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雨の降る日、気まぐれなきみに傘を差しのべるのは私でありますように

「じゃあ、私達こっちの駅から帰るから」

そう言って友人ふたりは私と好きなひとを残して、私たちとは反対方向の道へ帰って行った。そして残された私たちはふたり、肩を並べて駅まで向かうことになった。


「さむいね」

そう言って、自称“日本一のさむがりさん”なきみは、寒そうに腕をさすった。だがおかしなことに、雨が降る中で一向に傘をさそうとしない。


「卒業式に風邪ひいたら笑えないよ」

「おれフランス人だから傘はささない」

フランス人は傘をささないらしい。
どこで覚えてきたのかもわからないようなジョークで交わされ、結局駅に着くまで彼は傘をささなかった。

そして私は、最後まで彼に傘を差しのべることが出来なかった。




「何でいとまで傘たたみ始めてんの、濡れるよ」

「だってきみがいつまで経っても傘ささないならわたしだって一緒に濡れてやるし」

「へんなの」

そう言って一緒に髪の毛をぬらして帰ってきた。それが今の私に出来る精一杯だった。

単に照れくさくて恥ずかしかったのと、ただでさえ私たちふたりが仲良くすることをよく思っていない女子達に、これ以上嫌われるのが怖かったから。ううん、そうじゃない。本当は、差し伸べた手を拒まれるのが怖かったから。


たかが傘一本で大袈裟な、
これを読んでいる人々にはそう笑われるだろう。最後まで何故彼が頑なに傘を開かなかったのかは、いつものような気まぐれかもしれないし、もしかしたら私からの傘を待っていたのかもしれないし、本当のところはわからない。

そうして結局私は、せっかく詰めた彼との距離から自ら一歩下がってしまったのだった。



「どうだった?ふたりだけの帰り道は」

案の定友人のおせっかいの上で成り立ったものだったらしく、好きなひとと別れた直後にメッセージ届いた。ごめんね、意気地無しの私はまただめだったよ。そんなこと言えるはずもなく、ただ“ありがとう”とだけ返しておいた。


もしも、私があの時一緒に入ろう?と可愛く差し伸べられたなら きみは素直に歩み寄ってくれたのだろうか。こうやって、ひとつひとつの小さな積み重ねの直線上に今の私たちがいる。もどかしいけれど、結局これが私たちの限界。

どちらかがあと一歩、
たったの一歩を踏み出せさえすれば 私たちは変わることも終わることもできるはずなのに。




“幸せ”とは、星が降る夜とまぶしい朝が繰り返すような事じゃなく、大切な人に降りかかった雨に傘をさせることだ。

ほら、backnumberも同じこと歌ってた。いつか私にも、大切なひとに傘を差し伸べることができる日がくるのだろうか。雨の日にちょっぴり楽しくなってしまう、そんな日々が。

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