さよなら何者ちゃん
今年は、旅行ばかりしていました。
それも、ほとんどが突発的に思い立った旅行でした。
思い立ったらば、もう翌日の飛行機やら高速バスやら予約していて、現地についてから財布を確認するという具合だったので、なかなか病気じみています。
そのわりに、到着してからはほとんど何もせず、現地の本屋なんかを見て回って終わります。小樽まで行って、ウニを食べるだけで帰ってきたことなんかもありました。
行くと決めた瞬間は、やる気に満ち溢れているのですが、やはりわたしは怠け者なので、いざ到着すると、気持ちが萎びてしまうのです。
その証拠に、アルバムの写真は、行き路のものばかりで、着いた後の写真は、ほとんどありません。
このあいだも、これからパスポートを取るのだ、と意気揚々に書きましたが、あのあと、思ったよりもパスポートを作るにはお金がかるということを知り、そのまま家に帰りました。情けない話です。
ただ、海外。
海外へは、ずっと、憧れ続けています。
憧れが強過ぎて、海外に行こうとする若者の戯曲を書いたことがありました。
(ここから読むことができます:https://drive.google.com/open?id=1BhyiMX1NMJGdJ5biu5Zbnu9zkaFDn57e)
海の向こうの話は知らないので書けないのですが、留学をする人のことなどを、勝手に妄想して書いた作品です。
そのころ、大学には、「トビタテ留学JAPAN」という留学を強く推進するポスターがあちこちに貼ってありました。
たとえば、
「留学して後悔した人はいない」とか、
「このままじゃヤバいと思っている」とか、
「十四日あれば別人になれます」とか、
そういう具合です。
なんとなく、胸に引っかかるような、そういう言葉ばかりです。
ひとは、何者にならなくても、よいはずなのに。
この戯曲では、何者にもなれないわたしたち、という題材を描いたのですが、いま読み返してみると、わたしの歪められた海外への憧れが、押し込められています。
たとえば、
彩音 よくさあ、タイとか行っちゃう男の人いるじゃん。
遥香 あぁ、
彩音 一人旅、みたいな、
遥香 うん、
彩音 私、ああいうのって、女買いに行ってんじゃないかって思って、(笑)
わたしはそんなこと思ったことはないのですが、まあ、登場人物に言わせているあたり、もしかしたら似たようなことは考えていたのかもしれません。
どうせそんなもんだろう、という、ある種の僻みです。
何者かでありたいことと、旅に出たい気持ちは、すこしだけ、似ています。
何者で無くてもいいとは言いつつ、行き路の写真ばかりの旅をしてしまうのは、そういう欲求の現れなのかもしれません。