見出し画像

ふるさとを失いたくない―2つの新聞

 地球上のどこにいても、昼と夜の長さが同じ日。世界中で春を迎える喜びの日。自然をたたえ、生ける物を慈しむ日。冬の厳しい寒さに別れを告げる日。今日は、春分の日。
 きっと、別れを惜しみ、出逢いに期待し、不安と希望を胸に抱く季節だったはずが、いつしか、3月は先の見えないトンネルの入り口に立たされている気分だ。東日本大震災、コロナによる緊急事態宣言、新学習指導要領の施行、ICTの導入、そして寒さと爆撃音に震えながら地下の防空壕で身を寄せ合う人々。春を告げる風に、心安らぐ日は来るのだろうか。

 さて、昨今新聞を読まずとも、ネットニュースで事足りるご時世になったようだが、我が家の朝は必ず新聞から始まる。幼いときから、ずっとそうだった。今日は、私が大切にとってある、2つの新聞の話。

 私には、大切にとってある2つの新聞があります。その2つの新聞が発行された日は、私にとって大切な日です。その新聞を手にとると、その日の記憶や思いが蘇ってきて、不思議で、新鮮な気持ちになります。今日は、その2つの新聞の話をさせてください。

1つめの新聞
ー自分が今ここに生きていることの不思議ー

 1つめの新聞は、私が生まれた日の朝刊です。一面に小さく載っている天気予報を見ると、「寒い日だったんだなぁ」と思います。紙面はありきたりなニュースやテレビ欄ですが、発行された日付を眺めているうちに、誰かにとっては日常でも、私にとっては初めてこの世に生まれた人生の中でも一大イベントがあった日で、特別な日のような気がしてきます。道徳で読んだ母が子どもへ宛てた「あなたへ」の手紙のように、家族は私をどんな気持ちで待っていてくれていたのだろうという思いがこみ上げます。

 それと同時に、自分がここに生きていることの不思議や、命が生まれるということの重み、自分と家族とのつながり、なんだか温かい気持ちで満たされ、「私は一人じゃない」と感じ、自分が今悩んでいることが、本当にちっぽけな気がするのです。

 きっと、14歳というのは「子ども」だと言われたり、「大人」として扱われたり、「自分らしさ」や「本当の自分」、「理想」と「現実」、「過程」と「結果」、たくさんのものに板挟みにされて、悩んだり、立ち止まったり、イライラしたり、不安になったり、自分を見失って飲み込まれそうになる、そんな時期なのかもしれません。「あなたのため」という言葉で飾られた期待を重く感じたり、「自分なりにやった」という言い訳に逃げることもあるでしょう。

 でも、悩んでいるのはあなただけではありません。あなたを見守る家族、友人、先生方、みんなそんなあなたを見て、どんな言葉をかけ、手を差し伸べたら良いのか、一緒に悩んでいるのです。あなたは一人じゃない。私も一人じゃない。悩んで迷った分だけ、あなたはあなたらしくいることができます。大切なのは、その悩みや迷いから逃げないこと。しっかり向き合うこと。そして、自分が一人ではないということを忘れないでくださいね。

2つめの新聞
ー「当たり前」が一瞬で失われた日ー

 2つめの新聞は、2011年3月11日の新聞です。一瞬でたくさんの人の日常と命が奪われた、あの日の新聞。1面には津波によって全てが流された、変わり果てた東北の姿がありました。

 先日行われた朝礼は「震災を語り継ぐ」という題目で、東北復興支援や、被災した大川小学校の話を聞きました。辛い記憶や悲しい出来事を言葉にするのは、本当に心が痛むことです。そもそも、言葉にできないほどの出来事を、言葉にすること自体、不可能なことなのかもしれません。それにも関わらず、あの日以来、たくさんの人がさまざまな場所で震災について語ってくれます。
 そんな姿を目にするたびに、私は、あの新聞の1面を思い出すのです。たった1枚の写真。でも、その1枚の写真は、いつも私が当たり前に過ごす日常が、どんなに脆くて、儚いものであるかを教えてくれます。だからこそ、与えられた時間や環境、資源、そこにある暮らし、家族、すべてをもっともっと大切にしなくてはいけないと、身の引き締まる思いがします。

 そして、被災された人たちが、変わり果てた「ふるさと」の姿に流す涙は、私に「ふるさと」や「家族」という、帰る場所があることの幸せを教えてくれました。

 「ふるさと」は「田舎」ではなく、「帰る場所」です。今、みなさんが毎日暮らしている家も家族も、この街も、いつか、あなたの帰る場所(ふるさと)になります。「帰る場所」がある、それだけで、人は強くなれるものです。このクラスで過ごした日々の思い出が、そして私が紡ぎ続けてきた言葉が、これから先、あなたの心を少しでも支えてくれる「ふるさと」になればいいなぁと思いながら、この学級通信を書きました。

ーあとがきー
 ウクライナの方がインタビューで「ふるさとを失いたくない」と言っていた。それを聞いて、東日本大震災の津波が奪っていった、誰かにとってのふるさとを想った。ウクライナの原子力発電所が占拠された報道を聞いた。この戦いは、どこか遠い国の出来事ではないのだと慄いた。私の故郷は、日本最大の陸上自衛隊駐屯地を有し、某国との領土権問題も抱えている。もし、戦火が世界規模に広がれば、間違いなく私の故郷は真っ先になくなるのだろう。
 半年前に、病で父が他界した。いまだに喪失感さえ湧かないが、ふとしたときに父の言葉が、笑顔が、温もりが、還ってくる。そして、そのたびに、私は父がもういないことを思い知る。春のうららかな陽だまりのような愛に、まどろむことは、もうないのだと、帰る場所を失うことの虚しさに覆われる。
 道徳が教科化されたとき、「愛国心」という内容項目について、賛否両論が沸き起こった。日本人にとって「愛国心」というのは、戦時下のような盲目的な国家への忠誠心と重なるものがあって、受け入れがたい心象があるのかもしれない。また、国土が他国と接しておらず、単一民族国家と信じて疑わ余地もない社会構造の中で「愛国心」という言葉が、ステレオタイプを背負って一人歩きしている感も否めない。
 しかしながら「愛国心」を、自分が生きてきた場所、生まれた場所、歴史やアイデンティティとつながる場所、心と身体が還る場所、大切な人が暮らす場所、そういう「ふるさと」を想う気持ちだとすれば、それは人間関係が希薄化していく、人と人とのつながりの在り方が大きな変化を迎えている今の時代に、理不尽や困難と闘うあなたの心を最後までつなぎとめる、教育に必要不可欠な道徳的価値があるのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?