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エッセイ

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記事一覧

【エッセイ】書く人

【エッセイ】書く人

物書きに、憧れていた。
書かなければ死んでしまうような、文字で息をするような人でありたい、と思っていた。

自分の思いをうまく口に出せない少女だった私は、
文章で表現することの感動を知り、うち震えていたのである。

感情が、文章を通しただけで、これほど流暢に出せるなんて知らなかった。

的確な表現を探し当てたときの、えも言われぬ快感。
自身の内面を掘り進め、その葛藤を昇華してゆく道のりの輝き。

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【エッセイ】覚悟を決める

【エッセイ】覚悟を決める

「覚悟を決める」というのは、勇気のいることだなあと思う。

受動的な覚悟――たとえば、もう運を天に任せるしかない、と目を瞑るようなものも、そうなのだけれど。
能動的な覚悟――たとえば、私はこうして生きてゆくのだ、と決断するようなものは、特に。

何かを決めたとて、それを世界に宣言する必要は、まったくなくても。
仮に失敗しても「それ見たことか」と、笑われるわけでなくても。

私は、自分との約束を破る

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【エッセイ】「ついで」の贅沢

【エッセイ】「ついで」の贅沢

ネットで、本を注文したときのこと。

一冊だけ頼むのも何だかなあと、
「こちらもおすすめです」と書かれた中から、ついでに数冊を購入した。

ごく自然に、さも当然に、「ついでに」買ったわけだけれど。
これは、幸せな贅沢の極みだ、と思うのだ。

本屋さんで買うときも、然り。
目的の一冊を手に取ったあと、気の向くままに店内を徘徊し、
おもしろそうだというだけで、目的以外の本も買う。

なんなら、目的がな

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【エッセイ】書くことは、私をこの世に繫ぎとめる。

【エッセイ】書くことは、私をこの世に繫ぎとめる。

カフェに行った。
久しぶりなので、集中して味わうと、心に決める。

すると、思いのほか、意識が散ってゆくことに気がついた。

普段ならくつろげるはずのBGMや、窓の外を横切る鳥の影、
テーブルの隅に置かれているメニュー表の文字、カトラリーの角度…
目と耳から入るものたちが、忙しく私の内側を走り回ってゆく。

予期せぬ感覚たちの一揆に出会い、世の中は、なんて情報量が多いのだろうと、ため息が出る。

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【エッセイ】自分の言葉は、自分の手で持つ

【エッセイ】自分の言葉は、自分の手で持つ

自分の好きなものを、乱暴に扱われると、腹が立つ。

私は“言葉”が好きだから、
楽な単語に、自分の感情を乱雑に押し込んで表現されると、
お腹の底が、ちりちりと燃える。

「何でもかんでも“蛙化現象”で片づける」人の話を聞いたときや、
子どもが苛立ちを「きもっ」という一言で、ぶつけようとしたとき。

自分の五感を、雑な言葉ひとつに落として終わらせてしまうのは、
自分の感情の、責任転嫁じゃないか。と、

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【エッセイ】いつだって、きみの笑顔を祈っている

【エッセイ】いつだって、きみの笑顔を祈っている

寝坊して、明るく陽気に遅刻を選んだ息子を、小学校まで送って行った。

児童玄関の前で、中に入れず、しゃがんで泣いている子がいた。
そばには先生がついていて、一緒にしゃがんで、
押すでも引くでもなく、一生懸命に寄り添おうとしている姿が、目に入る。

心臓が、ぎゅうっと絞られるような気持ちになる。
私にも、身に覚えがあるからだ。
子どもとしても、親としても。

「そこまでして、学校に行く必要はない」と

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【エッセイ】「今ここ」のホットケーキ

【エッセイ】「今ここ」のホットケーキ

義祖母が入院した。

認知症が進んではいたのだけれど、すこぶる元気で、迫力満点の90歳。
癖の強さでは、町内でも指折りの有名人である。

諸事情により、しばらく病院で預かってもらえることになった。

義祖母の身体機能は、年相応よりも健康であったので、
私には、いわゆる「介護」と言われて一般的に想像されるような、日々の苦労があったわけではない。
ただ「対応する」だけだった。

呼ばれたら、話を聞く。

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【エッセイ】海を見に行く

【エッセイ】海を見に行く

今日は、海を見に行こう、と決めていた。

歩いて5分ほどで海に着くのに、近いがゆえに、
わざわざ目的地にすることが減っていたのだ。

海を見ると決めて、最初に浮かんだ場所は、高台の公園だった。
平日は、人の気配が、ほとんどないところ。

急勾配の階段を上ると、眼下に町並みと水平線が広がる、眺めのよい公園なのだが、
階段の途中で、大きな猿がガサガサと走り抜けてゆき、
短いしっぽをぴんと立てて、こちら

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【エッセイ】書く快感

【エッセイ】書く快感

文章を書くときは、感情が散らばっている。

形のないものを、ひとつずつ、言葉に落とし込む。
整えるんだけれど、整えない。

私の内側にあるものを、伝わるように整えるんだけれど、
見目麗しく、正しくは整えない。

削ぎ落とすような、混沌を磨くような。
言葉の溢れる世界で、言葉にならないものを、言葉にしようと足掻くような。
圧倒的に言葉にはできないものに出会った、その震えを言葉にするような。

そうし

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【エッセイ】「ダダミ」の思い出

【エッセイ】「ダダミ」の思い出

子どもの頃、タラの白子が食べられなかった。

地元で「ダダミ」と呼ばれていたそれは、わが家ではみそ汁の具材であり、
魚の香りが漂う薄味の汁に、ぷかりと浮いている、もにょもにょした白さと、
噛み切るときの、ぷちりとした歯ごたえが、どうにも嫌いだったのだ。

「ダダミ」は全国的には「白子」と呼ばれるのだということも、
臭みの少ない、ぷりっと大きな白子は、親戚の家業ゆえに食べられた、
それなりの贅沢品だ

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【エッセイ】不規則を許す

【エッセイ】不規則を許す

年末年始は、イレギュラーな予定が増える。
いつもと同じことを、同じようにしようとすると、どこかで時間の帳尻を合わせなければならない。

どんなに効率化をもってしても、やるべきことがゼロにはならず、
もっとも調整しやすいのは、睡眠時間であることが多い。

休日は、多少寝るのが遅くとも、翌朝のんびり起きればよいのだから、
睡眠時間そのものを削る必要は、まったくない。
ただ、ずらせばいいだけだ。

それ

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【エッセイ】終わらないかもしれない

【エッセイ】終わらないかもしれない

私は、現実想像問わず、血の流れる怖い話が苦手である。

殺人事件のドラマが点いていると、目と耳を塞いで逃げるし、
お化け屋敷では、目を閉じたまま、手を繋いでもらって脱出する子どもだった。

大人になった今でも、凄惨なニュースは見られないし、
ホラーやスプラッタ、血の気の多いミステリなどは嗜まない。

京極夏彦さんや、森博嗣さんは、美しさが怖さを上回るので、
読むけれども、自宅には置いておけない。

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【エッセイ】もうひとふんばりの希望

【エッセイ】もうひとふんばりの希望

いちばん最初のnoteに、こんなことを書きました。

“自分がつらいとき苦しいとき、救われたのは本だったから。
私も同じように、見知らぬ誰かに対して、
「私はここにいるよ」
「ひとりじゃないよ」
「大丈夫だよ」
って伝えたかったんだろうな、って。

会ったこともない人の言葉や物語に、自分が救われたように、
私の言葉が、世界のどこかでギリギリ踏ん張っている誰かに届いて、
私がここにいることで、誰かを

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【エッセイ】Simple

【エッセイ】Simple

私が何かを“作る”とき。

“引き算”を楽しめるようになったとき、
“余白”を味わえるようになったとき、

作るのが、好きになる。
作るのが、うまくいく。

尊敬しているアーティストの方が、こう言っていたのだ。
「作った時の感覚の言語化をしてみると
自分の上手くいくパターンが見えてくるような気がします」

そこで、作るときの感覚を思い返してみると、
私はどうやら、“磨く”“削ぎ落とす”ことに、美と

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