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スペイン回想記4 ソローリャ美術館

ある夜、パブロの両親がピソに泊まりに来ていた。二人と、特にお母さんとたくさんおしゃべりした。美術館が好きでマドリードに滞在することにしたと話したら、

「ソローリャ美術館はいいところよ。バレンシアの海辺で、水着のなかったころだからドレスを着て水辺を楽しむ女の人や子供たちの絵がたくさんあるの。プラド美術館を見るには何年もかかるけれど、ソローリャ美術館ならどこか一日の午後だけで十分楽しめるわ。」

と、ソローリャ美術館に行くことをすすめてくれた。

ソローリャ美術館はチャンベリ(Chamberí) という地区にある。プラド美術館やソフィア王妃芸術センター、ティッセン・ボルミネッサ美術館のあるエリアからは少し離れていて、アト―チャ駅から電車なら20分、バスなら30分ほどかかる。画家ホアキン・ソローリャが絵画を制作し、彼の妻と3人の子供たちと暮らしたアトリエ兼邸宅を彼の死後に美術館として一般公開したのがこの美術館だ。

ソローリャという画家についてはパブロのお母さんから話を聞くまで知らなかった。彼は19世紀末から20世紀初頭のスペインを代表する画家で、光の画家と呼ばれている。

語学学校の授業が17時に終わり、そのままソローリャ美術館に向かった。17時半ごろ到着し、美術館の門をくぐるとアンダルシアのパティオ風の素敵な庭があった。チケット売り場(Taquilla)に行き、スタッフの女性に国際学生証をみせると「日本人でしょ。」と言われた。「なんでわかったの!?」と聞くと、「名字でわかるのよ!」と笑っていた。スペインにいるとこんなちょっとした会話が楽しい。

美術館に入るとちょうど男性がバレンシアの音楽をギターで奏でていた。窓から美しい庭の見える部屋で、スペインの風俗を描いたソローリャの穏やかな絵画たちに囲まれて聴くギターの音色は、ゆるやかな午後の空気と相まって、ふっと力を抜いて深呼吸したくなるような心地よさだった。

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ソローリャの絵の前に立つと家族へのあたたかいまなざしと潮風を感じる。彼の代表作であるPaseo a orillas del mar(海辺の散歩)には、風が強くておろしたであろう日傘を片手にし、飛ばされないように帽子を押さえて歩く妻Clotildeとそのまえを歩く長女Mariaが描かれている。地中海の蒼色によく映えるふたりの白いドレスが風になびくその音がまざまざと聞こえてくるようだ。海のないマドリードでもソローリャの絵に囲まれると地中海にいる気分になれる。マドリードの夏はビーチもなく潮風も吹かないため地獄だといわれるのだけれど、そんな暑い夏をやり過ごすためにマドリレーニョたちはここへ涼を味わいに来たりするのだろうか。私がいつかマドリードで夏を過ごすことになったら毎日ここにきてしまいそうだ。

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彼の描く子供たちが愛おしくてたまらない。日常の中で一瞬ごとに成長していく彼らの姿を絵にとどめておきたいという気持ちが伝わってくる。何でもない日に「ちょっとそこ立てよ」といって家族とペットを撮るわが父の姿が思い浮かぶ。

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2階の特設展ではDibujante sin descanso(疲れ知らずの絵描き)という展示をしていて、キャンバスではなく、紙に鉛筆で描かれたスケッチを見ることができた。本を読む子どもたちやベッドに横たわる妻の姿など生活の中の家族の姿が数多く描かれていた。さらに旅先のニューヨークではホテルの窓から見える通りなども描いていて、とにかく画家がひとときも描くことをやめず、研究を続け、それが彼の成功につながっているのだとひしひしと感じた。何事においても一流になる人は手を止めることはないのだろう。ソローリャもまた描いて描いて描きまくったのだ。

すべての展示を見終えると充足感に満ち溢れ、やさしい気持ちになっていた。この美術館が彼ら家族が暮らした家であったこともあるだろうが、ホアキン・ソローリャの描く対象への深い愛情がどの絵からも感じられる、とてもあたたかい空間だった。

ちなみに国際学生証があれば入館料無料である。通常でも大人一人3ユーロと良心的な価格である上に、土曜日は14時から20時まで、日曜日は終日(10時~15時)入館料無料で素晴らしい絵と調度品の数々を鑑賞できる。美術館めぐりはマドリード観光の醍醐味の一つだ。

プラド美術館も彼の典型的な画題である海辺の風景を描いた Chicos en la playa(海辺の少年) や社会を風刺した  ¡Aún dicen que el pescado es caro! (それでも彼らは魚が高いという!)、ミュシャを彷彿とさせる画面構成で妻Clotildeを描いた Santa en oración (祈りをささげる聖女)などいくつかソローリャの絵画を所蔵している。プラド美術館でソローリャの絵に惹かれたら、ぜひソローリャ美術館も訪ねてみてほしい。

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