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小さな器にたっぷりのレモンカルボナーラ

「え、なんで、あるじゃん」
NIKEのair forceがほしいとのあが言う。すぐに家にある他の靴が脳裏に浮かんだ。

「家にある靴たち、あれ、使わないの?来週のイタリア旅行用なら新品じゃない方が靴擦れもしないんじゃない?」
「でもair forceが良い。みども買ったじゃん。」
そう、そこなのだ。私もair forceを買ったし、おそろいにしたいね、とも話していた。本当に心の底から思っている。

でも、それは私の1年に1回の「誕生日プレゼント」という権利を使って買ったものなのだ。
なんでもない日に買ってもらえるんだったら、私も誕生日の権利使わずに、あるいは誕生日まで我慢せずに買えばよかった…とか、なんだか知らんがすごくモヤモヤする。
そして、だいたい「なんだか知らんがモヤモヤする」という時は特にロジックもなく、単に自分のわがままであるケースが多いということもなんとなくわかっている。
なので、きっとこのモヤモヤは言わない方がいい。

そうやって逡巡しながら「いいじゃん!air force買いなよ!」と言えないでモヤモヤと葛藤していると、「なんか様子おかしい」と2秒でバレた。なんだこの人。名探偵か。こういう時に限ってむちゃくちゃ鋭いやん。
でもバレたところで、今のこのモヤモヤは言わない方がいいし、二人にとっての落とし所や解決法もまだ見つかっていない。今の段階では完全に意味のわからん一方的なわがままでしかない。言って良いことなんて一つもない。悪い方向にしか作用しない。だから、そう簡単に白状しないぞ、と腹にぐっと力を入れる。

「air force買っちゃダメなの?」
「いや、ダメって訳じゃない。でもなんかモヤモヤする。」
「だってみども買ったじゃん。」
「そこなんだよね。ちょっと考え整理してるから、待って。まだわかんない。明確に答えられない。」
「普段、別に私、『あれ買って』とか『これ買って』とかしょっちゅう言う訳じゃないでしょ。」
なんだこの人。むちゃくちゃ追求してくるやん…。言うな、私。耐えろ。
「うん、わかる。自分の方が色々買ってると思うし、のあが節約してるのも知ってるし感謝してる。」
「だったら『たまに』のおねだりを叶えてくれてもいいじゃん!高いから嫌なの?」
「いや、そういう訳じゃない。たぶん私が誕生日で買ったものなのにって思いがなんかあって、モヤモヤする…。だから値段とかじゃなく、air forceだからだと思う。私が誕生日で買ったair force…だから…なんか嫌…。」

言ってしまった。

「なにそれ!」
案の定最悪の流れだ。いや、自分でも思うよ、なんだそれって。だから言いたくなかったんだよ…。
「どういうこと?」
いや、知らんよ。私の中で誕生日の権利ってどうやらむちゃくちゃ特別らしい。知らん自分発見したわ。
「じゃあ、もう良い。色々言ってるけど、私がair force買うの嫌なんでしょ。」
ほかに何があるの、ないでしょ、と言いたげな顔で詰め寄ってくる。
「いや、嫌っていうか、嫌って言いたくないし、言うべきじゃないんだけど…なんかモヤモヤするっていうか…。」
「もう良いよ。買わない!」
「…。」

そんなふうにして最悪な雰囲気である日の午前中を過ごしたのでした。

そんなことがあってから、たまに「靴買ったら」というと
「もう良い。ほしいものない。」
「いや、air force…(まだモヤモヤは消えていないけど、反省はしている。)。」
「別に今はほしくない。」
「…。」
と言われながら、1ヶ月弱。

昨日Les hallesのショッピングモールに行った。
目的は、のあの春服を買うため、だった。そう、当初の目的は。
でもお店を回っていても「なんか欲しいものないからメンズ見に行こう。メンズのデザインの方がシンプルだし。」と言う。
「のあが見たいなら」とのこのこ着いていったら、むちゃくちゃかわいいトレーナー発見。
「うわーいいなーかわいいなー!ほしいなー!」とキャピキャピしてたら
「試着してみて、良かったら買ったら?」と言う。
ついでにさっきのジーンズも一緒に試着してきなよ、とも言う。
「えっでも今日はのあの服を買う日だし、結構値段するよ…?」
「いいじゃん。『たまに』なんだから。ジーンズは前からほしいって言ってたでしょ?」
「!!…ありがとう…。じゃあまず試着してみる…!」
そうしてのこのこ試着しに行ったら、めちゃくちゃ良い。欲しい。すごく欲しい。
結果、買いました。やっぱり。

その後、歩きながら、案の定、非常に申し訳ない気持ちになってきた。
だって今日はのあに服を買ってあげる日なのに。
「のあは今日本当にいいの?もっと他のお店見てみる?」
「私はいいかな。今日はもう満足だし、欲しいものもなかった!」
ここで「いや、でもなんか買いなよ!」とか「いや、でも他のお店見て探してみよう!」とか言うと「いや、『いい(= いらない、不要)』って言ってるじゃん!いい!いらない!いい!」と余計嫌がられるのを知っている。
彼女が「いらない」と一度言ったら、それは私が変えられるものではないのだ。
「わかった。お家帰りたい?」
「うん!お家帰ってご飯炊きたい!」
なるほど、これはお腹空いてんだな。
彼女はお腹が空いているとき、その空腹を前に、彼女にとって全てのあらゆることが無価値になる。
そんなときは早く家に帰って、彼女の大好きな白米を食べるのが一番良い。
「じゃあ早くお家帰ろうね。今日は楽しかったね。服買ってくれてありがとね。」
「うん、楽しかったね。また来ようね。早く帰ろ!」
「うん、早く帰って米炊こう!」

その日の夜、変な時間に目覚めてしまって、寝れなくなってしまった。
スマホを見て眠気がまた来るのを待ちながら、air force事件を思い出していた。
少し時間をおいて改めて思い出すと、なんて自分って子どもなんだろうと思う。たまに(だと思うけど)5歳児みたいなわがままが出てくる。本当に嫌だ。
特に、今日ののあの行動と比べてみると、恥ずかしくて恥ずかしくて、悲しい。
こんなに相手を幸せにしたいという思いはたくさんあるのに、「自分は誕生日プレゼントで買ったのに…。」という子どもじみた理由で、「たまのおねだり」も聞いてあげられないなんて。
この子は全然欲しがらず、今日だって結局私が服を買ってるじゃないか。
相手を幸せにしたい気持ちやそのためだったらなんでもしたい気持ちがある一方で、この大きな気持ちを自分の小さな器が受け止めきれていない。

あんまりにも自分が情けなく感じたので、たまたまトイレで起きたのあに
「あのair forceの時は器が小さくてごめんね。今やっとあの時のモヤモヤが本当の意味ですっきりした。もうあんなわがままは言わない。」
と懺悔したら、寝ぼけ眼をこすりながら「いいんだよ」とのあは笑った。

のあはすぐにまた深い眠りに落ちたけど、私は眠れない。まだ少しうじうじしている。
お腹も空いた様な気がするので、パスタでも作ろうと思った。
満腹になれば、血糖値も上がって眠気が来るだろう。
そういえば冷蔵庫にフロマージュブランがあったな。早く使わないと。
それなら、卵もたくさんあったし、レモンカルボナーラがいいかな。

のあを起こさないよう、そーっとベッドを抜け出し、スマホのライトで足元を照らしながら忍足でキッチンに向かう。

お湯が沸くのを待ってるうちに、ソース作りに取り掛かる。洗い物を増やすと申し訳ないし、簡単に済ませたいから、具材はなし。肉も玉ねぎもニンニクも入れない。
卵を二つ深皿に割り入れて、そこに凍ったままのレモンの皮を削る。
先週マルシェで買ったフロマージュブラン大さじ3杯と24ヶ月のイタリアのパルメザンチーズ大さじ2杯を入れて混ぜる。このパルメザンを入れると、すさまじい旨みが加わるんだよなぁ。
そういえばパセリが戸棚にあったな。
レモンとパセリの黄色と緑の色の組み合わせがえらく素敵に思えたので、パセリを小さじ1振りかける。いや、小さじ2入れちゃおう。
そしてこれも忘れないうちに。塩ひとつまみ。

これらを混ぜ合わせていると湯が沸いたので、塩とフィットチーネを投入して10分弱待つ。
アルデンテになったら、ザルである程度お湯を切って、とにかくすばやく、作っておいたソースの深皿に熱々のフィットチーネを入れて混ぜ込む。すると卵のソースが熱でとろみを帯び始める。
落ち着いたら、発酵バターもひとかけ入れて、さらに混ぜる。とろりとした卵ソースが絡んだフィットチーネの熱で、バターもみるみる間にとろけていき、レモンとパセリとチーズの香りにバターのコクの深い香りが加わり、なんとも食欲を誘う。
夜に食べるにしては罪悪感がすごいけど、たまにはね、いいよね。
レモンカルボナーラの出来上がり。

食べるために皿に移そうとしたら、少し溢れてしまった。
作ってしまったレモンカルボナーラの量に対して、器が小さすぎたようだ。

予想よりずっと美味しかったので、今度彼女にも作ってあげたいと思った。
彼女はこってり系の味付けは苦手で、あっさりした味が好きだから、バターの代わりにオリーブオイルで香り付けしよう。卵も半熟は苦手だから、いっそのこと卵はなしでもいいのではないか。

レモンカルボナーラを食べながら、構想が進む。

フロマージュブランは生クリームやマスカルポーネよりさっぱりしていてヨーグルトのようだから、きっと彼女好みだと思うし、レモンのさっぱりとした味付けや香りは喜んでくれるはずだ。
本来洋食は苦手な彼女が、私のパスタは「えっパスタってこんなにおいしいの」と食べてくれるのが嬉しい。
卵が入らないなら、もはやカルボナーラではないかもしれないが、「おいしい、おいしい」と頬張る彼女を頭に浮かべれば、別になんでもいい。最高に美味しい彼女好みのパスタを作ってあげたい。

皿から溢れてしまわないよう、次はもっと大きな器を用意しようと思った。


ありがとうございます☺︎