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くるりがくるりを思い出す映画

「くるりのえいが」を観に行って来た。

新しくリリースされたアルバム「感覚は道標」の制作ドキュメンタリー映画。アルバムリリースのプロモーションなんだろうな…と思いつつ、くるりのオリジナルメンバー森くんが20年ぶりにくるりと一緒に音楽制作する過程はやはり気になるし、拾得50周年記念ライブのくるりオリジナルメンバーライブの映像もある。何でまた一度やめた森くんを招いたのか、その理由も気になる。「映画を観たらわかるんかな?」という思いで観ることに。デジタル配信もあるけどPCは壊れてるし、映像系の有料会員にはなってないので映画館に観に行くことにした。

国際会館。何か可愛かった。

神戸の国際会館で朝8時30分からの回。お客さんは私を含めて3人。

映画は海辺の旅館で、岸田さん、佐藤さん、森くんの3人が集まっているところから始まる。森くんは笑顔だけど戸惑いを隠せない。森くん個人インタビューシーンでも戸惑いは吐露しており、でも「今の自分でダメならそれで!」という気持ちで受けたと語っていた。

「東京」や「バラの花」という名曲がどうやってできたのかを思い出したくて、そういう曲をもう一度オリジナルメンバーの3人で作ってみたい。動機はいい音楽・くるりとしての最高の楽曲を追求してきた岸田さんの飽くなき探究心からなんだろう。だけどそこに戸惑いはないのだろうか? と思いながら観ていた。

立命館大学のロックコミューンで結成された「くるり」。当時の楽曲の作り方なのか、それぞれの考えたソロパートに他のメンバーが合わせてセッションしながら楽曲を見つけていく。いいシーンだった。当時のやり方や、適度な休憩や余暇を楽しみながら、少しずつ曲が出来上がっていく内に、最高の一曲を作り出す為にどんどんストイックになっていく。

ひとつの曲を作り上げる為に、こんなにたくさんの工程が必要なのか!? と驚きながら没入して観ていると、何だか自分がくるり担当の新人スタッフのような気持ちになった。

拾得のライブシーンは「尼崎の魚」「California coconut」。最後に「東京」。

映画の中で、岸田さんが執拗に森くんに「東京の歌詞だけ特別ってどういう意味やねん」と聞くシーンがあった。文字だけで見ると怒ってるみたいだけど怒ってなくて、純粋にその感覚を思い出してみたいようだった。森くんはうまく答えられずにいた。

私が持ってるメジャーデビューシングルの「東京」

くるりの「東京」誕生秘話について、「もしもし」というメジャーデビュー前のくるりのアルバム制作にプロデューサーとして携わったシュガーフィールズの原朋信さんからお話を聞いたことがある。

スタジオにこもっていたけど、まったく曲ができなくて煮詰まっていたので、気分転換に曲を流したら岸田くんが突然「こんな恥ずかしいことを歌にしていいんだ!」と言って一気に詩を書き上げて、その勢いでそのまま夜明けまで曲を作り上げていた

シュガーフィールズ 原朋信さんのお話

映画の中の3人と、原さんのお話の中の3人が重なっていく。

アルバム制作を終えて、最後にそれぞれのインタビューで岸田さんが語っていたことが興味深かった。

「最初からプロになるなんて思ってなくてバンドを始めた。どこの誰かわからん奴が集まって夢中でやっていたけど、コレを仕事にするにはこのままじゃアカンと思った。」

「(今回のレコーディングは)ほんまに夏休みにみんなで冒険してるみたいだった。」

正確に覚えてなかったけど、そんな話をしていた。その言葉の中に20年前に森くんから離れて、また今回改めて森くんに声をかけたのか?  が含まれてる気がした。

くるりは常に変化する。このアルバムツアーが終わったら、また森くんはくるりから居なくなるんだろうな。たぶん。でも、くるりとしてはそれが自然だと思う。

「くるりのえいが」を観た後に、「感覚は道標」を聴くとまた違った景色や音色が見えてくる。楽曲を詰め込んだだけではない、20年ぶりに集まった3人の時間や過程が色濃く詰まった本当の意味ででのアルバム。確かに映像として記録に残したくなるし、その瞬間を観させてもらえて嬉しかった。

映画・配信とも公開から3週間限定なので、「くるりのえいが」を観るなら11月2日まで!

くるりを好きな人は全員観るべき映画です。

帰り道に映画に影響されて撮った写真


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