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全能で不能な若者へ:「このマンガがすごい!」を探る - 『バイオレンスアクション』 浅井蓮次/沢田新

現在の少年漫画のトレンドはなんでしょう?
あらゆる文化がトレンドを持つように、漫画の世界にもトレンドがあります。

ひと昔前のジャンプ作品は、「友情・努力・勝利」が合言葉。
しかし最近の少年漫画を見ていると、「努力」の2文字は遠く薄らいでいるように思えます。
例えば、すべての敵を「ワンパン」(一撃)で倒していく『ワンパンマン』。最強が主人公である『ファブル』『サカモトデイズ』。はたまた「異世界転生/追放系」。これらの作品は、強さまでの「努力」をすっ飛ばした、新しい少年漫画の物語です。

月に一度、「このマンガがすごい!」の受賞作品を深掘りしていく本シリーズ。
今回の選書は、新時代的な最強主人公の物語。
このマンガがすごい!2018オトコ編10位
原作:沢田新、話:浅井蓮次 『バイオレンスアクション』

最強である主人公の悩み・葛藤・ドラマはなんなのか?
深掘りしていきます。

あらすじ

金、暴力、権力、自由。
欲望渦巻く現代社会で、どんな殺しも請け負う秘密組織「デリバリー」。
ピンク髪のショートボブ、抜群プロポーションが目をひく謎の美少女「ケイ」は、「デリバリー」イチの殺し屋だった。
一騎当千の“脱力系”殺し屋による、ハードボイルド・キリング・アクション。

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血飛沫を浴びる主人公ケイ(二十歳)
こんにちは。

「私たち」の物語り

ハンドガン、サバイバルナイフを片手にターゲットを一網打尽。
ベイビーピンクなヘアカラーの乙女が、本作主人公のケイです。
彼女は「私たち読者」です。
もちろん、私たちは殺しを生業はしていません。多分。
でも抽象化すれば、ケイは私たちと同じです。

第一話の流れを見ていきましょう。
ひと気のない工場、ケイは瀕死の男を前に1人佇みます。
彼女は最強で、ほとんど敵なし。単身で敵地に乗り込み、赤子の手をひねるが如く、暴力団員を圧倒していきます。
ハンパなく強い。説明抜きに強い。理由なしで強い。
しかし、それでいてケイは、人生や仕事(闘い)に十分な幸せを感じていないようです。あくまで事務的に依頼をこなし、小市民的な幸福へのライフハックとして、「小さくても 目的作って生きるってこと」を頼りにしています。

職業殺し屋
直近の目的:日商簿記2級合格

私たちは、充実の社会保障と張り巡らされたテクノロジーで、ほとんど何でもできます。しかしそれでいて不自由を感じ、日々幸せになる方法を探している。
最強だが全能ではないケイのキャラクター設定は、私たち現代人の姿を写すようです。

なんでもできるが組織に囚われていて、機械的に仕事をこなしては笑顔でクライアントに挨拶を済ませる。

元気な挨拶は基本

やはり、ケイは私たちのアーキタイプです。
様々なことはできるはずだが、会社や学校に閉じ込められ、ちょっとした楽しみを見つけることを糧に生きる私たち。

そんな私たちの姿をうまく写しとっているからこそ、最強で、戦いになんの苦労もないはずのケイに親近感を覚え、彼女の物語を追ってみたくなってしまうのではないでしょうか。

残酷な世界で生き残るということ

本作のもうひとつの特徴は、バイオレンスな世界観。
第一話の闇医者は、無感情に組織の裏切り者を切り刻みます。彼の雇い主や、続話のどのキャラクターも、一切の慈悲を見せないサイコパスのオンパレード。

そしてそれは主人公のケイも同じ。
そこには、かつての少年漫画主人公たちが持っていた正義感や人道主義はありません。

問答無用!ドアを開けて5秒でピストル

この流れは、2000年以降の〈サヴァイヴ系〉の物語が、いまなお有効であることを示します。
〈サヴァイヴ系〉とは、高見広春『バトルロワイヤル』山田悠介『リアル鬼ごっこ』などに代表されるドラマツルギーです。
主人公が突如として殺し合いを命じられ、命がけで生き残りを賭けて競う物語。格差が広がり、中間層の振るい落としが進む社会では、他人に構っている余裕はありません。〈サヴァイヴ系〉は、そうした厳しい世相を映す物語群です。

『バイオレンスアクション』では、〈サヴァイヴ系〉からさらに一歩進んでいます。
ケイは、もはや殺し合いに戸惑うことはありません。彼女らにとって殺し合いは日常。
無感動に殺しを行う「敵」と「味方」。ケイもまた彼らに混ざり、日常と化した生き残りゲームへ、クールに事務的に参加しています。

ケイが他の殺し合い参加者と唯一違うところは、彼女だけは殺し合い世界に染まりきっていないこと。
例えば第一話の闇医者は、残酷な世界に擦り潰され、感情が壊れてしまっていました。しかしケイは、同じ残酷な世界においても潰されておらず、日常の喜びと未来への希望に視線を向けています。

それこそが、彼女の主人公性です。
このクレイジーワールドで、決して殺し合いゲームに、世界に呑まれないということ。
それが、新時代の主人公が持つべき「強さ」なのかもしれません。

おかしな世界では、おかしい人こそ正常。
マイナスのマイナスはプラス。

残る課題

さて、ここまでの整理で、この作品の特殊な世界観が分かってきました。

従来の少年漫画では、主人公は夢や目標、倒すべき敵があり、仲間を見つけて、ゴールへと近づいていく構造です。
しかし『バイオレンスアクション』では、敵は行きがかりの対抗勢力に過ぎず、絶対的なゴールではありません。そこには、疲れ果てた残酷な人間の群れと、傷つけられた子どもたちが目立つのみ。
あえてゴールを設定するなら、それは特定の悪人ではなく、この狂った世界のシステム全体。それをいかに破壊し、抜け出すかということだけです。

「殺し合いゲーム」からの脱出。
ここまで、〈最強系〉の物語のゴールをそのように定義してみました。
とはいえ、そんな私の予測から離れ、ケイはサディスト達と闘い続けながら、少しずつ出会いを増やしていく、従来の少年漫画ストーリーをなぞっていきます。
まぁそれはそれで面白いのですが、戦いの末に彼女に救いが、あるいは変化が訪れることはないのは必定。
本作は7巻で、組織犯罪集団の抗争をまとめ上げる形で、第一部完結となりました。続話でケイがどのように独自の幸せを手にするのか、座して待ちます。

変わる「努力」の方向性

〈最強系〉の物語は、次の構造を持つものと整理できます。

  1. 世界は残酷さや暴力に溢れている

  2. 主人公はそのサバイバルゲームの中で、並外れて優れた素質を備えている

  3. しかし日常において倦怠や鬱屈を感じ、変化を求めている

最強主人公は、何故最強なのでしょう?
不甲斐ない日常を忘れたい読者の欲望を汲み取っているから。そんな見方もあるかもしれません。
しかし、彼らは最強であっても、人生に悩みを抱えています。誰かを一瞬でブチのめせるパワーがあっても、彼らは幸福ではありません。
最強である彼らが憧れるのは、平穏な日常や平和なひととき。家族や友情。
本文で私は、ケイの万能感を、テクノロジーが錯覚させる私たちの万能感のアナロジーとしました。そこからさらに考察を進めるなら、私たちはただ力や能力を手に入れても幸福ではなく、それを分かち合える家族や仲間、安心できる瞬間にこそ憧れ、欲していると想定されます。だからこそ〈最強系〉の物語に私たちはシンパシーを覚え、主人公の悩みに自分を重ねられるのではないか。

〈最強系〉は、「常に他者より優れてありたい」と考える、ルサンチマンの物語ではないかもしれません。
社会が小宇宙化する中で、仮初めの万能感の内で苦しむ我々が、殺し合う以外のコミュニケーションに憧れ、そこに挑戦する物語なのかもしれない。

新世代の努力とは、強さを求めることではなく、残酷さの中で人間性を忘れずにいること。日常を楽しむ感受性を育くむこと。仲間と友情を紡ぎ、家族を作ることなのかもしれません。

そう考えると『SPY×FAMILY』は象徴的です。伝説的に最強で、孤独な3人が集まり、得られることがないと思っていた家族を再興する。
そこに、〈最強系〉のある種の到達があるのかもしれません。
努力は、他者を凌ぐことではなく、大切な他者と巡りあい、それと繋がっていくこと。
それが、豊かで貧しい新時代の少年漫画の〈努力〉なのかもしれません。

強さよりも繫りを

これで終わると『バイオレンスアクション』の紹介なのかそうじゃないのか分からなくなるので話を戻します。
本作:『バイオレンスアクション』は新時代のアクションマンガ。過酷な世界を軽やかに渡り歩く、最強で自立・独立したケイは、まさに私たちの憧れるヒーロー像。
しかし、理想を描くだけではヒーローの片手落ち。彼女がこれからいかに世界の〈敵〉を倒していくか、目が離せません!

やっぱり、「このマンガはすごい!」



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最後までご覧いただきありがとうございました!

ごちゃごちゃ述べましたが、まぁ素直にスカッと楽しめれば十分です。
たまに深く作品を読み込んでいる人の感想を見ると、視界を新しくできるようで、それもそれで好き。
色々な視点から作品の良さを語れるようになりたいです。

本作は屈託なくバイオレンスを圧倒していくので、ストレス解消したい方も楽しめるかなと思います。気になった方はご一読くださいませ。

これからも毎週水曜日、世界を広げるために記事を書いていきます!
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