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連載SF小説『少年トマと氷の惑星』Ⅴ.生命の歌

Ⅴ.生命の歌

 それから一月後、カイムは小屋のすぐ側に氷の柱でできた立派な舞台を用意した。
 ティエラは、まるで肌と一体になって泳いでいるような薄くなめらかな生地でできたドレスをまとい、長いドレスのすそすべらせるように階段をのぼると舞台の中央に立つ。
 美しいドレスを身に付けたティエラを見て、トマは透き通って消えそうな彼女がいよいよ氷の精になってしまったと錯覚した。
 
 ティエラが深くお辞儀をすると、カイムは「こういう時は、両手を叩いて『拍手』っていうのをするんだぜ」と、トマに見本を見せる。
 トマもカイムの真似をして、両手のひらをパチパチと合わせて叩くと、ティエラは両腕を広げて高らかに歌い始めた。
 
 ティエラの歌声は、澄んだソプラノだ。何もない氷の大地をどこまでも走っていくように、星の降り注ぐ夜空にどこまでも響き渡るように、ティエラの美しい高音は空気を伝ってどこまでも伸びていく。
 トマの祖父・シュウの作ったこの曲は、音が細かく連なるトリルやアルペジオが多く取り入れられており、歌うには高度な技術を要する。しかし、ティエラは天使のような歌声を、時には転がすように軽く、時には抒情じょじょう的に深みを持たせ、複雑なメロディーを感情豊かに表現した。
 
 ティエラの歌声に乗せられた言葉は、トマの心に染みわたり、カイムの羽を震わせて、やがて空から地表に光の粒となって降り注ぐ。
 

(歌)
『太古の昔、宇宙の神秘によって豊富な水をたたえたこの惑星ほしに、植物という小さな生命いのちが生まれた。

 彼らは、生まれた瞬間から全てを見ていた。
 彼らが見ていたものは、過去であり、未来であった。
 それは、誰にも知られてはならない秘密であったが、ひとりの友だけは、彼らの声を聴くことができた。 

 友は、彼らの好きな音楽を奏でた。
 新しい曲を届けると、彼らは喜んで『未来の物語』を告げた。
 それは、彼らの命をかけた告白であったのに、ある日、友は未来を変えてしまった。
 友は、彼らとの約束を破り、友の仲間だけを救うことを選んだ。

 『生命はめぐる』。
 彼らにそう教えられたのに、友は死を恐れ、生命の辿たどる運命を変えた。 

 彼らは泣いた。泣き続け、泣き続け、その生命を終わらせた。
 やがて、太陽も友を嫌い、永遠に朝を奪った。
 
 ああ、至上の尊き生命たちよ。
 友は、闇の中にいる。友は、今もいている。

  生命とは、強き者のものではない。
 生命とは、永遠に独占されるべきものではない。
 途方もない時間が、ただ傍観ぼうかんする日々が、こんなにもむなしいものだと知らなかった。
 終わりのない日々、永遠に明けぬ夜が続くことの恐ろしさを知らなかった。 

 まだ友と思い、この歌を聴いてくれるならば、このおろかな友を許してくれるならば、どうかもう一度姿をみせておくれ。
 大地に眠る彼らにこの歌が届くならば、どうかもう一度教えておくれ。
 めぐる生命の神秘の物語を。』


 曲の終盤、ティエラが星空を見上げながら両腕を高く掲げ、この曲一番の高音をとても長いビブラートで響かせると、歌は力強く締めくくられ、ティエラの歌声の余韻よいんが完全に溶けてしまうと、辺りはしんと静まり返った。
 トマもカイムも、ティエラの素晴らしい歌声に圧倒され、拍手も忘れて舞台上の歌姫に見入っている。
 
 ティエラは、そんなふたりを笑顔で見つめると、再び深々とお辞儀じぎをした。
 
 今日も、漆黒しっこくの空では幾多もの流れ星が現れては消え、氷の大地は黙り込んでいる。
 今日もいつもと変わらぬ静かな夜。
 誰もがそう思った。
 
 その時──。
 
「あ! あれを見て!」
 トマは、突然立ち上がり、遠くを指さした。

(つづく)

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