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子どもを人質に取るジェンダー作戦

アクションドラマの見せ場といえば、悪漢に人質を取られるシーンでしょう。スーパーヒーロー/ヒロインがいかに有能でも、こうなれば万事休す。

男女関係についても同じです。マライア・キャリーさんも、離婚の際にはワンちゃんをどちらが取るかで大きな争いになったとか。

人質は、離婚の際の親権など極端な場合には限りません。むしろ結婚において、夫婦のどちらかが子どもを味方につけるパワーバランス問題の方が、身近なかたが多いのではないでしょうか。

よく聞くのは、母親が子どもに父親の悪口を吹き込むケース。「吹きコミュ」と名付けましょうか。母子でともに過ごす時間が長ければ、成功するケースは多そうですね。

あるいは逆もあるかも。子どもが口うるさい母親に反感を持つことは多そうなので、むしろ父親に有利なこともありそう。

どちらにしろ、判断力のない子どもに一方的に情報を押し付けるのは、卑怯な感じがします。私は家庭でも職場でも、悪口を言うのは好きではありません。

社長や上司でも配偶者でも、「気に入らなければ悪口を言っているより、退職するか離婚すれば?」

な〜んて正義漢ぶっている私のような人間が、子どもを人質に取られるハメになります。前回述べたように、子どもの精神衛生を優先して、夫の不遜な態度に反論することなくやり過ごしていました。

結果、正当な離婚理由があったにもかかわらず、離婚は未遂に終わりました。娘に賛成してもらえるどころか、ガチで反対されてしまったからです。私のように、お綺麗なことを言っていて大損した女性は多いんじゃないでしょうか? そこがペテン師のつけ入る隙ですから。

ただしペテン師の夫にも、アドバンテージはあります。娘に対する厚遇はフェイクではなく、誠意を持って世話をしていました。その貢献の度合いが、私のキャリアの損失を防ぐほどではなかっただけ。

娘は夫婦の経済事情までは知りませんし、私が育児のために仕事を犠牲にした経緯の全てを把握しているわけでもありません。

私がこんな理想主義で結婚生活を送ってしまったのは、親しかロールモデルがいなかったから。ネット社会の今ほど、有用な情報が流れてこなかったこともあります。

私の父には十分な定期収入がありましたし、経済成長期の日本の慣習に従って、収入の一切を専業主婦の母に渡していました。父は近所の床屋さんに散髪に行く時だけ、母に「床屋のお金ちょうだい」と言っていました。

一方、この両親と私の夫婦では、経済事情が全く違います。フリーランスの夫に定期収入はありませんし、夫婦の財布は別々。出産以前は夫が家賃と光熱費、私が食費と生活用品費という、およその分担をしていました。

家事をするのは主に私だったので、これでスムーズでした。ところが出産から私が専業主婦になったら、現金は一銭ももらえないことになりました。

結婚当初に、家計を任せてほしい旨は何度も伝えましたが、夫は頑なに拒否。何年も後から知った事実は、夫が結婚前に私の両親に伝えるための年収を、カサ増ししていたこと。

なるほど、それでは私に家計は任せられません。その後の夫の度重なる借金も、恥ずかしくて申し訳なくて、とても父親を慕っている娘に話す気にはなれませんでした。

まさに、娘を人質に取られたの図。ただ、今考えたら「恥ずかしくて申し訳ない」のは、私ではなく夫です。なのに、騙された自分が悪いと思ってしまう……。結局、男尊女卑社会の被害者である女性からして、男尊女卑のメンタルなのです。ジェンダーのペテンに引っかかる温床ですね。

それに加えて、昨今では働く妻が多数派。2020年の司法統計によれば、妻側の離婚理由の第1位は「経済的理由」。2000年の統計では、金銭的理由は1位の「性格の不一致」49%にかなり差がついた38%で第2位でした。

妻になまじ収入があるために、終身雇用の親世代の家計モデルしか参考のすべがない世代では、混乱の様子が伺えます。

おそらくは次世代、私の娘の世代になればいくらか好転する展望はあります。なぜなら、親世代の家計の混乱を多少でも肌で感じているこの世代は、夫婦間の家計に関する合意には慎重になるはずだからです。

家計について「娘には伝えてない」と言いましたが、生活をともにしていれば破綻が垣間見えることはあります。例えば娘が中学生の頃のある夕食どき。娘の前で口争いをしたことがなかった夫婦には、珍しいことでした。

「やりくりが大変でレタスが買えなくて、キャベツばかり」とぼやいた私に、夫が「キャベツのどこが悪い」と高圧的に出たのです。「キャベツは美味しい」などと主張する夫に「料理に手間がかかる」と反論する私。娘は食の好みが難しく、千切りにしただけのキャベツなんか食べないからです。

しばらく水掛け論が続いたあと、娘が醒めた口調で言いました。「レタスとかキャベツとか、大人ふたりがみっともない。どっちでもいいじゃない……」と。

この一言で、みっともないふたりは黙りました。こんな醜態を見せられて育っているであろう娘の世代が、夫婦円満に家計を運営してくれるよう、切に祈るばかりです。

当たり前ですが、人質もラクではないよう!