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語学は目に見えないけれど、確かな生命がある フランス滞在vol.1

パンデミックの世界的混乱の最中、私は薄暗いシャルル・ド・ゴール空港に降り立ちました。当時、私のフランス語のレベルは、「Sortie(出口)」さえ知らないほど無知な状態でした。Bonjour(こんにちは)くらいしかほぼ知らなく、スマートフォンの翻訳と英語でなんとかなるという、軽い気持ちで空港に降り立った瞬間、右も左も解らない状況だったのです。それはパリから離れれば離れるほど、フランス語の必要性を痛感する暮らしとなりました。

観光客がほぼいないパリの街並み。衛生パスという、ワクチン接種証明がないと飲食店や施設などに入れないという状況のなか、初めてのフランスは、閑散としている街が私にとってスタンダードな状態でした。
やがてフランスの他県からパリ郊外に引越し、パリのバレエスタジオへ週6日通い、パン屋とマルシェで、生活に根付いたフランス語を0から学ぶという、数ヶ月を繰り返す日々が始まりました。

フランス語を何も知らないから良かったのでしょうか、生きたフランス語を毎日シャワーのように浴び、必要な単語と会話をその都度調べながら、実践で活かす日々。でも私が日本から持ってきたフランス語の本は、ガイドブックくらいのため、ほぼ役に立たない状況でした。なぜなら、ここまで生活に密着し、根を張り暮らすとは、日本を発つまで想定していなかったため、準備もまったくゼロの状態だったこです。

幸いにもクラシックバレエの用語は、フランス語です。クラスレッスンは、かろうじてついていけます。また、郊外からパリに引っ越してから出逢う日本人の方は、皆さん数十年単位フランスで暮らしている大先輩たち。観光客がほぼいない状態ですから、新参者の私にアドバイスをくださることも多かったです。これは本当にありがたいことでした。

アドバイスをいただいたら、そこからは自分次第。日本とは違い、やれるだけやってみて、それでも無理な場合、初めて助けてもらえます。なんとかしてくれるだろうという甘い考えですと、いつになっても始まりません。

そんな私も、さすがにフランス語を本格的に勉強しなければいけないことに気づきました。生きた生のフランス会話は、シチュエーションで覚えて実践していきます。例えば電車やメトロで、降りる時に一言 声をかけて、みなさんは降りて行きます。その言葉を私も早速真似して降りました。最後にはお礼もしっかりと伝えて。毎日、電車やメトロに乗ると、何十回と使うこの2フレーズは、乗る時のお決まり言葉になり、しっかりと身体にインストールされていきます。

パン屋に入ると、ショーケースの中にある数あるパンを、店員さんとやりとりして買います。つまり、会話が必要になります。覚えたてのフランス語と、前の買い物客の言葉を聴いて、早速実践です。フランス語には男性名詞、女性名詞など、そのようなことがあることも知らない私は、バゲットや他のパンを買うたびに、店員さんがゆっくりと私の会話を訂正しながら、注文をきいてくれます。

フランス語の知識がゼロだったからこそ、赤ちゃんのようにフランス語を肌で受けとった生活でした。すると2ヶ月も経つと、相手の目を見てゆっくり会話してくれる内容が少しずつ聴き取れていきます。文法も、単語もまったくわかりませんが、なんとなくこんなことを言っているのかな?と、ニュアンスで理解できるようになりました。

ただ、もちろん返答はフランス語では難しいため、英語になりましたが。。この感覚は、相手とチャネリングしながら話を聴いているような感じです。でも、赤ちゃんはこんな感じで、言語を習得していくのかな?と思います。

言語の不思議な感覚に気がついたのは、日本に帰国してからのことです。
改めてフランス語を勉強すると、なぜだか頭が詰まります。生きたフランス語で実践する機会がないってこういうことか!って思います。

それはたとえば、私にとってのBonjour は、バレエスタジオの受付のお兄さんとのやりとりを、いつも思い出します。そこには、こんにちは!という挨拶以外の、エネルギーのやり取りと、その空間の記憶が一緒に思い出されます。それは空気の質感や、音、匂い、感覚までもが集約されたBonjourだったのです。たった一言の「こんにちは」に、これだけの生きたやりとりが含まれていました。まるで生命が宿っているような感じです。

つづく

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