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【連載】家船参加作家 / CLIP.1 荒木佑介インタビュー | 家船特集

作品「家船」は多数の作家と地元住民、様々な協力者によって共同制作されている。この作品への参加作家が個人では普段どのような活動や制作をしているのか、レビューとレポート3月号「家船特集」を皮切りに、各人へのインタビュー記事を連載形式で掲載する。
今回は荒木佑介へインタビューを行った。

荒木自画像

荒木佑介(あらき ゆうすけ)
サーベイヤー
1979年 リビア生まれ。幼少期を米国で過ごす。
2003年 東京工芸大学 芸術学部 写真学科 卒業

(聞き手=KOURYOU)


ー荒木さんの今までの活動についてご紹介いただけますか?

荒木
:サーベイヤー(*1)として活動しています。おもに土地の歴史や伝承、信仰や風習に関するものを対象としています。地形の専門家である伊藤允彦さんとともに調査することが多く、それぞれが得意とする分野で日夜ディスカッションを続けています。
伊藤さんと私の共通点があるとすれば、人ひとりが生きる時間の長さにあまり興味がないことかもしれません。数百年あるいは数千年、地形の場合はさらに単位が大きくなりますが、個々の事象を全体の流れの中から捉えようとする点が共通しています。そのため、お互いが違う分野の話をしていても、会話が成立してしまうことがよくあります。ともに調査する理由がそこにあるのかもしれません。

*1 現地に赴き、その土地の地形や、都市、建築物、石碑等の可視のものから、不可視化された慰霊や伝承、信仰、風習等を計測するもの。(伊藤允彦氏による定義)

荒木図1

志々島の埋め墓(三豊市詫間町)2019年 撮影=荒木佑介


ー調査をする時にどのような事を重要視されていますか?

荒木:ここ数年は、神・信仰・死生観の3つをテーマとして設定しているのですが、これらを探る手がかりとして墓地を重要視しています。墓地はその土地の人間が何を考え生活してきたか、抽象具象を問わず、あらゆる情報が圧縮されているという仮定がまずあるのですが、それ以前に、墓地は地域によって全然違うんですよね。そこにある風景からして違うので、気になるものが目につきやすいという単純な話でもあるんです。
墓地は圧縮された情報であるというのは、解凍しないことには情報が読み取れないということでもあって、お墓を訪れただけで分かることはそんなに多くないです。解凍ツールが必要になるということなんですけど、それがどこにあるかは、はっきりとは分からない。たとえば、「平和公園と名古屋」の調査では、西蓮寺の副住職からお話を聞くことができたのですが、その話は圧縮された情報を一気に解凍するようなものでした。あの時の興奮は今も忘れられません。
2019年の瀬戸内国際芸術祭では、KOURYOUさんから粟島に伝わる横に長い神棚(*2)を調べて欲しいという依頼がありました。他にも気になったことならなんでもということでしたので、西讃沖に今も残る両墓制を見に行きました。本島、佐柳島、志々島、粟島の四島を巡り、伊藤さんにも同行していただきました。

*2 神棚(瀬戸内海歴史民俗資料館)

荒木図2

龍渓寺跡(中津川市苗木)2017年 撮影=荒木佑介


ーどのような動機で土地の調査を始められたのですか?

荒木:諸星大二郎が好きなんですけど、『妖怪ハンター』という作品の影響があるかもしれません。『妖怪ハンター』は民俗学を題材にした作品で、主人公は怪奇現象に遭遇しつつ、その中で謎解きをしていきます。それはあくまで好きで読んでいたというだけだったんですけど、岐阜の中津川で龍渓寺跡を見に行った時、『妖怪ハンター』を読んでいる時の感覚と同じものを味わったんですよね。その時の体験が決定的だったと思います。土地の調査をすれば、よく分からないものに遭遇することもあれば、謎解きもできると。
作中のような怪奇現象はあるわけないと思いつつ、頭の片隅ではどこか期待しています。実際、不思議な出来事は一度だけ遭遇したことがあり、「猿供養寺とマヨヒガ」の中で少し触れています。人柱伝説のある土地で白い人が現れたけど消えてしまったという話です。伊藤さんとも、あれは一体なんだったのかと話していたわけですが、後日、思わぬ形で応答がありました。「猿供養寺とマヨヒガ」は、眞田弘信さんの『猿供養寺物語と人柱伝説』(寺野の歴史を考える会、2004年)をベースに構成したものなんですけど、掲載直後に眞田さんご本人からメールをいただいたんです。我々の謎解きに対し、さらに謎解きを推し進めるような内容で、大変感動しました。白い人についても言及があって……ゾッとするようなことが書いてありました。眞田さんの手によって我々が謎の一部として取り込まれるかのようなお話だったので……。

荒木図3

人柱供養堂(新潟県上越市板倉区猿供養寺)2018年 撮影=荒木佑介


ー連載面白く読ませていただいています。白い人の話には続きがあったのですね。眞田さんからのメールの内容がとても気になるのですが…内緒ですか?

荒木
:白い人は人柱になった僧侶ではないかと眞田さんは仰ってました。その結論に至るまでの話の運び方が見事だったわけですけど、ゾッとしたのは、私は白い人としか言ってないのに、眞田さんは白い装束を着た人と認識していたことなんです。確かに、私が見たのは白い装束を着た人でした。

荒木図4

キリストの里伝承館(新郷村)2019年 撮影=シゲル・マツモト


ー作品制作についてはどう捉えられていますか?

荒木
:一応、美術家という肩書きもあるので制作もします。ただ、ここ数年は調査することの方が多いので、サーベイヤーという肩書きをメインにしています。数年後どうなっているかは分かりませんが、現場が好きなので、それを継続するための活動次第で、仕事自体も変わっていくのかもしれません。特にこだわりはありません。

ー「家船」では調査だけでなくご自身の作品として「神棚の屋根」(図1)を制作されました。先ほど「お墓は情報が圧縮されている」と仰いましたが、神棚の屋根の造形は「家船」のコンセプトが圧縮された素晴らしい作品だと思っています。サーベイヤーとしてなさっている「解凍」だけでなく、今後荒木さんの「圧縮」の仕事も個人的に見てみたいです。

荒木図5

図1「家船」神棚の屋根 撮影=KOURYOU


荒木
:謎解きが好きなので、依頼を受けたり、テーマを投げられたりした時の方が制作しやすいと感じています。そういうタイプの美術家なんだと思います。職業軍人ならぬ、職業美術家というか。クライアントワークであればミッションをこなせばいいんですけど、KOURYOUさんの依頼ともなるとそうはいかない。圧縮するだけでなく、解凍ツールも作り、見に来た人が展開できるようなものになればいいなと思って作ったのが「家船」の神棚です。

ー確かに、神棚は「家船」を圧縮したもののようにも見えますが、「家船」自体に圧縮がかかっているので、逆に解凍ツールにも見えますね。

荒木
:そう言っていただけると嬉しいです。圧縮と解凍の関係が、家船と神棚にも見られるということですよね。私の方からそんなことは言えないですけど、それだけに作って良かったと感じます。
私にとって「家船」は、やりたいことをやれたプロジェクトでした。調査から始まり、制作もあり、原稿もあり、現場作業は大変でしたけど、美術への関わり方としては理想的でした。私個人の活動に関しては改善の余地がまだまだありますけど、それにも気付くことができたプロジェクトでした。これからも機会があれば、土産話を持って「家船」に乗船したいと思います。


調査報告書1「川中島八兵衛」
荒木佑介+伊藤允彦
「レビューとレポート」第2号 2019年7月

調査報告書2「平和公園と名古屋」
荒木佑介+伊藤允彦
「レビューとレポート」第3号 2019年8月

調査報告書3「猿供養寺とマヨヒガ」
荒木佑介+伊藤允彦
「レビューとレポート」第4号 2019年9月


トップ画像撮影・作成=荒木佑介
プロフィール画像撮影=シゲル・マツモト


レビューとレポート 「家船」特集 / 第10号(2020年3月)