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七夕と電王

 今日は七夕。

 七夕と言えば、思い出すのが『仮面ライダー電王』

 は?
 織姫と彦星じゃないの?

 そんな声もあると思うが、ひとまずお許し願いたい。

 『仮面ライダー電王』は、電王ライダーに変身する佐藤健さん演じる野上良太郎が、悪者である怪人たちと毎週、闘うお話。

 ヒーローものの、子供向け特撮番組だ。

 主人公の良太郎には愛理(あいり)というお姉さんがいて、お姉さんには桜井侑斗(さくらいゆうと)という恋人がいた。

 実は、この物語の主軸は、このふたりの恋なのだ。

 愛理は「ミルクディッパー」というカフェの経営者。
 桜井は天文学者だった。

 ふたりは婚約していたが、結婚式直前に桜井が突然姿を消してしまう。

 愛理は、桜井がいなくなってから、まるで桜井が最初からいなかったように振る舞う。良太郎は姉が桜井失踪のショックのため桜井を忘れてしまっている、と思い込んでいるが、実はそうではないことが、後でわかる。

 悲恋である。
 そして、ミステリーでもある。

 時は2007年。

 イマジンと呼ばれる未来人は肉体のない生命体なのだが、憑り付いた人間のイメージを借りて実体化し、憑依した人間の記憶をたどって過去へ飛ぶ。
 彼らは過去を都合の良いように改変し、未来を自分たちの世界に変えてしまおうと、2007年にやってこようとしていた。

 それに対抗できるのは時間改変の制約を受けない体質の持ち主である「特異点」と呼ばれる人物のみ。

 イマジンの暴虐を阻止するために、未来から「デンライナー」という時をかける電車に乗ってひとりの女の子がやってくる。
 ハナ、と名乗る19歳の彼女は、自分は特異点だ、と言う。しかし、彼女のいた世界は彼女一人を残して消滅してしまった、と。

 良太郎特異点だと知ったハナは、良太郎に「電王ライダー」になって自分の時間を守るためイマジンと闘えと言うのだが、良太郎は優しすぎて、戦いを好む性格ではなく、身体もひ弱だったため、闘おうとしてもすぐにやられてしまう。

 そこに良太郎に憑依する形で協力するイマジンが現れる。
 モモタロスウラタロスキンタロスリュウタロス
 それぞれ、良太郎の「桃太郎」「浦島太郎」「金太郎」「たつの子太郎」のイメージをもとにして具現化したイマジンたちだ。
 彼らは過去を改変して自分たちの世界を作ろうとする勢力に懐疑的、あるいは興味が無く、人間に憑依して好きなことができればそれでいいと考えていた。

 良太郎は4人を憑依させることで強くなり、闘いに身を投じていく(ちなみに、ほぼデビュー作で4人の人格を憑依させる佐藤健さんの演技力が凄い)。

 と、こんな風に文章で説明されても皆さん「なんのこっちゃ」だと思う。
 はっきり言って、よくわからない。
 子供にはもっとわからない。

 でも、毎週の放送は楽しく観られる。コメディタッチで、敵の怪人が現れ、弱い良太郎イマジンたちが協力しながら闘う。ワチャワチャ楽しい。

 怪人たちは不気味だがコミカルで、しかもほとんど人が死なない。怪人と契約した人間も、元気になって新たな人生を歩きだす(中には今をときめく俳優さんが契約者でゲスト出演していて、おっ!と思うことも)。

 しかし実は、裏では、

 壮絶な自己犠牲と愛の物語が展開している

 のだ。

 まあ、今から「電王」30分×49話を全話観ようという奇特な方はさすがになかなか、おられないだろう。
 お子さんがまだ小さくて、仮面ライダーが好きだったりして、じゃあ一緒に昔のライダーでも観てみようかという方には、この後は読まないようにしていただけると、謎は謎のまま、楽しんでいただけるかと思う。

***






 さて、前述の女の子「ハナ」は、桜井侑斗野上愛理の娘だ。

 最初の時点ではこれがこの物語の「最大の謎」だったので、ここから話し出すのは気がひけるのだが、今回は電王のあらすじや仮面ライダーについて語るものではなく、あくまで二人の恋の物語を中心にするので、いきなりネタバレさせていただく。

 そして「時間跳躍」がストーリーのキモなので、話が複雑で、頭がこんがらがることを最初に言っておく(←これは後述する「ゼロノス」の決めゼリフ)。

 2006年の冬のある夜、いつものように天体観測デートを楽しんでいた愛理桜井侑斗の前に「ゼロライナー」という、時間を自由に行き来する「時の電車」が現れる。

 ふたりは「デネブ」というイマジンと出会い、過去改変派のイマジンが自分たちの世界を作るために、「分岐点」と呼ばれる人間を探し出し、抹殺しようとしていることを知らされる。

 実は、この時点で愛理は妊娠しており、生まれてくるはずの彼らの娘(ハナ)こそが、「分岐点」だった。

 イマジンがいくら過去を変えても、「分岐点」と「特異点」がいる限り、「特異点」の記憶をもとに時間が修復され、「分岐点」のいる「人間世界の時間」に繋がってしまう。
「分岐点」を亡き者にすることで初めて未来の「イマジン世界」と改変した過去が繋がり、完全なイマジンの世界になるというのだ。

 愛理桜井は、未来の娘と娘のいる時間を守るために大きな決断を迫られる。二人はどちらもそれまで家族に恵まれず、肉親と呼べるのは愛理の弟、良太郎ただひとり。どうしても子供を守りたい。

 桜井は、未来の「分岐点」であるハナから、そして「現在の分岐点」あるいは「分岐点の鍵」である愛理からも目をそらさせるため、「ゼロノス」という仮面ライダーとなってイマジンと闘うことを決意する(この辺はあまり突っ込まないで上げてください)。

 しかし、2007年1月10日、桜井はイマジンの改変派の首謀者カイに敗北してしまい、桜井愛理のいた時間は一度、消滅してしまう(それでハナだけが残った。このことは、ハナの存在を隠すための桜井の計画だった)。
 この時は「特異点」である良太郎の記憶をもとに時間が修復され、この時の出来事は「ゼロノスカード」(後述)の効果で良太郎自身の記憶からも消えてしまう。

 その後の桜井はあたかも自分が「分岐点」であるかのように振舞いながら、時間の中をさまよい、囮となってイマジンの目を「本当の分岐点」から逸らし続けた。
 その一方で、デネブを過去に向かわせ、19歳の自分(こんがらがるので、愛理さんの婚約者は桜井、過去の桜井は侑斗と呼ぶ)と契約させて、新たなゼロノスとして愛理を守り、「人間の世界の時間」をイマジンに渡さないために闘ってほしい、と、ライダーベルトとカードを託した。

 過去から来た19歳の侑斗はゼロノスとして良太郎と共闘する。彼は愛理を知る前の「桜井」なので、愛理のことは未来の婚約者だと知っているが、当初は恋ごころは伴っていない。が、侑斗も次第に愛理に惹かれていく。

 彼は「ゼロノスカード」というものを持っているのだが、戦闘時にはカードが1枚必要で、使えば無くなる。
 総数も有限で、使う度に「記憶」を消費する。
 しかも、大事な人の大切な記憶から先に消費されてしまうのだった。

 ゼロノスは闘う度に、大事な人から忘れられてしまう。
 そのため愛理は、桜井を覚えていない。
 侑斗もまた、闘えば闘うほど親しい人に忘れられていく運命を背負っていた。

 19歳の侑斗と初めて会い、名前を聞いて、愛理は言う。

「さくらい、ゆうと、さん?綺麗なお名前ね」

 そしてどこかで…というような遠い目をするのだが、何も思い出せない。思い出せない愛理を、というよりその過酷な運命を、侑斗は嫌悪する。

「婚約者のことも覚えていないなんてな!」

 同じこの時にも、桜井は時間をさまよい続けていて(過去と現在に同時に存在しているというパラドクスはあるのだが)、記憶が消費されるたびに「桜井」の記憶は人の記憶から抜け落ちていき、侑斗が闘いでカードを使い切ったとき、ついに桜井の存在が維持できなくなる。

 誰かの記憶によってだけ、かろうじて存在していた「桜井」

 消える寸前に、桜井愛理のもとを訪れる。
 互いに見つめ合った瞬間、無言で消滅してしまう。

 桜井が消えたことで「ハナ」は突然子供になってしまう(「コハナ」と呼ばれるようになった)。ただ、ハナが消えずに存在が残ったということは、侑斗愛理と「未来に」結ばれるということでもあった(10年のタイムラグが、ハナを子供に変えた)。

『仮面ライダー電王』は、15年前の2007年の作品なのだが、以後も映画やOVA、スピンオフ作品などがつくられ、今も根強いファンがいて愛され続けている。

 当時は出演者がオリジナルのテーマ曲を歌うことがあって、佐藤健さんも、桜井侑斗役の中村優一さんも歌を歌っている。デネブ役の大御所声優、大塚芳忠おおつかほうちゅうさんもだ。中村さんと大塚さんは「Action-ZERO」という曲でデュエットをしている。

 この「Action-ZERO」は歌詞が切ない。

 君の声聞いた気がして
 失われた時間彷徨う
 存在さえ忘れられた
 この想いはどこへ行くの

「Action-ZERO」より
作詞:藤林聖子 作曲:LOVE+HATE

 存在しない存在を
 証明し続けるためには
 ゼロというレール駆け抜け
 止まることなど許されない
 孤独だけを強さにする
 心を痛いほどわかっている
 だからいつでも一緒に戦うのさ

「Action-ZERO」より
作詞:藤林聖子 作曲:LOVE+HATE

 この曲には、こと座のVega(ベガ)とわし座のAltair(アルタイル)が出て来る。
 ベガは織女、アルタイルは牽牛。
 この物語のモチーフは「七夕伝説」なのだ。

 彼らの悲恋と、誰からも忘れ去られ孤独に闘う桜井に深く同情したイマジン、「デネブ」は、カイを裏切り桜井と侑斗に献身的に協力する。
 その様子はまるで慈母のようだ。

 白鳥座のデネブとベガとアルタイルは夏の大三角形。

 デネブの和名には、「あまのがわぼし」や、「ふるたなばた(古七夕)」「たなばたのあとぼし(七夕の後星)」などがあるらしい。七夕の星よりも遅れて目に付くからだとか。

 そして愛理の店「ミルクディッパー」は、いて座の弓の形の星座、南斗六星を表す。西洋では赤ちゃんにミルクを飲ませる小さいスプーンに似ていることからその名がついた。天の川は「ミルキーウェイ」。何とも言えないネーミングだといえる。

 さらに、2006年のクリスマスに、愛理桜井に「これからは家族になるから、家族の時間を刻めるように」とプレゼントした懐中時計。
 それには、のちに桜井自身が刻印したと思われる言葉が刻まれている。

The past should give us hope.
(過去が希望をくれる)

 時間を超えた、壮大な愛の七夕物語、『仮面ライダー電王』


 中国の伝承では、織女と牽牛が会えないほど天気の悪い七夕の天の川には、カササギが羽を連ねて橋をかけるらしい。

 今夜はどうだろう。

 織姫と彦星の、年に一度の逢瀬も切ないが、愛理桜井はもう二度と会えない。そして桜井の犠牲の上に立つ、愛理侑斗の恋も切ない(同一人物ではあるのだが)。

 愛理侑斗が幸せに、そしてコハナが幸せになりますように。
(あれから15年経つのだからコハナちゃんも生まれていて5歳のはずだ)。
 桜井さんの愛と犠牲が報われますように。

 七夕の短冊には、つい、そんなことを書きたくなってしまうのだ。

かささぎの 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける

『百人一首』より 中納言家持

かささぎの より羽の橋も心せよ 七夕月の 比待ちえたり        

藤原家隆 蔵玉集














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