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生きてるだけで100点

自分で自分を褒められないから、誰かに褒めてもらいたいのに、そんな人はいなくて。いたとしても利用されちゃって、こき使われてるうちに疲れちゃって死にたくなって。

「〇〇しなければ生きてはいけない」なんて条件を付けられて。それを守れない自分を、0点だなんて誰かに言われて。生きる価値がないなんて、思い込んでしまって。

そんな最低な奴の言うことなんか信じちゃって。生きる資格がないなら、ご飯を食べてはいけないと思ったり。趣味を楽しんではいけないと思ったり。自分は生きる価値ない罪人だから、囚人のように生きるしかないなんて勘違いして、頭をバリカンで剃ったり。

そんな最低のやつのことが嫌いなはずなのに、愛して欲しいだなんて望んでしまうから、結局、自分が悪いって決めつけたり。承認されたいから、やりたくないことばかりやって、目が覚めてから眠るまでがずっと苦痛になって、死んだ方が楽だなんて思ってしまって。

でも、実は、知ってしまった。気付いてしまった。

生きてるだけで100点なんだ、ということに。それに条件なんかいらない。それを知るのに生まれてから30年以上かかった。

〇〇しないと怒られたり、見捨てるぞと脅されたり、〇〇しないと無視されたり、不機嫌になられたら、きっと、〇〇しないと生きてはいけない、〇〇することが「自分が生きていることが許される条件なんだ」って、勘違いしてしまう。〇〇しない自分には価値がないんだって、思い込まされてしまう。

けど、そんな条件は、私たちを都合良く動かしたいだけの洗脳に過ぎない。例えば、誰かを砂漠に放り出して10日くらい放置すれば、水欲しさに何でも言うことを聞かせることができる。それと同じ理屈で、「そのままのあなたには価値がない」と信じ込ませることができれば、価値を与える代わりに〇〇しろ、と命じることができる。飢餓感をあおれば、その相手をコントロールできてしまう。だから、国も、学校教育も、家庭も、そのままのあなたには価値がない、0点だと信じ込ませて、言う通りに動いた時だけ加点をする。そんなスキームがこの世の中を支配している。

というわけで、そんな環境で育った私たちは、そのままの自分には価値がないと思ってしまうし、それは当然の成り行き。価値欲しさに、他人が定めた条件を守ろうと必死になる。そうやって誰かを満足させて、たまに誰かに価値をもらってホッとするけど、またすぐに喉が渇く。そうやって自発的に動く奴隷の完成。

けど、それだと他人が作った価値基準を満たすための、他人を満足させるためだけに生きているロボットと変わらない。だから、自分の気持ちがわからなくなる。自分のやりたいことごわからなくなる。自分の好きなことがわからなくなる。お腹が空いているかもわからなくなる。

もし、あなたが生きていても苦しいだけなのは、そんな事実に気が付いたから。その現実が大問題だと、そのままではいけないって気付くことができたということ。酷い現実を目の当たりにすれば、具合が悪くなって当然だし、はじめて生身の自分に向き合うことは、想像以上に辛い。なぜなら、今までは他人が作ったルールに従えばいいだけだったから。でもそのルールに順応できなくなった今、新しいルール、価値基準、願望、やりたいこと、やりたくないことを、自分で探さなければならない。生きているだけの自分に100点をつける練習をして、親や学校や会社、国や世間からの洗脳を解かなければならない。ずっと何十年も目をつぶっていたのに、いきなり陽の光を浴びれば、目が焼け付くように痛んで、しばらく目眩が止まらないのは当たり前。でも、時間が経てば、きっと慣れるはず。

生きてるだけで100点なんだ。誰かに評価されなくてもいい。何をしなくても、やりたくないことをやらなくても、生きていてもいい。親や世間が課した条件を守らなくても、あなたは0点にはならない。生きているだけで価値がある。本当にあなたを大事に思う人なら、きっと私と同じことを言う。そんな人も世の中にはたくさんいる。運が悪くて、いまあなたの周りには、あなたには価値がないんだから〇〇しろ、と遠回しに命令してくる人しかいないかもしれない。けどその時点であなたのことを大事に思っていない。きっとそんな人はあなたよりも自分自身を優先してる。自分が空っぽだから、あなたに埋めてもらおうと、人生をサボっている卑怯者なんだ。

だから、やりたいことやって楽しんでもいいし、たくさん美味しいものを食べてもいい。オシャレしてもいいし、嫌なことをされたら怒ってもいい。それが親だろうが教師だろうが関係ない。誰もあなたの人生の責任を取る覚悟なんかないんだから。

だから、そのためにも自分で自分を精一杯褒めよう。自分をいじめてくる独裁者みたいな奴を追い出そう。あなたは生きてるだけで100点。わたしも生きてるだけで100点。だから、あとはやりたいことをやろう。やりたくないことをやらないように、工夫して生きよう。

そんなことを、今の若い人に言いたいし、同じことを、若い頃の自分に、誰も味方がいなかった自分に言ってあげたい。(もっと贅沢言うなら、誰も味方がいなくて死にたかった中学生の頃に、坂口恭平さんがいればよかった。)

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