大野と片山とは、互いに「貧乏」の匂いを感じ取り、自然と集まった三人だった。大野は確かに財布の中は数百円ということが多く、確かに古ぼけた服を着ている。そんなわけで、三人の中で、いや、クラスの男子の中で最も「色男」だと思われる大野には、お金が全てという女子連中は、誰も言い寄らない。しかし、大野の服も、持っているビジネスバッグも、財布も、それらは全て兄の「お下がり」だそうで、もともとは質の良いものではないかと思われる。時計は兄からもらった、大学入学祝いの品らしいが、自分の時計よりは数倍か数十倍の値段がするものであろう、ブランドの横文字が入っている。大野自身はブランドには興味はないらしく、ただ「気に入っている」とだけ言う。古ぼけた服を着ていても、その時計は、大野によく似合っていた。
「大野は、いいやつだよ。白い妖精さん」
 高村は独り言を言うと、頭を切り替えて文学部棟へ入り、恐怖の授業の教室へ向かった。

  *    *    *

「あれ?美咲ちゃん、どうしたの?その髪」
「あ、坂本先輩、お久しぶりです」
 笑顔で答えたものの、美咲はどきっとした。似ている!洗面所を出てすぐにばったり会ったのは、六月に告白され、その時は断った先輩のうちの一人、坂本竜平(さかもとりゅうへい)だった。たった今、自分をふった男と、どことなく似ていた。
「前と随分、イメージが変わったね。前よりずっときれいになったよ」
笑うと似ているのかもしれない。ちょっと坂本のほうが神経質そうではあるが。
「ありがとうございます!佐倉美咲、たった十分前に失恋したばかりなんですよ!」
「え?」
「本当なんですよ!見事に当たって砕け散りました!」
 美咲は半ば自棄っぱちで、笑いながら坂本に向かって敬礼のポーズをした。
「そうなんだ」
 坂本は驚いたようだったが、美咲に合わせて敬礼のポーズをした。
「先輩。一勝負しましょうよ」
 美咲が声に色を含ませ、熱い目で坂本の目をまっすぐ見つめると、坂本は顔を赤くした。それを確認した美咲は、自分の腕を坂本の腕に絡ませた。
「ちょっと暑いですけど、気持ちのいい青空だし、今日は湿気も少ないですよ。あたし今、すごくテニスをしたい気分なんです」
 美咲は坂本を誘い、広いキャンパス内のテニスコートへ向かった。坂本にわざとしなだれかかったり、自分の胸を坂本の腕に押しつけたりしながら。
 

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