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コレクションの意義と公共性——世田谷美術館『土方久功と柚木沙弥郎』レポート

「ネ、マスタン ガルミヅに行こう 私たちの親類の家にお祝があるのだよ 行ってご馳走を食べようよ それからマスタン 帳面を忘れないようにね 沢山の人達が来るよ、そして あなたは又人々が食べたりする所を描くのだろ それから色んなことをきいては 独逸の字で書きつけるのだろ 今日は丁度日曜日だし、お天気はいいし ネ、マスタン ガルミヅに行こうよ」娘達は私が絵をかくことを知っているのだ そして又、私が人の寄る所には何処にでも お祝にも、お葬式にも、踊にも 出かけていっては人々の前後を画き それから細々と色々な事を尋ねては 何でも手帳のはじに書き込むことを 知って居り、そして何といおう、それに 興味をもち、好意を持っているらしい そして私が土人の料理を何でも食べるのにも 物珍らしさと親しみとを感じているらしい
土方久功著「青蜥蜴の夢」『青蜥蜴の夢』(大塔書店、1956年)より抜粋
※ガルミヅ…土方が滞在したパラオ諸島のコロール島にある村

(会場キャプションより引用)

今までもそれまでも、ぼくは急に変わったもんじゃない。最初っから同じものをぼくはやっているつもり。ただ、精神性という言葉を使えば、そういうものを露わに表してるのが、セカルだと思う。セカルは精神性に気づかせてくれたきっかけだね。ぼくは考えてみれば、生涯、同じことをずっと続けてやってきている。それを今後もがんばってやるだけ。それが僕の人生だと思う。大きなLIFEと小さなlife そういうことだね。がんばる。がんばれ。
――「セカルの作品」展覧会に寄せて 2023年7月23日
ーー柚木沙弥郎

(会場キャプションより引用)


9月9日(土)より11月5日(日)まで、世田谷美術館(東京都世田谷区)で企画展『土方久功と柚木沙弥郎 ――熱き体験と創作の愉しみ』が開催されている。東京美術学校(現・東京藝術大学)の彫刻科を卒業後、ポール・ゴーギャンへの憧憬と考古学、民俗学への強い関心から、1929~42年の13年に亘ってミクロネシアで制作と研究の活動に従事し、帰国後も彼の地をテーマに多くの芸術的、学問的成果を遺した土方と、東京帝国大学(現・東京大学)で美術史を修めて大原美術館に勤務した後、染色家・芹沢銈介との出会いから自身も創作の道に転じて、100歳を超えた現在も旺盛に活動する柚木沙弥郎。
約1万7千点の作品を所蔵する世田谷美術館は両者の作品も多数コレクションしており、本展覧会は、それらの作品を中心に二人の活動へ新たな関係性を見出すべく企画されたのだという。
土方と柚木に、作家としての活動における接点や創作上の直接的な影響関係は無いが、共に彫刻、染色というそもそもの専門領域に留まらない活動範囲の広さを持ち(特に土方は詩作や民族誌学でも顕著な成果がある)、絵本や挿絵の仕事へ積極的に取り組んだという共通項に着目、その部分の比較へ特にフォーカスした展示構成となっている。
そのキュレーション的な試みへの評価はこれから様々あるだろうが、本展も含め、世田谷美術館はこれまでも自館のコレクションによる企画を積極的に行っており、それ自体が、収蔵や保管、研究成果の公表と共有という美術館本来の公共性に照らして価値ある行為ではないだろうか。
レビューとレポートは、台風が接近しつつあった9月8日の午後から行われた本展内覧会とプレスツアーに参加を決行。当日の様子も含めて、会場の様子を写真中心に以下レポートする。



PARTⅠ. 土方久功ーパラオ諸島とサタワル島で過ごした日々への憧憬


展示風景(土方久功):入り口から入ってすぐの広い空間。


『土方久功と柚木沙弥郎 ――熱き体験と創作の愉しみ』は会場をpart.IとIIに大きく分けている。前者を土方、後者を柚木の展示に割り振り、その中をさらにいくつかのセクションに区切って個々の創作を紹介する構成だ。両者共に彫刻、水彩、染色と、最も知られている作品群をまず紹介し、続いて商業出版や依頼制作などで手がけた絵本や挿絵などの『共通項』を展示している。
PART.I の土方は、まず入り口から続く窓が庭へ開けた空間に、ユーモラスな抽象化が施されたフォルムの獣や立像のブロンズ彫刻が展示され、続く通路を兼ねた壁面にはパラオ諸島に滞在していた時代から制作している木彫(マスク)と、向かい合わせで帰国後に作った首像(※)が並ぶ。

(※)世田谷美術館の所蔵する土方の作品はほとんどがパラオから帰国した後、戦後に作られたものである。


展示風景(土方久功):入り口から入ってすぐの広い空間。作品個別の撮影は禁止されていた。


展示風景(土方久功):入り口から入ってすぐの広い空間。ブロンズ立像。


展示風景(土方久功):第一室。
世田谷美術館で過去二回開催した土方の展覧会を紹介。1991年『土方久功展ー南太平洋の光と夢』、2007年『パラオーふたつ二つの人生 鬼才・中島敦と日本のゴーギャン・土方久功』



展示風景(土方久功):第二室へつながる通路と壁面。片側には木製のマスク、片側にはブロンズの首像。どちらもミクロネシアの文化から大きな影響を感じる造形。



通路を抜けた次室の大空間には、土方の創作中もっともよく知られている、パラオ諸島やサタワル島での生活や文化をモチーフにした木のレリーフ作品と、病もあり、体力の衰えた晩年にレリーフの代わりとして取り組んだ同地の水彩画、さらに現地での土方の様子を捉えた写真や資料などが並ぶ。この空間は土方のパートにおけるハイライトと言える。


展示風景(土方久功):第二室。帰国後に制作した木製のレリーフが並ぶ。パラオ諸島から持ち帰ったカイバックルという手斧で叩くように形を削り出したという。



展示風景(土方久功):第二室。晩年、病を得てからカイバックルを用いた制作が困難になり、レリーフとして構想した作品を水彩で描くことが増えたという。



「私の彫刻はまことにガチンガチンなのである」

プレスツアーで本展の担当学芸員が紹介するところによれば、土方は自らがレリーフを作る様子をそう擬音混じりに表現していたという。日本へ戻る際に持ち帰った『カイバックル』という手斧を使い、ガチンガチンと音を響かせ、板から形を掘り出すように作られたというレリーフやマスク、さらに前出のブロンズ像も含めて土方の作品は西欧的アカデミズムの造形感覚から遠く、全体を貫く形や色の感覚は、ある面では自身が敬愛したゴーギャン以上にリサーチ対象の人々や土地の姿に接近し得た表現(配布されたリーフレットから引用すれば、「ミクロネシアの人々へのあたたかな眼差しと、現地での熱き体験が息づいている。」)と言えるかもしれない。


展示風景(土方久功):第三室。絵本や雑誌『母の友』の挿絵が展示されている、PART. I 最後の空間。



展示風景(土方久功):第三室。福音館書店の雑誌『母の友』、『こどものとも』に掲載された『やんたくん』シリーズと、『ぶたぶたくん』の原画。



展示風景(土方久功):岩波書店から発刊されたエチオピア民話の邦訳『山の上の火』(H•クーランダー、W•レスロー著、渡辺茂男訳)。土方は挿絵を担当。



土方を紹介する最後のセクションは、前述の通り挿絵や絵本の仕事を集めているが、雑誌『母の友』(福音館書店)に寄せた童話『やんたくん』『ぶたぶたくん』シリーズ、岩波書店から発刊されたエチオピア民話の邦訳『山の上の火』(H•クーランダー、W•レスロー著、渡辺茂男訳)の挿絵など、いずれも前のセクションで展示されていたレリーフや水彩と共通の感覚に貫かれており、「子供むけの違う仕事」という隔絶した印象は受けない。
そもそも土方は日本を離れる前、初めての個展を開くときから当時の権威(帝展)を批判し、「素人」の重要性を主張するテキストを日記に記しており、初期から晩年まで、その価値観は一貫して揺らがなかったのだと言える。


(個人展覧会の為の前口上)
私は彫刻家になるつもりで美術学校に入ったのですが,美術学校を卒業する前に,彫刻の大家になって取りすますような気は毛頭無くなって了ったのです。
(中略)
私が今造って居るようなものは,何も五年間も美術学校に通はなくても,誰にでも出来るようなものです。全く私は大変な遠道を歩いたものです。いいや,この五年間が私に所謂玄人芸術を嫌ひにさせたのだと思へば,譬へ其の間が余りに長過ぎたにしても,自らの迂闊さを笑ふ外,腹もたちません。私は素人の余技が好きです。尤も所謂素人でも,解ったような玄人ぶった素人は,玄人より鼻持ちがなりませんがね。
(中略)
私の彫刻はしかく,よそゆきではありません,日常の其時々の気まぐれな,気楽な私なのです。其故見て下さる方々も,変な既成概念を暫らく忘れて,空っぽの心で見て下さるといいと思ひます。私の展覧会場では目を細くしたり,首をひねったり,こわい顔してにらみつけたり,ためいきをついて下さったりするような親切気は禁物です。どうぞ親しいお友達と,笑ったり喋ったりしながら,気楽に見て下さい。

出典:『土方久功日記』1926年11月25日
テキスト引用サイト:国立民族学博物館 土方久功アーカイブ:土方久功日記 第 10 冊
1926 年 7 月 7 日~ 12 月 16 日(大正 15 年)


そうした土方の姿勢と、柚木が手がけた各種の仕事やメディアにおける発言を比較してみると、同様の傾向が強く感じられるのだが、それらこそ、絵本や挿絵などの形式的な範囲を超えた二人の共通項かもしれない(この点はまた柚木の項で確認したい)。



PART II. 柚木沙弥郎ー”自由であること” 楽しみを見つける日々の営みから生まれる創作


展示風景(柚木沙弥郎):第一室。幟や旗のように巨大な布へ、シンプルな形態の反復や記号を配した染色作品が並ぶ。



土方の最後の部屋を通り過ぎ、PART.IIに入ると会場の雰囲気はまた一変する。100歳を超え、101才を目前にした現在も衰えずに創作を続け、工芸家、染色家の枠を超えた芸術家として、展覧会の開催やメディア出演の機会も多い柚木を紹介する三つの空間は、巨大なサイズの染色作品を中心に構成した二つの部屋と、それらに挟まれる、二つのやや小さな部屋で構成されている。


展示風景(柚木沙弥郎):第一室。世田谷美術館の広々とした空間を活かした構成だった。




展示風景(柚木沙弥郎):第一室。柚木は「型絵染」で重要無形文化財保持者(人間国宝)になった芹沢銈介に師事し、技法を受け継いだ。今回も染色のための型を参考として展示。支持体上で反復的に使用する。



展示風景(柚木沙弥郎):第三室。奥側壁面には柚木が自身の絵本『トコとグーグーとキキ』(村山亜土・文、福音館書館)に関連させて手作りした指人形『町の人々』と絵本のスライドが映し出される。


展示風景(柚木沙弥郎):第三室。柚木が自身の絵本『トコとグーグーとキキ』(村山亜土・文、福音館書館)に関連させて手作りした指人形『町の人々』。拡大。



展示風景(柚木沙弥郎):第三室。第一室と対を成すような構成。染色作品にはモンドリアンを思わせる幾何学的構成が目立つ。



大部屋に挟まれた小さな部屋の一つには、柚木のアトリエから持ち込んだ筆や絵の具などの道具に加え、インスピレーションの源になっているという、旅先などあちこちで買い集めた雑貨がまとめてアクリルケースでディスプレイされ、壁にはそれらが普段置かれたアトリエを撮影した写真(撮影:木寺紀雄)、柚木が、作家として持つべき精神性の重要さに気付かせてくれたと語るチェコの彫刻家・ズビニェク・セカルの立体作品、さらに土方との『共通項』である、柚木が手がけた絵本の仕事が紹介される。


展示風景(柚木沙弥郎):第二室。柚木をずっと撮影し続けている写真家・木寺紀雄が撮った自宅兼アトリエの写真に加え、「巨大なおもちゃ箱のよう」と雑誌の取材で感嘆された自宅から持ってきた各国の雑貨や筆、絵の具などの仕事道具をアクリルケースで展示。対面には、柚木が営む菓子屋のパッケージデザイン画と絵本の仕事が同様にアクリルケースで展示されている。



展示風景(柚木沙弥郎):第二室の小部屋。柚木が挿絵を手がけた『トコとグーグーとキキ』(村山亜土・文、福音館書館)をはじめ、児童劇作家の村山亜土(前衛芸術家・村山知義の長男)も紹介している。


柚木は、実業家で南画家だった祖父(柚木梶雄、雅号は玉邨。1865 〜 1943)、洋画家だった父(柚木久太)、同じく洋画家だった兄(柚木祥吉郎)など、家族にそうそうたる芸術家がいる環境で育ち、自身は東京帝国大学(現・東京大学)の文学部美学美術史学科を卒業後、大原美術館に勤めるなど美術が常に親しく近しいものとして存在していたが、創作の全般に対する刺激の多くは身辺に存在する雑多な物や日常のできごとから得ていたという。
柳宗悦の影響から『工芸』に目覚め、芹沢銈介に弟子入りして染色家の道を歩んだ現在まで、それは一貫している。
(作品に関する影響のあり方は、作家のウェブサイト上で染布、型染絵、型染ポスターなど、ジャンルごとに柚木特有の言葉で語られている)
多様な領域で創作に取り組み続けるその姿勢には、前述の土方における権威主義への懐疑と同様、芸術への自由で柔軟な精神が確固として存在しているように感じられる。さきにも比較したが、そうした部分こそ、両者における最も大きな共通点ではないだろうか。鑑賞に行かれる読者の方は是非、その点に注目してほしい。



内覧会、プレスツアーの様子 

内覧会とプレスツアーのあった9月8日は関東に台風が接近しており、開催が危ぶまれたが、開始時刻には雨も弱まって、事なきを得た。



内覧会の様子。柚木の展示風景を見る参加者。台風の影響は最小限だった。


プレスツアーの様子。柚木の展示を解説する担当学芸員の樋口氏と、聞き入る参加者。


プレスツアーの様子。柚木の展示を解説する担当学芸員の樋口氏。指差す方向は柚木が自身の絵本『トコとグーグーとキキ』(村山亜土・文、福音館書館)に関連させて手作りした指人形『町の人々』。


プレスツアーの様子。土方の第一室で作品を解説する担当学芸員の樋口氏。ツアーは2回行われた。



付録:ミュージアムショップ

展示にあわせて設えたミュージアムショップは今回、柚木や土方が出版した絵本や、柚木がシルクスクルーンを使ってデザインしたトートバッグ、さらにミクロネシア地方の特産であるココナッツ、ナタデココ、マンゴーなどの菓子、ジュース類が並ぶユニークな品揃えだった。


ミュージアムショップの棚。柚木や土方の著作、絵本が並ぶ。


ミュージアムショップの棚。柚木デザインのSIWAバッグ。ペットボトルを再利用した耐水性の『ナオロン』和紙を使用している。


ミュージアムショップの棚。ココナッツミルクドリンク。マンゴー入りとオリジナルの三種類がある。


ミュージアムショップの棚。柚木の絵本の世界をイメージした『hana』のクッキーボックス(非買)






土方久功と柚木沙弥郎 ――熱き体験と創作の愉しみ
世田谷美術館 1階展示室
会期:2023年9月9日(土)  ー 11月5日(日)
開館時間:10:00 ー 18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日 ※9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開館、9月19日(火)、10月10日(火)は休館
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00215

同時開催
ミュージアム コレクションⅡ
雑誌にみるカットの世界 『世界』(岩波書店)と『暮しの手帖』(暮しの手帖社)

世田谷美術館 2階展示室
会期2023年8月5日(土) ー 11月19日(日)
開館時間:10:00 ー 18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日 ※9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開館、9月19日(火)、10月10日(火)は休館
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/collection/detail.php?id=col00118




取材・撮影・執筆:東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。


東間嶺さんによるレポート


レビューとレポート第50号