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刻みこまれた輝きは永遠

 ふわりと、会場が明るくなってからもしばらく惚けて身動きが取れなかった。

 久しぶりに、美しい映画を観たと思った。まだ、今年は半分も終わっていないけれど、『Call me by your name(君の名前で僕を呼んで)』は、2018年で一番私の胸に深く入り込んだ映画だと断言できる。
 
 初めて観たときから、禁断症状のようなものが出てしまっている。おかげで週に1度、映画館に通っている状態だ。今週は仕事の都合で行けていないけれど……。仕方がないから、パンフレットを舐めるように見て、気を紛らわせようと思う。
 この映画を観てから、大好きなラブソングから輝きが消えてしまった。あんなに繰り返し聴いていたのに、イタリアを舞台に描かれた初恋には敵わなかったようだ。

 これは大事件である。私のなかで、何かが大きく変化したということだから。これほどまでに、感覚に訴えてくる映画なんて、これまでなかった。
 4回ほど、必ず最前列の中央の席を取って観ている。それ以外の席に座ることが出来ない。スクリーンに映る映像以外は目に入れたくないから。ほかの席で見るのが怖い。こんな感情は初めてだ。
 観れば観るほど好きになって、永遠にこの時間が続けばいいのにと思う。2時間超えという、なかなかに長い時間なのにその世界にしっとりと入り込んで、美しい景色や交わされる会話に息をするのも忘れてしまう。
 イタリアの眩しいくらいの日差しに、青々とした自然。キラキラとした川に、瑞々しい果実。そんな中で、ひとりの少年とひとりの青年が出会って、ゆっくりと恋を育んでいく。じっくりと、手探りで深くなっていく関係に、見ているこちらもヤキモキして、じれったくて、胸が締め付けられる。

 学者の父と翻訳家の母を持つ17歳のエリオ。彼の両親は、毎年夏になると学生をひとり招待するのが恒例だ。エリオが17歳の夏に訪れたのは、24歳のオリヴァーだった。
 アメリカ人の彼は、長身で自信家そうで、正直エリオは苦手なタイプだった。オリヴァーの口癖は「Later!(あとで)」。この言葉は、劇中でも繰り返し登場する。
 苦手なはずのオリヴァーのことが、エリオは気になって仕方がない。ビーチバレーをしているときも、ギターを弾いているときも、とにかく彼のことを目で追っている。オリヴァーがイケてる女の子とダンスをしているだけで、苦々しい思いに痛めつけられるエリオ。不機嫌そうな顔で、どうしてイラついているのか分からないと気づくエリオの表情がたまらない。
 よくわからないけれど、恋ってこんな風に細かいことも気になってしまうものなのだと思う。気になるから冷たい態度をとってしまったり、それをぐずぐずと後悔してしまったり。そういう些細なものが漏れずに描かれている。

 そして、恋の喜びも。

 誰かと同じくらいに想いあう幸福が、これ以上ないほどに美しく表現されている。自然のなかで、制約を受けることなく愛を叫ぶ幸せ。自分の名前を叫べば、愛する人がそれに笑顔で答えてくれる。

 無邪気な声が、美しい自然の中に響く。誰の目も気にせずに、互いの存在を認めて確かめる。目で愛情が伝わる。

 彼らが出会えたことは、幸福以外の何物でもない。きっと、これからの人生において、これ以上の出会いはないだろう。

 何にも代えがたい、素晴らしい出会いだったのだ。
 そして、彼らをとりまく人物たちも素晴らしい。

 舞台は1980年代のイタリア。今ほど、同性愛に寛容とは言えない時代だ。“彼だから好き”、そんなシンプルなエリオの気持ちを受け入れ、見守る両親。特に、父親の言葉には涙が止まらなくなる。

 “恋”という、本能的な感情の獲得・損失を経験した息子を包み込むような言葉に、私も励まされてしまった。
 歳を重ねた父親だからこその言葉によって、初恋というありきたりな題材に深みが増す。

 ちなみに、エリオの父親は原作者のアンドレ・アシマンの父がモデルらしい。偏見などない、とても進歩的な人だったらしい。思春期の、思い悩む時期に彼のような人が身近にいたら……と、そんな願いを抱くほどだ。

 さて、そろそろエリオとオリヴァーを演じる二人について語るべきだろう。

 主演の二人、美しさ・スタイル共に素晴らしすぎて彫刻のよう。エリオは美少年像のようだし、オリヴァーはギリシャの戦士のよう。何度見ても、うっとりとしてしまう。
 まず、エリオを演じるティモシー・シャラメ。彼の表情はすべて脳裏に焼き付けておきたい。頬に落ちる黒々としたまつげの影はとても美しく、なめらかな肌は芸術品のようだ。
 夏が舞台ということで、基本的には半裸にハーフパンツというスタイルがほとんどである。彼の細い腰や筋肉が程よくついているのに、かすかに膨らんだ腹が幼さを醸し出していて、とてもエロティック。

 余談だが、先日ヌード展を観てきた。そこでは、女性の丸みを帯びた腹はやはり美しさと官能を増長させるのだと思ったのだが……改めてティミーの腹部を見て確信した。適度な丸みはとても美しく中性的なエロさがある。
 私がお気に入りのエリオのスタイルは、オーバーサイズのネイビーのニットにショートパンツを身に着けたものだ。襟元から覗く彼の白い肌に鎖骨、ぶかぶかのニットを着ていても、いや着ているからこそ分かる線の細い身体。正直、邪な思いがたぎる。

 煩悩まみれの自分にガッカリするが、これもティミーが美しいからだ。許してほしい。

 ちなみに私の最近の楽しみは、ティミーのインスタグラムを覗くことになってしまった。 プライベートの写真では無邪気すぎるくらいの笑顔で、年相応の男の子の顔が見える。真剣なまなざしと、目尻に皺を刻んで全てで笑っている彼のギャップにやられてしまう。メロメロだ(古い)。

 ティミーの表情が好きだ。怪訝な顔も、不安そうに揺れる瞳も、オリヴァーに身体を預けて口を開いて惚けている顔も。彼の表情には、不思議な魅力がある。
 なんて魅力的な青年なのか。22歳。これほどの表情を持っているなんて、末恐ろしい以外の何物でもない。
 ちなみに、もともとの性格は陽気なようで、アメリカで放送されているバラエティーなどを覗くと必要以上におしゃべりしている姿を観ることが出来る。

 そして、オリヴァーを演じるアーミー・ハマー。腹筋もバキバキでがっしりとした“男らしい”を体現した素晴らしい肉体。192センチという長身で、エリオ演じる183センチのティミーが小さく見えてしまうほど。

 ショートパンツをはいた彼の足の長さには、正直目を疑ってしまった。何を食べたら、あんなスタイルになるのかなぁ。
 アーミーのそのスタイルの良さや、にじみ出る人の好さによってオリヴァーというキャラクターの人格が確立しているのだと思う。

 朗らかに笑うくせに有無を言わさない感じとか、確かめるようにエリオに触れる瞬間とか。それを巧く表現されている。ぎこちないダンスシーンも、なんだかんだお気に入り。笑えてきちゃうけど。
 エリオの気持ちを知ったあとの、じれったさがいい。いつもはあんなに自信ありげなくせに、そこだけは自信がなさそうで。あの瞬間に、彼のなかにある熱情を私たちは知ることが出来る。彼が大切に見えないところで育んだ恋の成就に、私は胸がつぶれそうなほどに歓喜する。

 それは、ほんの少しの蜜月だと知っているから、なのかもしれない。
 彼らの恋は、うわべだけ見れば“ひと夏の恋”だ。しかし、その名称は適切ではない。一生忘れることのできない恋だから。

 彼らは互いを自身の名前で呼んだ。

 それは、自分の中に相手を深く刻み付ける行為だ。一生捨てることのできない自分の名前を呼ばれるたびに、エリオはオリヴァーを、オリヴァーはエリオを思い出すだろう。

 古来、日本では女性が本名を軽々しく教えることはしなかった。日本人的な考えだといわれるかもしれないけれど、名前とはそれほどに大切なもので自身の魂なのである。
 それを、彼らは互いに与え合った。生まれてから死ぬまで、自分から切り離せない“名前”を託したのだ。

 それほどまでに深くつながった彼らは、別れるときにどれほど身を切られる想いだったろう。

 彼らの別れのシーンが好きだ。残すものと残されるもの。その対比と切なさが巧く表現されているように思う。ティミーの赤くなった目元も、持て余してしまう苛立ちも胸にずんと重りをつける。
 と言っても、正直どのシーンも大好きで一番は選べないくらいなのだけれど。どこが好き?と聞かれたら、“全部”としか答えられない。最初から最後まで、すべての魅力を語り尽くしたいくらい。私の語彙や表現じゃ、全く及ばない悔しい。
 こだわって作りだされた空間も、大切に描かれた恋も、考えつくされて書かれた一つひとつのセリフも。

 全てを私の中に注ぎ込んで、手放したくないのだ。

 同性愛を描いた、なんていう枠組みなど関係ない。それを理由に観ていない人がいるのなら、その人は偏見に囚われた馬鹿だと思う。
 恋を知っている人でも、恋を知らない人でも、誰もが大切にしたい気持ちが、この映画には詰め込まれている。
 言いたいことの何分の一かしか書けていない。しかし、言葉を重ねれば重ねるほどに、この映画の魅力は伝わらない気がする。
 気になっている人には、何の躊躇もせずにぜひ劇場に足を運んで、イタリアの目が眩むほどの夏とヒリヒリと焼き付くような恋を感じてほしい。
 この夏、私は得難い経験をすることが出来た。
 エリオとオリヴァー、二人の恋によって。

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最近は寒暖差が激しくて、自律神経ぼろぼろです。だるさは、美しい映画や笑える作品でぶっ飛ばすしかないのかな……。

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