わたしをコミュニケーションの仕事に導いた人。
中学生のころ、1リットルの涙というドラマが流行った。放送日が修学旅行と被った回ではどの部屋もみんなが見ていた。そして泣いていた。
脊髄小脳変性症『次第に体が動かなくなる病気』と紹介されていた。当時ALS(筋萎縮性側索硬化症)は知っていた。だから、それ以外にも動かなくなる病気があるの?という小さい疑問があった。当然今なら説明できる。体が動かなく神経難病は山ほどあり、大学時代は他人事と思って勉強しないと心がついていかなかった。
亜也ちゃんの日記に心打たれた中学生の自分は原作本を買った。数時間で読み終え、その勢いで読書感想文を書いた。そしたら県特選までいってしまった。それほどまでに感銘を受けたのかもしれない。
大人ぶらないで当時思ったことをそのまま書く。
人が伝えたいことを伝えようとする姿、素敵だ。そしてそれは当たり前だけど当たり前でない。どんなに病気が進行しても亜也ちゃんらしく生きることを願い続けた亜也ちゃんかっこいい。亜也ちゃんの背中をたたける亜湖ちゃんかっこいい。
コミュニケーションについて初めて本気で考えたときだったと思う。伝いあえる儚さを知ったときだった。
亜也ちゃんもまた、わたしをこの世界に導いた人のひとり。
そして再読した。
その職に就いた今も数時間で読み終えた。
亜也ちゃんの正直で素直な日記はやはり心打たれた。
本当はこうしてほしかった。言い返せなかったのが悔しい。
どこまでも素直な少女の亜也ちゃんがいる。
感謝を伝えたいのに話すことも、それを行動で表わすこともできない。せめてしっかり愛を受けとろう。20歳そこそこでそんなことを考えられただろうか。
もう歩けないことを母に伝えるとき。この時の描写を想像するだけで胸が苦しかった。自分の足で立てないことを認めざるを得なくなった亜也ちゃんとそれを受け取ったお母さん。読んでいるこちらの胸が締め付けられるのだから、2人の胸のうちなんてはかり知れない。
「コミュニケーション困難・不可」
わたしがカルテやサマリに絶対に書かないと心に決めている一文である。もちろん正しく評価することが大前提。ただ、わたしたちがこの人コミュニケーション取れないと判断したらそれで終わり。発語のない人だって、認知症で聞く耳を持たずに問題行動を起こす人だって、寝たきりで目を開けている時間の少ない人だって、コミュニケーションが取れないわけではない。人と話すことを諦めたわけではない。手が動かなくなるまで書き続けた亜也ちゃんを知りながらその一文はどうしても書けない。
実は知り合いが同じ病気。もう何十年も顔を見ていない。その姿を見られたくないと引きこもってしまったと聞いている。その人もまたわたしがSTとして働くうえでのキーパソンのひとりだ。運命のいたずらかと思った。
また、最近STどうしで1リットルの涙が話題に上がった。ちょうど再読しようと本棚から本を取り出したころだった。何かしらの運命を感じる。
当時の読書感想文のほうがよく書けていたかもしれない。ただ、今も昔も読み終えた時の感覚は同じように思う。