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なぜジピョンはダルミの心を掴めなかったのか 『スタートアップ 夢の扉』

韓国ドラマ『スタートアップ夢の扉』を完走した。
起業家を目指す若者のたちの成長と、主人公ソ・ダルミ(スジ)をめぐる、ナム・ドサン(ナム・ジュヒョク)、ハン・ジピョン(キム・ソノ)の恋を描いた、成長物語かつ爽やかなラブストーリーだ。

「サンドボックス」という韓国スタートアップ の聖地を舞台に繰り広げられるこのドラマ、「成長」「未来」「若さ」そして「恋」をキーワードに、キラキラ感が溢れている。

さて、ダルミとドサンの恋がこの物語の軸になることは初めからわかっていたが、私が最も感情移入したのはダルミに恋するジピョンだった。

ここでは、ジピョンの気持ちをたどりながら「スタートアップ夢の扉」についての感想を書いてみたい。


まずは物語の設定から

まずは物語の設定の説明を簡単に。

両親の離婚によって姉インジェと離ればなれに暮らすことになったダルミ。
ダルミは父に、インジェは母に引き取られた。両親の離婚で傷ついたダルミの心の支えは、祖母の気遣いで始まったナム・ドサンという同い年の少年との文通だった。

その文通相手「ナム・ドサン」は、実はダルミの祖母が当時世話をしていたハン・ジピョン。ダルミの祖母が孫に手紙を出してやって欲しいと彼に頼んだのだ。乗り気ではなかったジピョンは自分の名前で手紙を出すことを嫌い、新聞で見かけた「数学オリンピック」で優勝した少年「ナム・ドサン」の名前で手紙を書いた。

月日は流れ、財閥と再婚した母の元で育ったウォン・インジェ(カン・ハンナ)は、養父の支援の下起業家として成功していた。

一方、起業の道半ばで亡くなった父の元で暮らしたダルミは、父の死後は祖母に育てられた。姉とは対照的に父の死によって金銭的にも苦労を強いられて生きてきた。

そんなダルミが姉インジェと再会したことがきっかけで、起業を目指すことになる。
そして、同じく起業家として成功を目指していた本物の「ナム・ドサン」とダルミがジピョンによって引き合わされ、ここから物語が動き出すという展開。


大人な立ち位置から逃れられないジピョン

さて、ここからはジピョンの魅力、そして「なぜジピョンはダルミの心を掴めなかったのか」という視点で「スタートアップ夢の扉」について語りたい。


成功者として登場するジピョンだが、彼は決して恵まれた生い立ちではなかった。

両親はおらず、養護施設を出た後は苦労しながら生きてきた。
その頃に出会ったのがダルミの祖母。
ジピョンにとってダルミの祖母は、愛情を惜しみなくそそいでくれた数少ない人物だったのではないだろうか。

そんなダルミの祖母の頼みゆえに、ダルミとの文通を嫌々ながら引き受ける。

そう、彼はその頃から人に頼まれると「なんで僕が」と思いながらも引き受けてしまう「イイひと」なのだ。


時は過ぎ、いわゆる苦労人だったジピョンは投資家となり、若くして成功者となった。
人生が順調だからなのか、大人になった彼からは辛い少年時代を過ごした影のようなものは感じられない。しかし、ひとがいいところ、そして義理堅いところは健在だ。

そして、15年ぶりにダルミの祖母と再会したチーム長となったジピョンは、お世話になったお礼に恩返しをしたいと申し出る。早速頼みごとをするダルミの祖母だが、その頼みとは本物の「ナム・ドサン」を探し、ダルミの恋人のフリをさせ、既に成功している姉インジェの前で体面を保てるように協力してほしいというもの。

初恋の相手ナム・ドサンとの文通の思い出に浸るダルミを傷つけたくないダルミの祖母のたっての願いだった。

さて、そこはひとのいいジピョン。
ブツブツと文句を言いながらもその願いを聞き入れ、ダルミとドサンは出会うことになる。
そしてダルミの真の文通相手であるジピョンも加わり、3人の関係は複雑化していく。

この出会いのきっかけを作ったのはダルミの祖母だが、「ナム・ドサン」の名前でダルミと文通し心通わせたのも、ダルミと本物のドサンを引き合わせたのもジピョン自身。ドサンに文通相手のフリをして欲しいと協力を求めたのも、もちろん彼だ。
この全ての出来事が後に自分を苦しめることになるとは、その時の彼は想像もしていない。


だがお約束通り、ある時ジピョンはダルミに惹かれている自分の気持ちに気がつく。そしてそれは彼を極めて苦しい立場に追いやることになる。

ドサンを文通の相手、すなわち初恋の相手だと信じるダルミが彼と急速に距離を縮めていく中、ジピョンはダルミに本当の文通相手が自分であることを伏せ、ダルミとドサンの会社「サムサンテック」のメンターとして彼らを全面サポートをしなければならないからだ。

この、ジピョンの複雑な片思いに視聴者は心を奪われる。
彼は成功者として、そして年齢的にも、ダルミやドサンに対し大人として振舞わなければならない一方で、図らずもダルミに惹かれてゆく。
その状況に葛藤する彼の様子が切なく、そして愛おしいのだ。

また、メンターとして真摯にダルミとドサンに向き合い、冷静且つ的確なアドバイスをするジピョンが、恋に対してはウジウジしているという、ある意味彼が人間味溢れる人物であることも共感を呼ぶのだと思う。
ジピョンのちっぽけなプライドも、真っ直ぐにダルミへの想いを表現するドサンへの嫉妬も、子供のようにドサンの邪魔をするお茶目さも、見ていてカワイイとすら感じる。

つまりはギャップ。
視聴者は、「デキル男」である一面と「恋に奥手」な一面が混在するジピョンに魅力を感じるのだ。

大人としての立ち位置が彼を苦しい立場に追いやるものの、その「大人の振る舞い」こそが彼の魅力という矛盾。
そして、ジピョンにとって更に残念なことは、この矛盾が若い二人の恋を盛り上げるのに一役買ってしまっているということ。
彼にとっては極めて気の毒な展開ではあるのだが。


「イイひと」から前に進めない心優しき男の運命

さて、ダルミとドサンは想いを通わせ、仕事では「サンドボックス」のコンペで優勝するなど順風満帆。

しかし、その優勝を機に状況は一変する。
会社を売却したことで、ドサンがダルミを残してサンフランシスコの企業に行かざるおえない状況に陥っただけでなく、文通をめぐる嘘がダルミにバレてしまう。そして、ついに二人に別れが訪れる。

文通のことだけでいえば、嘘がバレてまずかったのはドサンだけではない。
文通相手のフリをしてほしいと頼んだ本物の文通相手であるジピョンもドサン同様にダルミの信用を失った。

ジピョンはここで初めて(遅きに失する感は否めないが)勇気を振り絞りダルミに告白をする。が、このタイミングでは状況が悪すぎる。





それから3年。
時間は人々の感情を沈めながら流れていく。

ドサンがサンフランシスコに旅立ってからも同じだけの時間が流れ、その頃にはダルミとジピョンの関係は穏やかなものとなっていた。


にも関わらずだ。



ダルミとジピョンの関係は一向に変わらない。
「いったい、ジピョンは何をしていたのだ!」
と突っ込みを入れたくなるのは私だけだろうか。

ドサンのサンフランシスコでの契約期間は3年。契約期間が終われば彼が韓国に帰ってくるかもしれないことは容易に想像できること。

それなのに、恋敵ドサンがいない間、ジピョンは相変わらずウジウジとダルミとの距離を縮められないでいる。
いつまでも「良きメンター」「イイひと」のままだ。


困った時に助けてくれる頼りになる優しい男、そしていつも見守ってくれる男はカッコイイに違いないが、時に都合のよい男になってしまう。
女にとって心地よい相手ではあるけれど「ときめかない」的な。

でもこれは女側だけの問題ではない。
この曖昧な「イイひとポジション」はジピョンにとっても居心地のよい立ち位置だったはず。
告白の答えを求めなければ振られることもない。振られなければ傷つくこともないのだから。
ダルミの気持ちを慮るあまりに行動に出なかったとしても、彼はようやく築いた穏やかな関係を壊す勇気がなかったのだと思う。
つまるところ、「イイひと」というのは偶然に出来上がるわけではないということ。


とはいえ、かつては文通によってダルミと心を通わせていたジピョン。自ら招いた事態とはいえ、長きにわたりダルミに文通相手だと名乗り出ることができなかったのことには同情の余地もある。ダルミとドサンが恋に落ちるのも想定外だっただろう。それでも彼女のために奔走し、見守り続けるジピョンの気持ちを考えると、とても、とても、切なかった。


足りなかったのは勇気か、情熱か、それとも若さなのか

やり方によってはダルミの気持ちを自分に引き寄せることもできた(と個人的には思っている)ジピョンだが、そうはならなかった。
彼に足りなかったのは何か?

勇気が足りなかったのは前述のとおり。
ダルミに嘘がバレたときには勇気を振り絞り告白をしたものの、それ以上は前に進めなかった。


では情熱はどうか。足りなかったのはそれなのか。あるいはドサンの若さに負けたのだろうか。

ジピョンはサムサンテックのメンバーに対し、投資家として、またはメンターとして、冷静に現実的な視点から苦言を呈してきた。
深く考えもせずに、または情熱のままに突っ走る彼らに現実を教えるのも彼の仕事だからだ。

つまりはジピョンのオフィシャルな立ち位置は冷静な男。
だからと言って彼に情熱がないわけではない。

では、情熱と冷静は両立しないだろうか?

ジピョンの魅力のひとつは「大人」なところだ。
ダルミが困った時には真っ先に助けてくれる救世主のような存在。
有能な彼は問題が起きれば冷静に対処し解決に導いてくれる。

そして冷静であるということは、俯瞰的に物事を見る能力にも通じる。
ジピョンはその能力に長けていた。

だからこそ、負ける戦はしないし情熱にまかせて行動したりはしない。
そういう意味において、情熱と冷静の両方を持ち合わせてはいても、その両立によって、つまりは冷静さが邪魔をし、秘めた情熱をうまく表現することができなかったのだと思う。

一方で、ドサンは感情に左右されやすい。
天才プログラマーでもある彼は合理的考え方もできるし、そういう意味では冷静な部分も持ち合わせている。しかし、純粋でおまけに鈍感力が際立っていることも相まって感情を表現することに躊躇がない。カッとなると手が出るタイプでもある。

情熱と冷静のどちらが有用かというのは、時と場合によるので比べられるものではないけれど、少なくとも恋においては情熱が結果に大きく影響を与える。
つまりはドサンの方に勝算があった。


情熱とは、年齢を重ね経験を経ることで少しずつ温度を変えていくもの。
ドサンにしても、サンフランシスコで実力と自信をつけた後では情熱にブレーキをかけることを覚えたようにも見える。

かつてはダルミへの想いを直球でぶつけていた彼だが、3年の時を経て情熱や感情が吐出してしまうような男ではなくなっている。
つまりは成長したのだ。

一方のジピョンが不利だったのは、ダルミに恋した時、彼は既に成長した大人だったこと。

当時のダルミはまだ情熱の季節、つまりは若さの中にいた。
同じく情熱の季節真っ只中のドサンと彼女はお互いに惹かれ合い、そして燃え上がった。
ジピョンの出る幕はないというわけだ。

完璧なルックス持ち、地位も財産も手に入れているジピョンだが、若いダルミにとっては「頼りになる人生の先輩」の域を出なかった。

誤解なきようここで強調しておきたいのは、年齢と経験を経れば情熱がなくなるということを言っているのではない。
ただ、温度が変わるのだ。

そして、その温度の変化が成長するということなのだと思う。


ジピョン演じるキム・ソノ(キム・ソンホ)の魅力について

ジピョンを演じるキム・ソノは舞台を中心に活躍してきた俳優。
ドラマ出演はここ数年のことらしい。

そんな彼をこのドラマで初見してて思ったことは「笑顔がカワイイ」ということ。唇をキュッとあげて笑う表情にキュンとする。

整った顔立ちはもちろんのこと、さっぱり系のお顔は「愛の不時着」でリ・ジョンヒョクを演じたヒョンビンに似ていなくもない。

個人的にこのタイプの顔が好みなので入れ込んでしまうのかもしれないけれど、キム・ソノの魅力は「笑い顔」だと思う。笑顔ではなく「笑い顔」。
普通にしていても笑顔のように見える人がいるけど、まさにそれだと思う。

存在するだけでポジティブなオーラを出せる「笑い顔」は視聴者を幸せにさせる力が絶大だ。
その一方で、矛盾しているようだけど「泣きの演技」の表情も魅力的。
笑い顔で飄々としている通常モードの顔と打って変わって、感情こみ上げる演技が素晴らしいのだ。
これも一種のギャップ萌えと言えるかも。

正直なところ、ジピョンの存在がこのドラマに惹かれた最大の理由だ。彼の恋の行方が気になり、また彼を観たかったからこそ完走できたと言っても過言ではない。実際、どうにかダルミと結ばれないかと13話くらいまでは往生際悪く期待していた。が、そこはあえなく夢破れ。

ともあれ、ジピョンのイイ人っぷりは「笑い顔」のキム・ソノが演じたからこそ際立ったのは間違いない。




さて、このドラマではその他にも魅力的な役者が脇を固める。
たとえば「賢い医師生活」で主役の一人であるジョンウォンの母を演じたキム・ヘスクがダルミの祖母として出演していたり、「愛の不時着」で中隊員ジュモク役だったユ・スビンがサムサンテックの起業メンバー、イ・チョルサン役で登場していたり。

特に、物語終盤に登場するチョルサンのキスシーンでは、思わず「ジュモク!よくやった!」と心の中で拍手喝采を送ってしまった。(私の中では彼は未だに「愛の不時着」のジュモクなのだ)


スタートアップ という世界

最後に、物語の主軸である「スタートアップ」について書いておきたい。

このドラマで描かれるスタートアップ はキラキラした側面だけではない。
成功までに経験する数々の痛みが描かれる。

実際のところ何かを成し遂げるためには、その時々のステージで捨てなければならないものがある。

「捨てること」
それは必ず痛みを伴うものだ。
だからこそ、それによって人は成長していく。

ダルミを例にとれば、起業前は高卒で自信がない女性だったが、スタートアップ のCEOとなった後は今までのイイ人キャラを捨て、人に嫌われることを恐れない女性に変化していく。
また、サムサンテックを売却後にCEOを解雇された時も、ドサンのために、そして自分のためにもドサンと別れることを決意した。

次のステージに行くために、いつまでも同じところに止まっていることはできない。この「捨てる」行為は否応なく実行しなければならない場合もあれば、自分の決意によって成す時もある。

いずれにしてもコンフォートゾーンからの脱出だ。
この物語ではそれが随所に描かれており、またそれらが物語の転換点としての役割を果たしている。


実際のところ、コンフォートゾーンから出るのは勇気がいる。
なぜなら人間は変化を嫌う生き物だから。
現状を維持する方が楽だし、その方が傷つかない。
しかしそのままでは成長は望めない。

起業しようと考えるような人物であれば、変化への恐れは比較的少ないのかもしれない。しかし、成功した後でも常に次のステージに行きたいと思えるかどうかはわからない。

ゴールを達成し望んだものを手に入れた後でも、新たなチャレンジをし(たとえそれが茨の道であっても)、さらなる高みを目指して挑めるかどうかが人の成長を決めるのだ。


「私は○○のためにスタートアップ をする」

この「○○」を埋めてスタートアップ への想いと決意を貼るボードが「サンドボックス」の中に存在し、物語でも重要な役割を果たす。
まさに、答えはそこにあるのだ。

なぜスタートアップ をするのかという目的、そして情熱。
また、常に変化を恐れず挑むこと。
それが世の中の何かを変えるには欠かせないのだと感じる。

そしてそこにある熱い想いが様々なドラマを生むのだろう。


トップ画像:tvN「スタートアップ 夢の扉」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/startup





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