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世の中、結果?過程?:「このマンガがすごい!」の理由を探る - 『東京ヒゴロ』 松本大洋

少年誌・少女誌の漫画と比べると、青年漫画はあまりメジャーに出ない印象があります。
そんな青年漫画家ながら、ひときわ世間の注目を集める作家がいます(当社比)。

映画化された『ピンポン』『鉄コン筋クリート』でお馴染み。
松本大洋さん。

クセのある作風ながら、市場と批評家の双方から高評を得ている作家です。
『竹光侍』では文化庁メディア芸術祭優秀賞や手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。『ルーヴルの猫』では「漫画のアカデミー賞」と言われるアイズナー賞で、最優秀アジア作品賞を受賞しています。

そんな日本の至宝:松本大洋さんの作品から今回紹介するのは、
このマンガがすごい!2022年男編5位
『東京ヒゴロ』
当代を代表する漫画家が描く、「漫画制作の物語」。
その魅力に迫ります。

◼︎あらすじ


大手出版社を早期退職した漫画編集者の塩澤。
会社員を辞めた男は、今、漫画に何を思うのか。
仕事か、表現か、それとも友情か。
人生五十年を越えても、憂い、惑い、彷徨う男たちにおくる鎮魂歌。
東京の空の下、時代の風に吹かれて、漫画が芽吹く。

ビッグコミックオリジナルより

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本作は、漫画家デビューから30年を超える著者が描く、漫画創作の漫画です。以前に『ルックバック』も取り上げましたが、本作もクリエイターによるクリエイターストーリー。
『ルックバック』が、創作と個人、そしてクリエイターと社会の繋がりを描いたとすれば、『東京ヒゴロ』は「社会の中でクリエイターとしてあり続けること」を描き出します。
あえて対比させて言えば、『ルックバック』が誰もが持つ創作の普遍性にフォーカスしたのに対し、『東京ヒゴロ』はプロにおける創作の姿に注目する形です。
本作の問う創作の舞台はより狭く、大人でシビアな世界です。ゆえにポップさは薄く、地味で渋い立ち上がりと言えるかもしれません。しかし、じっくり展開を追っていけば、社会の中で生きる我々すべてにつき刺さる「産みの痛みと産みの喜び」が、リアリティと煌めきを伴い迫ってきます。

◼︎まず、絵を楽しもうぢゃないか


言いたいことは色々ありますが、まずもって本作の丁寧な書き込みを堪能していきましょう。

朝イチでお掃除!

序盤の、主人公の生真面目さを描く清掃のシーン。

こんだけ気合い入った雑巾しぼりのコマ、他でみれますかい!?

きっちりねじられた雑巾はシワが寄って黒々となり、しぶとく残っていた水滴が、手を伝い流れていきます。バチくそリアルで、したたる水の感触が伝わるよう。
それでいて、コマの枠線や壁天井は、フリーハンドでヨレを残します。
緻密な情景描写と、あくまで人間味を残すタッチ。その融合により、暖かみある、独特の空間をつくっています。

『竹光侍』を読んだときもそうでした。松本大洋さんの作品を読んでいると、田舎のおばあちゃんが作る、滋味深い料理の味を錯覚します。『ピンポン』を読んだときは、鉄と塩の味がした。なんだこの感覚は。

地下鉄での移動

あと、素人目からも、漫画が上手いな〜と思わされます。
『東京ヒゴロ』では、本筋と関係のない街の喧騒にもセリフが当てられています。このシーケンスでは、それが最終的に、2人の間の気まずい沈黙の演出へと繋がっている。お互いの会話がなくなり、環境音がやたらに響く、あの感覚。
加えて、背景の緩急。まずは斜めアングルの、気がひかれる引き絵で始まり、対比するかのように寄りのカットで終わります。背景は書き込み一辺倒でなく、抜くところは抜かれる。キャラに注目してほしいところはごちゃごちゃ描かない。とても自然に、気持ちよくコマが流れていきます。(正直『花男』とか初期作品は、この緩急が薄くて慣れるまで時間がかかりました…)。

本作では、各話の最後が、大ゴマの東京の風景描写で閉じられます。
これもまた、どのような意味を込めての絵なのか、味わい深く楽しめて好きです。
漫画は絵と言葉で楽しむもの。本作の細部まで関心の行き届いた絵は、まさに一級品です。

郊外を歩く、男2匹。


◼︎突きつけられる、理想と現実


さて、本作のストーリーを一言でまとめれば、「プロであり続けること」を描いていると思います。
主人公の漫画編集者:塩澤は、漫画雑誌に理想を追い求める男です。しかし結果は振るわず、雑誌をひとつ潰してしまう。そして第二の主人公である漫画家の長作は、長年の連載の末に創作が枯渇し、かつての自分(理想像)に苦しめられています。

プロであるとはなんなのか?
それは、自分の創作に、人々がお金を出してくれるということ。

プロの創作の舞台は厳しいものです。
結果が伴わなければ、席はすぐに崩れていく。
作中では、理想と現実の狭間で揺れ動く人々が繰り返し描かれます。
それはまさに、社会で働き生きる私たちと同じ。
塩澤は、理想を追い求める自分の気質に、編集のプロであり続けること(理想を諦め、現実的にビジネスライクであること)への限界を感じ、業界を離れることにします。それが第一話。

一度は理想を諦めた塩澤が、最後にもう一度と、理想と向き合う覚悟を決めたのが物語の序中盤。恩人である最初の担当漫画家の、葬儀の帰り道でした。亡き担当との戦いの日々、憧れの作家の言葉を振り返る中で、もう一度、「理想の創作」を求める決心をします。

死して

本作は塩澤の、この最後の足掻きを描く物語でした。
彼は雑誌の刊行に向け、理想の作家たちに声をかけていきます。そこには様々な悩みを抱え、今や現場から離れたものも、市場から見放されたものもいる。塩澤が声をかける作家は、厳しい創作現場に合って自分の表現を見失わず、挑戦を続けた者たちでした。

世の中は結果が全てなのか?
そうでしょう。それがプロというもの。
会社の中で「赤字を生む漫画はゴミ」でしかないのです。

だけど、『東京ヒゴロ』は、結果だけが全てではない、現実だけが見るべき世界なのではないと、一方で強く訴えていきます。

◼︎過程の中で立ち上がるもの


本作を(あるいは松本作品を)一歩引いて読めば、理想論、夢物語だと、切って捨てた評価もできます。
現実の世の中は動物性にまみれ、市場は奇跡の物語ではなく欲望により駆動している。

それでも本作を、私が(そして世間が)評価できるのは、「喜びとは苦悩の大樹に実る果実である」そのリアルな重みを、しっかりと示してくれているからです。

「創造をする苦難の中にある喜び」。
それが、『東京ヒゴロ』が光を当てようとする果実です。

喜びを得たいなら、金を稼いで、快楽を買えばいい。正論です。
でもその方程式には「創造をする苦難の中にある喜び」は出てこない。

私たちがなぜ自らで創造することを諦めないのか。私たちが尊んでいるものはなんなのか。答えのひとつは"そこ"にあります。
夢に向かうための試行錯誤、理想へのあと一歩のための努力。その過程の只中に、忘れてはいけない喜び、昂揚がある。

産みの苦しみあればこそ…


世の中は、結論から伝えることが美徳とされてきました。
膨大なニュースでは結果だけが伝えられ、我々はその寸評の中で生きています。
情報は結論だけ。でも、人生はそうじゃない。
もし、私たちが人生は結果が全てと思い込み、過程の中に宿るものを忘れてしまえば、その生は鈍色になっていくに違いない。
長く短い人生の、過程の中で生きる私たちが、忘れてはいけない過程の中にある喜び。それをしっかりと描き出そうとするのが、本作であると思います。
塩澤と長作がどのように、創作の喜びを見い出すに至るのか。それは本作を通して読んだ人がそれぞれで感じることになるでしょう。


やっぱり、「このマンガはすごい!」



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最後までご覧いただきありがとうございました!

松本大洋さんの作品は、かなり大人な仕上がりで評価が分かれる気がしますが、個人的にも好きな作家なので、知らない人は興味を持っていただけると嬉しいです。
ぶっちゃけ、『東京ヒゴロ』は舞台設定上かなりマンガ上級者に向けられた作品だと思います。松本作品の初心者に向けては、『竹光侍』をおいて他にないと思いますが、どうでしょう?抽象化と戯画化が極まった画力の爆発が凄まじく、エッジの効き具合とエンタメなストーリー展開が相まって、青年漫画を知らない人もねじ伏せられる魅力を感じます。
逆にマンガ大好きな人は、本作はとても親しみを感じる作品でしょうか?ぜひ皆さんの感想も聞いてみたいです。

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