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もっと人間失格、もっともっと人間失格

「おい、おまえ俺にテレパシ―を送っただろう?」
「え?」
わたしは漫画を読んでいただけだし、テレパシーなんて使えるわけがない。
わたしが呆気に取られていると男は繰り返す。
「俺の悪口を言っただろう?」
目の前に立つ頭の禿げあがったガリガリのおじさんはわたしに詰め寄る。
「わ・・・私じゃないですけど・・・」
「そうか、悪かったな。」
あっさりとテレパシーおじさんは引き下がり今度はソファに座り新聞を読んでいるオジサンに同じことを聞いている。
この病棟はそういう人ばかりがいる。

壁に向かって支離滅裂な話を繰り返し笑うおばさん、パンツ一丁でラジオ体操をして看護師にとがめられてるおじさん、入り口にずっと立っていて棒立ちで立ち尽くしこちらを見ている女性、いない孫を探しながら病棟をさまようお爺さん、わたしの指輪を盗ったでしょう!と部屋に怒鳴り込んでくるお婆さん、テレビを見ながら「あの人かわいそう!!」と号泣しだすお姉さんetc…泣き出したいのはわたしの方だった。中には大人しい人もいたがそういう人は部屋から出てこずにずっとぐずぐず泣いていたり虚空を見つめてボーっとしていたり人目もはばからず自慰をしているよう人ばかりでまともな人は全然いなかった。
わたしがS精神センターの閉鎖病棟に連れてこられてから1ヶ月経ったがまだこの雰囲気には馴染めない。
 
 
 
わたしはコールセンターに勤めるただのフリーターだった。毎日朝の9時から夕方の5時までみっちりクレームを受ける。定価8000円の化粧品の定期コースを初回は1500円でお試しで買えると謳ったインターネット通販のクレームだった。もちろんちゃんと1500円で買えて物も上等なものだった。わたしも上司に貰って試してみたが肌の潤いは他の化粧品より効果を感じる物だ。しかしお試しの次は2回目が届くのだ。それも12000円に膨れ上がって。利用規約にはもちろん2回目まで買っていただく前提で初回は1500円で案内をすると書いてある。しかし定期コースの初回なので2回目以降は忘れたころに2本セットが12000円で届くのだ。規約にはしっかり「初回で定期コースを解約する場合違約金が25000円かかる」とすべて書いてる。
 
もちろんそんな阿漕な商売をしているのだからクレームしか来ない。
「定期コースなんて聞いてなかった!」「規約なんて読んでない!」「返品するから金を返せ!」と毎日怒鳴られていた。
わたしはそれに「インターネット通販は法律ではクーリングオフの対象となっておりません。しかしお客様、2回目の商品をお受け取りいただければ8000円の商品が3本、24000円分が13500円で買えます。初回で解約なさいますと25000円かかり8500円、おおよそですが1本分以上分損をしてしまいます。2回目のお届けも4000円オフで2本お届けでお得となっております。」などと口八丁で丸めこめどうにか2回目の商品を受け取ってもらうのだ。
それでも受け取らない、金を払わないなどというお客様もいるが「そうしましたら債券会社から督促が行ってしまい、クレジットカードの審査などに影響が出てしまいます。」などと脅す。
 
大体お客様が折れてくれ、違約金のかからない2回目で解約で折れてくれるのだが折れてくれないお客様が「警察に訴える!」「消費者センターに訴える!」「弁護士に言う!」等というが全て法律の下でやっているし、利用規約にも書いてあるし広告には「定期コース初回は1500円ご案内!」とでかでかと書いてある。8000円の商品が1500円で買えるわけがない。それに辟易としながら何度も説明を繰り返す仕事だ。最終的にはお客様が折れてくれるし、法律の下でやっているのでどこから監査が入っても問題はない。きちんとホームページにはでかでかと書いてあるのだから。そんな押し問答を続けながらクレーム電話もきちんと向こうから切るまでただ対応していた。
 
こんな地獄みたいなアルバイトをはじめて10か月目くらいになっていた。
本当ははじめてすぐに辞めたかったが最初に私についてくれた新人教育の高橋さんがわたしのタイプの男性だったのだ。大人しい口調でしゃべり髪はストレートのミディアムヘアーで黒縁の眼鏡をかけていてオタクっぽい。いや、文学少年のようで初期のアジアンカンフージェネレーションの後藤正文に似ていた。
わたしはその人に恋をして遠くから見ているだけで幸せだったからこの仕事が辛くても続けようと思った。ただそれだけの不順な動機でこの仕事をやっていた。
高橋さんとは全然距離も縮まらなかったし、話す事も無く、高橋さんがどんな人かも人づてでしか聞いた事がない。なんでも画家を目指す傍らこの仕事をしているらしくて夢を追いかけるなんてすばらしいなと思いながら毎日高橋さんのことを見つめて心の中でニヤニヤしているだけで幸せだったのだ。
 
 

2連休から解放される朝。出社する前にトーストを齧りながら朝のニュースを見ていた。
ウチの近所で女子小学生が強姦され殺害されているのが発見されたというおぞましいニュースをやっていた。犯人は高橋さんだった。
 

 
その日、わたしは心底仕事に行きたくなかった。高橋さんのいない職場であの仕事をするのがとてもとても嫌だった。詐欺みたいなサービスに加担して、毎日怒鳴られるのに耐えれていたのも高橋さんと仕事が出来ていたからだ。片思いで良かった。でもこの思いを伝えていたらわたしは高橋さんに殺されていたのだろうか。
それに出社したら会社のみんなで高橋さんの話題で持ち切りに違いない。好きな人の嫌な話は聞きたくない。
好きな人が小児性愛者の殺人犯。その真実はとてもとても嫌で耐え難くて辛くて悲しいものだった。
 
それでもわたしは仕事に行かなければとパニックなのか悲しいのかもう感情が迷子になりながら駅に着いた。すぐにわたしは駅の線路に飛び降りた。
 
幸い電車は全然まだ来る前だったのでわたしは轢かれなかったが線路に座り込み泣きじゃくっていた。そこへ駅員が来て、無理矢理ホームへ引きずりあげられて駅員室へ連れていかれ、警察が来て、警察署で一夜を過ごしなんだかよくわからないうちにS精神センターへ連れてこられて「君は少し休んだ方がいい」と言われ措置入院となったわけだ。
 
措置入院というのは国から強制的に入院させられるものでこちらからはどうあがいても退院する事が出来ないらしい。もう何もかも嫌になっていたし、時間が立てばどうせ片思いだしすぐ忘れられるだろう。それに大人しくしていれば3か月くらいでは出してもらえるみたいだし。
 

 
S精神センターの環境は落ち着かない。周りには本当に頭がおかしい人ばかりだった。
中にはまともそうな人もいたけど、急に「あっちの世界」へ行ってしまう人だったり、私と同じ自殺未遂をしたと傷だらけの腕で話すような人だったり、普通のおばちゃんだと思ったら「私ハイター一気飲みして搬送されたのよー」なんてガラガラ声で話すおばちゃんだったりみんなどこかおかしかった。
わたしもこの中の仲間入りをしたのか、と悲しい気持ちになっていた。
ロビーに出るとこんな人たちと過ごさないと行けないのだが同室の人たちは時々奇声をあげたり、カーテンもないのに自慰をしている人だったり、わたしも悲しくなるくらいずっと泣いてる人の3人でやはりどこにいても落ち着かないのでせめてロビーの隅でロビーの本棚にあるこち亀100巻(誰かが寄贈したらしい)を全部読むと決めたのだ。
 
さっきのテレパシーおじさんは一昨日入院してきた男の子にも絡んでいた。
その人は自前の文庫本をテーブルに積み上げひたすら読んでいるようだった。
その人もミディアムのストレートヘアー。黒縁メガネで高橋さんよりもっとアジアンカンフージェネレーションの後藤正文感があった。寝癖が少し可愛いとは思っていたがわたしは高橋さんの事を思い出してしまうのであまり見ないようにしていた。
 
「テレパシーを送ってるのはお前か?」
とまだテレパシーを送っている人を探しているみたいだった。テレパシーを送れる人なんていないのに。
すると高橋さん似の彼は
「バレちゃいました?」
と本に目を落としたまま言う。
次の瞬間ガシャーンと大きな音がした。テレパシーおじさんが椅子を蹴り上げ発狂しはじめ彼の胸ぐらをつかんだのだ。
慌ててナースステーションから数人の看護師が飛んできてテレパシーおじさんを押さえつけてどこかへ連れていった。恐らく保護室送りになったのだろう。
病棟では人に危害を加えようとする人や希死念慮の高すぎる人や問題行動をする人は保護室という所で隔離される。
そうハイターおばさんに聞いていた。
 
何があったのか問い詰める看護師さんに高橋さん似の彼は机から落ちた文庫を拾い集めながら、
「からかっただけですよ。」
と無表情で言い放つ。見ていたリストカットお姉さんが一連の流れを説明し、看護師さんは「新城さん、そういう事は慎んでくださいね。」と釘を刺し去って行った。新城と呼ばれた彼は何事も無かったかのように読書に戻った。
わたしは「クールでカッコいい・・・」と思ってしまった。
 
 

翌日、どんな人なのかと思って新城さんに話しかけてみる事にしてみた。高橋さんとも話をしていればカッコいいなんて思っていなかったかもしれない、こいつがおかしい奴だったらカッコいいは撤回しようと思っていた。
新城くんは今日も読書をしていた。
 
「新城さん・・・?っていうの、はじめまして」
「・・・はじめまして・・・」
 
新城さんは本に目を落としたまま言う。
 
「わたし大庭って言います。大きな庭って書く方の・・・読書好きなの?」
彼は少しピクッとしてから
「・・・他にする事ないから・・・」
 
と返す。なんだか謎めいた感じがしてますます新城さんのことが気になってしまいどんどんと話しかけることにした。
 
「今、何読んでるの?」
「さくらももこのエッセイ・・・『たいのおかしら』・・・」
「えっ?」
 
すごく意外なものを読んでいてびっくりしてしまった。
 
「これももうすぐ終わるから次は谷崎潤一郎を読もうと思ってる・・・」
「えっ?」
 
落差にびっくりしてしまった。さくらももこに難しそうな本・・・
詰んである文庫を見ると難しそうな本や、最近の小説、エッセイ、ハウツー、様々な本が10冊ほど積まれていた。
 
「・・・君も読む?」
 
彼も変な人なのだろうか・・・と思いながら読み終わった『たいのおかしら』を受け取り隣で読みはじめた。
 
「本が好きなの?」
「自分が嫌いなんだ」
「えっ?」
 
やっぱり変な人なのかと驚いているわたしの顔など視ずに彼は続ける。
 
「自分が嫌いだから、本の世界に入り浸ってたいんだ。」
 
なんかかっこいいな、と思った。
わたしも今の自分が嫌いだった。じゃあ彼と同じ世界を見ようかなと思った。
その日から彼と本を読みながら少し話をするようになった。
でも彼はひと時も本から目は離さなかった。
 
2週間も読書しながら話をしていると彼のことがどんどんわかってきた。
彼はうつ病らしい。会社でパワハラを受け続け時間外労働を繰り返し辛いのにずっと無理矢理働いてきた。ある日、急に仕事を無断でやめて部屋に引きこもって本を読み続けるようになったら親が心配をしてここに入れられたらしい。
 
「僕はこの病院が意外と好きなんだ、本だけ読んでても誰も何も言わないから。」
 
そうだよな、彼は辛くなって逃げただけなんだよな。わたしと一緒だ。
そう思うと何か親近感が沸いてきた。
わたしもそんな感じだったよ、とここに来た経緯を話すと
 
「『ルピンの壺が割れた』みたいにならなくてよかったね」
 
と彼は言う。私が何の事だろうと思ってると
 
「読んだことないよね。今度親に持ってこさせるよ。僕は最初は入院が嫌だったからここに入院する代わりに毎週30冊本を持ってきてもらう事を条件にしてるんだ。」
「すごい、毎週30冊も読んでるの?」
「3日くらいで終わるから全部2回ずつくらい読んでる。」
 
へぇ・・・世の中にはそんなに本が読める人がいるんだな、と思いながら私はその日1日かけて『そして、バトンは渡された』を読み終えた。
 
 
その日はなぜか寝れなかった。『そして、バトンは渡された』は紆余曲折ある結婚式のハッピーエンドだった。
わたしもいつか、幸せになれるんだろうか?そしたら誰と幸せになるんだろうか?ひとりでも幸せになれるんだろうか?
そんな事を考えていたら寝れなくなってしまったのだ。
 
ふらっとロビーに行くと薄暗い中で彼が本を読んでいた。
珍しく向こうから気づいた様で本に目を落としたまま
「どうしたの?寝れないの?」
と気遣ってくれた。
「うん、わたし幸せになれるかなって思ってたら寝れなくなっちゃった。」
「・・・大庭葉蔵」
「え?」
「僕の一番好きな小説の主人公」
「字は大きな庭?」
「そうだよ。」
「わたしと同じだね、その人がどうしたの?」
「その人はどうなったかわからないけど・・・僕はきっとなんだかんだ幸せになったと思ってるんだよね。」
「そうなんだ。」
「僕は大庭さんを幸せにしてみたいなと最近思ってる。」
「えっ?」
 
突然の告白に驚いてしまった。彼は読んでいた本を机に置くとわたしの眼を見た。初めて正面から彼の目を見た。淀んでいる。でもなぜか澄んで見える不思議な目だった。
 
「リネン室知ってる?」
「ううん・・・」
「そこへ行こう。」
 
彼は男子棟の廊下の中にわたしを連れて行き白い鍵のかかった扉の前に立つ。
 
「これ簡単に開くんだ」と言って本の栞をドアの隙間へ刺し、上に上げるとカチャンと音がして鍵が開いた。鍵は裏の上から落としてあるだけの簡単なものだったらしい。静かにドアを開け二人で忍び込む。
リネン室にはたくさんのシーツや枕カバーが重ねてあり洗剤の匂いが漂っていた。
ドアを閉めると薄暗い部屋に非常灯だけの光になった。
彼はおもむろに服を脱ぎはじめた。上半身裸の彼はわたしに熱いキスをした。
積み重ねられたシーツに押し倒され私たちは誰にも気づかれないように声を押し殺しセックスをした。
 
 
 
二人とも果ててからしばらく話をした。
「なんでわたしを幸せにしたいと思ったの?」
「大庭葉蔵が出てくる本のタイトル知ってる?」
「知るわけないよ。」
「今度持ってくるよ、大庭さんを幸せにしたくなった意味がわかると思う。」
 
その時リネン室のドアが開いた
「君たち何をしてるんだ?」
夜勤の看護師が腕組をしてこちらを睨んできた。
二人が会うのはこれが最後になった。
 
 
その日の夜はわたしは保護室に入れられた。何も無い畳敷きの部屋で何も持ち込み禁止で寝てるしかない。その間に彼がどんな尋問を受けてるのだろうといたたまれない気持ちになった。次の日、主治医に呼び出され話を聞かれた。
 
「あそこでなにをしてたんだい?」
「言いたくありません・・・」
「彼は最後までしなかったって言ってるけど・・・してたら大問題だよ。避妊具なんてないでしょ」
「・・・最後まではしてません・・・」
「そうか・・・まあでも彼と同じ病棟にいるのはもうまずいからね」
 
その日わたしは病棟が移動になった。女子しかいない閉鎖病棟で相変わらず変な人ばかりだった。わたしはもう大人しくしていよう、と思った。色恋で人生をおかしくしている。今回はセックスまでして。もう彼とは会えないのかな・・・無駄な事は考えるのはやめよう、今回は事故だったのだ。一夜限りの過ち。そうして忘れよう。高橋さんのことも、新城くんのことも。
 
 
 
 
それから1ヶ月ほどしてわたしは月に2度の通院と月に1度のカウンセリングを受けることを条件に退院をした。もう一人暮らしなんてできる状況ではなかったので県内の実家に戻って、しばらくは家事の手伝いなどをしながらゆっくりする事にした。親もそれがいいと言ってニート生活を満喫していた。
 

 
異変に気付いたのはそれから1ヶ月ほどして。生理が来ていない。もしかするとと大慌てで薬局で妊娠検査薬を買い調べてみると、彼の子を宿していた。あぁ、過ち。取り返しがつかない事をしてしまった。
わたしは泣きながら親に事のあらましを話した。母は呆れた顔をしていたし、父はそいつをぶん殴ってやると大騒ぎだった。事が事なので病院経由で親が新城くんに連絡を取ることになった。
数日後、彼のご両親が我が家に謝罪に来た。彼の両親を見るなり父は娘をキズモノにしたのになんで本人は来ないんだと叱責した。
 
「・・・史彦は亡くなったんです」
 
場が静まり返った。父が嘘を吐くなと吐きかけたところで私が叫んだ。
 
「うそでしょ!」
「本当です・・・退院した翌日、電車に飛び込みました。わたしの携帯に『人間失格』とだけメールが送られてきていてなんで自殺したのかはわかりません。娘さん、責任はすべて我が家でとります。産むなら養育費も払いますし、堕ろすなら堕胎費用も出します。訴えてもらっても構いません・・・」

そこまで言うと彼の両親は揃って泣きはじめてしまった。私の両親が呆然としているとわたしは自室に駆け込み部屋に鍵をかけた。もうどうしていいかわからなかった。部屋の外では父が「出てきなさい!」と言ってくる。わたしは
 
「しばらく一人にして!!」
 
と叫んで布団にくるまり泣きじゃくった。人間失格、そんなことない、彼なんかより私の方が人間失格だよ・・・
 
 
 
しばらくすると泣きつかれて寝落ちしてしまったようで気づくと時計は深夜の3時を回っていた。少し冷静になった私はこの子をどうするかよりも『人間失格』が気になった。そんな名前の小説を聞いた事がある。スマホで調べようとすると親から「どうするかしばらく考えなさい」とだけLINEが入っていてうるさいと思いながらGoogleで調べると太宰治の名前が出てきた。名前だけは知っている。薬物中毒になり何度も自殺や心中をしようとして最後も心中で終えたのになんで走れメロスが教科書に載っているんだろうという話を中学校の時に同級生にされた覚えがある。心中。そうだ。私も彼の所へ行こう。この子と一緒に。
 
そう思い立つと鞄だけ持ちほとんどパジャマのままでそっと家を出た。海で死にたい。わたしは死ぬんだ。海になるんだ。そうするんだ。
 
駅前のファミレスで始発を待ち、電車で神奈川へ向かった。
うちから神奈川までは電車で2時間半ほどかかるのでインターネットサイトの青空文庫で『人間失格』を読むことにした。
大庭葉蔵。それが主人公の名前。悲しい人生に狂って彼は失踪してしまう。
そうか、わたしの人生が狂う前に幸せにしたかったんだな。
 
 
 
ぼーっとしながら神奈川の海にいた。展望台になっている崖へ来ていた。
バスの中でわたしは処方されていた薬を全部飲んでいたからもう意識もあやふやだった。
あぁ、わたしは死ぬんだ。この子も殺すんだ。
自分勝手に生きて自分勝手に死のうとしてひとりで生きるのもこの子と生きるのも辛いから自分勝手に死んで殺すんだ。
わたしなんて人間失格どころか、もっと人間失格だ。
幸せに出来ないで不幸にして勝手に死んだ彼はもっともっと人間失格だ。
 
そう思った頃、すでに私は海に身を投げていた。
わたしたちに「神様みたいないい子でした」なんてきっと、誰も言ってくれないだろうな。

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