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彼氏募集中【『蜜柑』4. 初デート】

 (四)初デート

 平日の昼間なのに、新宿は人で溢れていた。私がその混雑に驚いていると、カナちゃんがいつもこんなだよと額の汗を拭った。前髪は額に引っ付かず、サラリと定位置に戻る。

「デートなんて久しぶりだなぁ」

「私もだよ」

 電車で移動中、カナちゃんは沢山の人の視線を集めていた。女子高生の憧れの視線から、OLの妬みの視線、サラリーマンの下品な視線まで総なめだった。そんな彼女に今、彼氏はいるのだろうか。彼女がいても、おかしくはない。

「てことは、彼氏募集中?」

「えっ?」

私は募集中だよ、と戯けるカナちゃんに、私はなんだか負けた気がして、

「いるよ」

「えっそうなの!?」

「うそ」

「いるんだ。そっかぁ」

「いや、うそだから」

「キョウコめちゃくちゃ可愛いもんねぇ」

そんな会話をしながら、私達は新宿を練り歩いた。カナちゃんの足取りに迷いはなくて、私に着せたい服を熱弁したかと思えば、私が着たい服を一緒になって考え出したりもした。お目当てのワンピースは店頭になかったものの、ペアルックじみた姿はさすがに目立ったのか店員さんが即座に駆け寄ってきて、二つ返事で私たち二人分、一週間後の入荷を約束してくれた。カナちゃんの笑顔に、店員さんもイチコロのようだった。

 「これで、来週もデートできるね」

ワンピースの裾を翻すカナちゃんを見て、私は彼女がヒールを履いていることに気づいた。道理で、身長が高いはずだった。元々165cmだとかそこらで、今は170cmくらいだろうか。こうして見ると、文字通りつま先から髪の先まで、一切の非の打ち所がなかった。一見無粋な黒いリュックサックも、彼女は上手に合わせていた。私と違って、モデルみたいだった。

 カナちゃんは何をしている人なんだろう。大学生だけど読モとか、女優さんとか——スカウトなんて、引く手数多なんだろうな。もしかして、ちょっとエッチなお仕事をしているのかもしれない。それでも全然いいと思う。——私は、何を考えてるんだろう。

 カナちゃんは、下のフロアへ降りるエスカレーターに足を向けながら、ひょこっと私の顔を覗き込んだ。

「重い? 持とっか」

これは全部、私の服だ。しかも、カナちゃんの奢り。

「ありがとう、平気」

「……ヒールは、あまり好きじゃなかったりする?」

疑問の投げかけと言うよりかは、思いつきの独り言のようだった。

「ううん、格好いい。私には履けないけど」

「なんでよー、履けるよ。私に任せて」

「うん」

と言う相槌を一人反芻した。同時に、うん、だなんて久々に言ったなと思った。

 いや、そんなこともなかった。ただ自分の「うん」に、自ら勝手に安心しただけだった。目の前のカナちゃんはといえば、両方の手でトントン拍を取りながら、辺りを見回している。理由は分からないけれど、楽しいとは思っているみたいで、だったらそれで、とりあえずはいいのかもしれない。

 ——いつの間にか、カナちゃんがこちらを向いていた。一段下に立つカナちゃんの視線の高さは、私のそれと同じくらいだった。ゆっくりと下るエスカレーター。私は俯いた。このままだと体内の水分が全部持っていかれるような気がして、下唇を噛んで堪えかけて、

「任せて」

あとは感情のまま、任せるしかなかった。


新宿迷宮は地上に出てからが本番

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