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ワルになりきれないク・スンジュンが見えないところで『愛の不時着』を支える

「愛の不時着」への愛が止まらず、既に主役カップルであるリ・ジョンヒョク、ユン・セリ、そしてリ・ジョンヒョクの婚約者ソ・ダンについてのnoteを書いた。
そうなるとあと一人、忘れてはならないのがク・スンジュン

「愛の不時着」において、ク・スンジュンは目立つことなく、または見えないところで物語を円滑に進行させる役割を果たしている。メイン登場人物たちが自分の人生に夢中になっている間に、彼は密かに次の展開に結びつくアクションをしているのだ。

ここでは、そんなク・スンジュンに焦点を当てて綴っていきたいと思う。


1. ク・スンジュンという複雑な男について

ク・スンジュン演じるキム・ジョンヒョンは文句なしのイケメンだが、ヒョンビンのような王道の2枚目というよりも、どちらかと言えばちょっとコミカルな2.5枚目がハマる俳優だ。ク・スンジュンもまさにその路線と言える。

詐欺師で抜け目のない男として登場するク・スンジュンの生い立ちは、複雑で波乱万丈。実業家だった父の会社はユン・セリの父親であるユン財閥の代表に裏切られたことで倒産した。

その後家族はイギリスに移住し、ク・スンジュンは経済的にも精神的にも辛い子供時代を過ごすことになる。父は亡くなり、母は再婚。ある時期から寄宿学校で暮らした彼は17年間も母親に会っていない。
彼は頼る人もなく独り孤独に生きてきたのだ。

成長した彼は、父の仇ともいうべきユン財閥への復讐心からユン家に近づく。
そしてユン家のひとり娘であるユン・セリの婚約者になることに成功するが、財産目当てであることをユン・セリに見抜かれ破談。ク・スンジュンは標的をユン家次男のセヒョンに変え、彼に詐欺を働き巨額の資産を手にする。

その結果追われる身となり、セヒョンはもちろんのことインターポールの追跡からも逃れられる場所、北朝鮮へとたどり着くのだ。
彼はこの地で公訴時効を迎えるまで潜伏生活を送るつもりでいた。


詐欺師であるク・スンジュンは人を信用しない。
人を騙して生きてきたのだから当然といえば当然だが、そういう意味においても彼は常に孤独だ。

そして巨額詐欺に成功するくらいだから頭がすこぶる良い。
詐欺師らしく人当たりが良くコミュニケーション能力も高い。無駄なプライドに振り回されることもない。損得計算を瞬時に行いその場の空気で状況を判断し、傲慢にも道化にもなれる男だ。

犯罪者とはいえ、ク・スンジュンは根っからの悪人というわけではない。
辛い子供時代を過ごしてきた割にはスレたところがないし、父の仇であるユン家に対する憎悪を胸に秘めていても復讐の鬼というわけでもない。

また事故で北朝鮮に来てしまったユン・セリを利用しようと試みるも、それによって彼女に危害が及ばないかを心配する優しさも併せ持つ。

そんな彼だからこそ、北朝鮮での世話人チョン社長との間に、業者とクライアントの関係以上の情が湧いたりもする。

忙しいですね。 詐欺を働く一方で 優しい気遣いもするなんて


こうチョン社長に言われてしまうくらいにはひとが良いのがク・スンジュンなのだ。


物語の中では、復讐心など彼の負の感情はあまり詳細に描かれない。ひとの良い一面だったり、追っ手から逃げている場面が多い印象。なので、彼が良い人なのか悪い人なのかがいまひとつ読みにくいが、憎めない男として視聴者に愛されているのがク・スンジュンなのだ。


2. ク・スンジュンが物語の進行を支えている

物語の前半は北朝鮮に不時着してしまったユン・セリをどうやって韓国に帰すかが軸になる。リ・ジョンヒョクらは計3回の「ユン・セリ南帰還作戦」を計画するが、そのうち2つの計画にク・スンジュンが影響を与えている。

ひとつは国際陸上大会を利用し空路でヨーロッパへ出国させるという計画。
リ・ジョンヒョクがこの計画を実行すべく密かに動いていたその頃、ク・スンジュンは北朝鮮に潜伏していることがセヒョンにバレ、窮地に追い込まれてしまう。

そこで彼は、後継者争いのライバルである妹の帰国の望まないセヒョンに協力することで、絶体絶命の状況から逃れようとする。



一方で、このク・スンジュンを起点とする帰国妨害により、リ・ジョンヒョクとユン・セリの恋は急速に盛り上がっていくことになる。

ク・スンジュンが妨害作戦の一環でてユン・セリに偽装結婚を持ちかけた時もそうだ。説得力ある言葉で彼女を丸め込んだと思ったのもつかの間、かえってユン・セリの恋の炎を燃え上がらせる結果を招いている。言ってみれば、彼の行動がいちいち二人の絆を深めるのを助けているのだ。


さて、結果としてユン・セリとリ・ジョンヒョクを引き離すことに失敗したク・スンジュンは、強行な手段でユン・セリの帰国を妨害するチョ・チョルガンと対立し苦しい立場に追い込まれていく。しかしク・スンジュンにとっての災難はそれだけでは終わらない。

それがもうひとつの計画だ。
ク・スンジュンは「なんで俺が?!」と文句を言いながらもリ・ジョンヒョクに協力し、非武装地帯へリ・ジョンヒョクとユン・セリを送り届ける。つまりク・スンジュンの貢献あってこそユン・セリは帰国することができた。そしてそれが原因で追われる身となるのだ。

それにしてもリ・ジョンヒョクの計画を手伝うのはさすがに人が良すぎないか?
たとえ「ソ・ダンの初恋を終わらせたい」という目的があったにしても、ク・スンジュンにとってかなり危ない橋を渡ったことになる。

でも視聴者が見たいのはこういう彼なのだ。
ワルになりきれず、何をやっても2.5枚目の彼が愛おしい。
ク・スンジュンが詐欺師であっても視聴者に愛される理由はここにある。


ちなみに、リ・ジョンヒョクが韓国に渡ってからどうやってチョ・チョルガンにつながるオ課長にたどり着けたか。またどうしてリ・ジョンヒョクが携帯電話を所有していたかなど、視聴者が疑問に思うことには全てク・スンジュンの影ありだ。

その「どうやって?」の部分は場面として映像があるわけではなく、リ・ジョンヒョクが南へ渡ったことをソ・ダンに説明する会話の中でサクッと明かされる。

ク・スンジュンの行動や生い立ちが雑な描かれ方をしているのは残念だが、とにかく彼の協力あってこそ、リ・ジョンヒョクは南へ渡り目的を果たすというウルトラCを実行することができた。

つまり、ク・スンジュンの行動が物語の進行を支えている。そして結果として、彼が主役の二人を結びつけるための重要な役割を担っているのだ。


3. ソ・ダンとの出会いはク・スンジュンの人生をどう変えたか

裏街道を歩いて来たク・スンジュンが人生を変えたいと願うきっかけになったのがリ・ジョンヒョクの婚約者ソ・ダンとの出会いだ。

ソ・ダンの高いプライドや偉そうな態度もク・スンジュンは気にならない。むしろ美しい彼女の強気な態度に惹かれている。そして人の本質を見抜くことに長けている彼は、冷たい仮面の下にある彼女の純情な一面を理解していた。


さて、この二人が仲を深めていった理由はただひとつ。
ユン・セリとリ・ジョンヒョクを引き離したいというお互いの利害が一致したからだ。

二人は協力し合っていくうちに、親しくなっていく。
ク・スンジュンはリ・ジョンヒョクとの関係に悩むソ・ダンに恋愛指南をし、いつもは強気のソ・ダンもそれには素直に耳を傾ける。また普段は隙を見せないソ・ダンがク・スンジュンの前では酒に酔って本音を語ったりする。

こうしてク・スンジュンは、強さと気品そして「恋に恋する乙女」の部分を併せ持つソ・ダンに惹かれていく。



そしてク・スンジュンのソ・ダンへの恋心が弾けるきっかけとなるのが、二人でラーメンを食べているときの会話。

韓国では、「ラーメン食べる?」と誰にでもは言わない。
俺とは大丈夫だが、今後他の男に言われたらきっぱり断るんだ。
「いいえ、結構よ」と
どうして断るの? 私はいいのに


少し説明すると、韓国では「ラーメン食べる?」という問いかけは「あなたともっと一緒にいたい」という意思表示。恋人未満の二人が別れ際に離れがたくて「うちでお茶でも飲んでいく?」というようなシチュエーションが近いかもしれない。

いいって、何がいいんだ? ラーメンが? それとも そう言う男が?  

・・・もしくは 俺が?

意味深に笑い、それには答えないソ・ダン。

それ以来、ク・スンジュンは彼女が気になってしょうがない。彼女からの連絡を朝まで待ったり、デートの服をあれこれ悩んだり、まるで初めて恋をする中学生。

一方のソ・ダンはリ・ジョンヒョクの時と違って、ク・スンジュンが相手だといつも優位に立てるので気が楽だ。

男女関係は最初がすごく大事なんだ

かつてソ・ダンにそう言ったのはク・スンジュンだったはずなのに、しっかり彼女に主導権を握られている。



ところで、ク・スンジュンのいいところは、女が言って欲しい言葉を全部言ってくれるところ。詐欺師だから口が上手いというのもあるだろう。でも相手が喜ぶ言葉を素直に伝え、さりげなくエスコートをするク・スンジュンに女心はくすぐられる。この辺り、言葉よりは行動で気持ちを伝えるリ・ジョンヒョクとは対象的で興味深い。


さて、ソ・ダンに恋してからのク・スンジュンは変わった。
自分の人生をやり直そうと決意し、その為にヨーロッパに行くすることを計画する。

そして旅立ちの前夜、彼はソ・ダンに指輪を渡し告白する。

俺みたいな男がダンさんにこんなことをしてはダメだと分かってる
いつかまともな男になって君を訪ねてきたら、もしその時もダンさんが独りでいるなら、僕に一度だけチャンスをくれ
ダンさんが好きだ 
好きだから 進むべき道を行く まっすぐ生きるよ 俺は変わる


ク・スンジュンは「自分を変えたい」と思えるほど好きな相手に出会えたことで、初めて復讐以外の生きる目的を持つことができたのではないだろうか。


4. 実は最も激動の人生を生きているク・スンジュン

物語終盤、セヒョンが雇った追っ手から逃げる途中、ク・スンジュンが路上生活者の少年に助けられる場面がある。少年には親も頼れる人もなく、貧しい中必死で生きていた。

ク・スンジュンはこの少年に自分の子供時代を重ね合わせる。
そして「匿ってくれたお礼に」と大金を少年に渡すのだ。

驚いている少年にク・スンジュンは言い聞かせる。

奪われるな なくしてもダメ うまく使え

親がいないなら、そして頼る人がいないなら、一人で強くたくましく生きていくしかない。綺麗事を言っている場合ではない。生き抜くためには何でもする。自分の持っている能力の全てを使ってうまくやっていくしかないのだ。

この言葉からク・スンジュンの人生が垣間みえる気がした。



さて、ク・スンジュンは詐欺によってセヒョンからお金を奪い、ユン家への復讐を果たした。しかし、人生の目的だった「復讐」が達成されても心は晴れない。
後に残ったのはお金と虚しさだけ。

自分には愛する人も愛してくれる人もいない。
自分が死んでも悲しむ人さえいない。
必死で生きて来て、蓋を開けて見たらそんな孤独な人生があるだけだった。
おまけに今は追わる身。いつ殺されるかもわからない。

俺なりに 頑張って生きてきた 行き先もわからず
息切れするまで走ってきた でも結局 どん底にいる



でも、ソ・ダンとの出会いが彼に希望をもたらした。
そしてその「希望」の為に彼はどん底から這い上がろうと決意する。

しかしヨーロッパ行きの飛行機にあと一歩で乗れるというところで状況が一変する。ソ・ダンがク・スンジュンの追っ手に誘拐されたのだ。
やっとの思いで空港にたどり着いたものの、彼は全てを諦め、彼女を助けに行く決断をする。

空港で意を決してチケットを噛みちぎる場面には、ク・スンジュンの壮絶な想いが滲んでいる。


ソ・ダンを助けに行ったク・スンジュンは、彼女を救った一方で自分は撃たれ不幸にも致命傷を負ってしまう。

救急車の中で救急隊員に「彼を助けて!」と泣き叫ぶソ・ダンを朦朧とみつめながらク・スンジュンは思う。

俺は間違っていた 俺が死んでも 俺のために 泣いてくれる人がいた 


しかしク・スンジュンはもはや助かる見込みがない。
無常にも最後の時は近づく。


そんな息も絶え絶えのク・スンジュンとソ・ダンは最後の言葉を交わす。

あの時 何がよかったの? ラーメンの時 
そう言う男? それとも 俺?

そうなのだ。
気になっていたラーメンの答えをまだソ・ダンから聞いていない。


あなたよ あなたのこと あなたのことだった

泣きじゃくりながらそう答えるソ・ダン。


だと思った


ようやく、気になっていた答えがわかった。
その答えを、そしてソ・ダンの気持ちを知り、彼は逝った。


この愛すべき男の死を認めたくないのはソ・ダンだけではない。
視聴者の多くが彼の死を望んではいなかったと思う。
メイン登場人物の中で彼だけに「未来」がないという残酷。
人生をやり直したいと願っていたク・スンジュンは、ソ・ダンに見守られながら静かに物語から退場した。



ク・スンジュンは心優しい、そして孤独な詐欺師だった。
仇の娘を助ける手助けをしたせいで窮地に追いやられ、やっと出合った愛する人を命がけで守り、最後には殺されるという悲劇に見舞われた。

悪人になりきれず、一方で「愛の不時着」を影で支えた男ク・スンジュンは、どの登場人物よりも激動の人生を歩んだのだと思う。


トップ画像:tvN「愛の不時着」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/cloy


(day 68)

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