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第六話 義 姉

ピンポーン。

日曜日の午後一時。夫と昼食を食べ始めた時に玄関のインターホンが鳴った。
口に入れたご飯を呑み込みながらインターホンを取る。
宅配かセールスだろうと思いつつ

「はい。」

「まさちやあああん、あたくし」

「お義姉さん!」

驚きのあまりほぼ叫んでいた。
私の声に夫も箸をもったままフリーズ。
義姉が突然やって来るなんて考えられないが、絶対に義姉だ。
私を『まさちゃん』と呼ぶのは、夫の兄の妻しかいない。
しかも『まさちゃん』ではなく『まさちやあああん』と静かにネチこい。
さらに、自分のことを『あたくし』など言う奴も義姉しか知らない。

「お義姉さん、いらっしゃい。」

と、笑顔を作りながら玄関を開ける。

「突然にごめんなさい。」

「いいえ~。お義姉さんお一人?」

「ええ、一人。」

相変わらず、蚊の鳴くような声で喋る奴だ。
姑に言わせると『今時珍しい控えめで親孝行なお嬢さん』だそうだ。
結婚と同時に夫の実家に住んでいるらしいが、その当時は、夫ともまだ出会っていなかった私は、同居に至る詳しい経緯を知らないが、義姉はケチだから家賃が要らないので同居したと思っている。
そして、腹の中が見えん奴とも思っている。
実家とは、車で一時間半、電車を乗り継いで二時間以上の距離なので、連絡もなしに突然やって来るとは思いもしなかった。
リビングのソファーを勧めながら、「何か急用でも?」と聞いてみた。

「女子大の恩師のお見舞いに来たから。」

来たから、何?
いつも話しの最後はむにゃむにゃとわからない。
垢抜けない顔、センスの悪い服。
何事も「むにゃむにゃ」とイエスともノーとも言わない義姉の唯一の自慢は『女子大』を出たことである。
夫の実家の近所では『有名な女子大をでたお嬢さん』と評判らしいが、義姉はちょっとラッキーだっただけである。
入学金さえ払えば誰でも入れる短大に入ったら、たまたまその短大が四年制になったので、そのまま二年余分に通っただけのことである。
学生集めの為、テレビCMをしていたので有名になったのも義姉にはラッキーだったのだ。

「お義姉さん、お昼ご飯は?今、ちょうど食べかけたところなの。何もないけれど、良かったらご一緒に。」

「女子大のお友だちと食べてきたとこ。お腹いっぱい。」

と、相変わらず蚊の鳴くような声で言う。

「それじゃあ、お茶いれるね。コーヒーでいい?紅茶もココアもあるよ。それとも日本茶がいい?」

「ありがとう。」

えっ?ありがとうで終わり?続きはないの?
で、何を飲みたいのよ?ホンマにわからん奴やなあ。

「コーヒーでいいの?」

もう一度聞く。

「ありがとう。」

じゃあ、コーヒーいれますよ。
コーヒーメーカーをセットしながら、夫に
「食べ終わったらお相手してよ。私、お腹すいてるから。相手してくれてる間にチャッチャッと食べちゃうから。」と目で訴える。
夫は、どこまで理解できたのかわからないが、とりあえず、急いで食べているフリをしている。
三人分のコーヒーをリビングに運びながら、「あんたも来いよ。」と、目で合図を送る。
正確には睨む。
しぶしぶダイニングテーブルから離れた夫と私は義姉と向かい合って座るが、義姉は何も言わない。
何をしにきたのか、全くわからない。
ただ意味なく寄ったのか、女子大の自慢話をしたいのか、実家で何かあったのか、義母に何か病気がみつかったとか色々想像はするが、何を言ったら良いのか途方にくれる。
とりあえず、コーヒーを勧めると、これでもかって位、砂糖とミルクを入れ、カチャカチャとかきまぜ、ゴクリと飲み干した義姉は、「ああ、美味しい。やっぱりインスタントとは違うわねぇ。あたくしもコーヒーメーカー買おうかしら。」
と、また独り言のように言っている。
「はあ。」と、夫は曖昧な返事をする。

「悪いけど、私、お昼、食べちゃうわ。」

と、ダイニングに戻り、冷めた味噌汁とこれまた茶碗の中で冷たくなっているご飯を口に放り込みながら、夫の食べ終わった食器を流しに下げたり、漬物にラップをかけたりし、ものの五分程でリビングに戻った。
その間、夫と義姉は無言でコーヒーをすすっていたようだ。

「今から買い物に行くつもりで、本当に何もお茶請けがなくて、ごめんなさい。私、ちょっと何か買ってきます。」

「いいのよぉ。あたくしが突然来たんだからぁ。」

ほんまにそうやわ。
前日にとは言わん、今朝電話くれたら良かったのに。
突然、思いついたとしてもその時点で電話をしてくれれば小一時間はあっただろう。
まあ、買い物に出かける前で良かったよ。
田舎の家じゃあるまいし、いつでも誰かがいるということはないのだから。
むしろ、留守のほうが多いのに、たまたま居たということは、この人は、本当に運のいい人なのかも知れない。
話題に窮した夫が

「大学の先生はご病気ですか。」と聞いた。

「ええ、女子大の恩師は病気なの。」

ああ、会話が続かない。
そう、義姉とは会話が続かないというのか、いつも一問一答みたいな話し方である。
感情が読み取れないので怒っているのか嬉しいのか、さっぱりわからない。
恩師の病気を心配しているという気持ちは感じられないし、見舞いを口実に一人で都会にやって来て嬉しいといった感じでもない。
姑の悪口も言わないのは素晴らしいが、嫁同士、姑の話で憂さ晴らしをするとか、実家でお喋りしながら家事をするとか、一人っ子の私は姉ができたと喜んだが、それは、ぬか喜びだったとすぐにわかった。

「コーヒー、もう一杯いれましょうか。それとも紅茶?」

「ありがとう。」

まただ。で、どっちよ?

「コーヒーがいいなあ。」

と、夫が言うので、コーヒーをいれる。
たっぷりの砂糖とたっぷりのミルクを入れカチャカチャとまぜ、ゴクリと先ほどとと全く同じように義姉は、二杯目のコーヒーを飲む。

「やっぱり、私、何か買ってきます。」

「あ、俺が行くわ。」 

夫は、この場から逃げられるチャンスと目を輝かせ腰を浮かせたが、

「お腹いっぱいだから・・・」

と言う義姉の声に腰を下ろす。
音のないため息と共に。

思い出したように、私と夫がたわいのない質問をし、義姉が一言答える、そして静寂、の繰り返し。
思い出して質問をしているのではない。
思いついてである。
必死に当たり障りの無い質問をニコニコ顔を作りながら考え、ひねり出しているのだ。

「お義母さんはお元気?」

「お子さんたちは、何年生だったかしら。」

次は、あんたの番やでと、目を動かさず声を出さず、気合いで隣の夫に伝える。

「あ、えっと、その、兄貴は、その、えっと会社行ってる?」

夫のバカ。行ってるに決まってるやろ。

案の定「行ってる。」

の一言でまた静寂。肩の凝る二時間が過ぎ、三時になった。

「あ、三時だ!おやつの時間だわ。私、やっぱり何か買ってくるわ。あ、それとも小腹がすかない?ピザでもとろうか。」

実は、私のお腹がすいているのだ。夫も、飲み込むように食べていたので、同じ思いだったのであろう。

「それがいい。ピザをとろう。」

と、はしゃいだ声を上げた。

「あたくし、お腹すいてない。」

ああ、そうですかっ!!!

「じゃあ、もう一杯、お茶をいれますね。お茶ばっかりで、お腹、大丈夫ですか。何をいれましょう。紅茶?ココア?煎茶?あ、昆布茶もありますよ。お義姉さん、何がいいですか。」


「ありがとう。」

またかよっ!!!

「いいえ~。で、何にされます?また、コーヒーがいいですか。それとも紅茶?」

沈黙、沈黙、沈黙。 

「お義姉さん、何を飲まれますか。」

「じゃあ、コーヒー。」

この人ってこんなにコーヒー好きだったっけと思いつつ三杯めのコーヒーを義姉の前に置く。
やはり、たっぷりの砂糖とミルクを入れカチャカチャとまぜ、ゴックン。
三時半になった時、突然

「あたくし、帰ります。」

正直、ホッとした。嬉しかったけれど、大人として

「何か予定でも?せっかくですから、晩ご飯ご一緒しましょうよ。」

「あたくし、帰ります。」

「お子さんたちだったら、お義母さんもいらっしゃるし大丈夫じゃないですか。お寿司でもとりましょうか。」

「あたくし、帰ります。」

笑顔で見送ってドアを閉めたと同時に、夫が大きな伸びをしながら

「義姉さん、何しに来たんやろなあ。」

私も大きな伸びをしながら 

「うん、何しに来たんでしょうねぇ・」と、言った。

義姉が何をしに来たのかわからないまま月曜日が過ぎ火曜日になった。ピンポーン。
まさか、お義姉さん?恐る恐るインターホンを取る。

「郵便です。速達です。」

義母からだ。

『雅子さん、お姉さんが昼時に訪ねて行ったのに昼ごはんを出さないとはどういうことですか。可哀想に文子は、帰ってくるなり台所に駆け込んで「お腹すいた、お腹すいた」とお茶漬けをかき込んでいました。嫁のそんな姿を見るのは情けないです。聞けば、昼時に行ったのに昼ご飯を食べさせてもらえなかったと言うではありませんか。びっくりです。あなたが、うちに来た時にご飯を食べさせなかったことが一度でもありますか。雅子さん一体あなたはどういうつもりですか。ご実家のお母様に電話をしようかと思いましたが、うちに嫁に来たからには、私が教育しなくてはいけないと思ってこうして手紙を書いています。他人ではなく義理とは言えあなたの姉ですよ。あなたは、文子のことを姉だと尊敬していますか。他人だと思っているのでしょう。田舎者だと馬鹿にしているのでしょう。あなたは、都会暮らしをしてのんきな毎日でしょう。私の目も行き届きませんしね。うちは広いのだから同居するのが当たり前です。文子さんは、嫌がらずに一緒に暮らして、慎ましく生活しているのに、あなたは派手な都会暮らしをして、たまに行った姉に食事をさせないとは恐ろしい。そのような意地悪な根性は直さなくてはいけません。まったく開いた口が塞がらないとはこのことです。呆れてものも言えないです。雅子さん、ご実家ではどうだったか知りませんが、うちの嫁となったからには、うちの親戚を大事にしなさい。本当に情けない。あなたは恐ろしい人です。意地悪で根性が腐っています。もし、私が寝たきりになったらあなたは私に食事を与えないつもりでしょう。ああ、恐ろしい。考えただけで生きた心地がしません。きっと、嫌いな物を口に突っ込むのでしょう。わかりますよ。あなたは、文子がコーヒー嫌いなことを知っていて三杯もコーヒーを飲ませたのですからね。一体何が気に入らないのですか。こういうのをいじめと言うのでしょうね。間違いなく、あなたの子どもはいじめっ子になります。母親が意地悪なのだから、いじめっ子になるに決まっています。ああ、恐ろしい。自分の孫がいじめっ子だなんて涙が出てきます。コーヒーを三杯も飲ませてトイレを貸さないとは、凄いいじめの手段ですね。私たち普通の人間には思い付きません。ああ、どうして結婚する前に気付かなかったのかと悔やまれます。そういえば、あなたたちの結婚式の時にトイレに行かせてもらえなかったことを思い出して腹が立ってきました。うちは仏教なのに教会で結婚式をしたから、私は、トイレに行けなかったのです。思い出しても腹が立つ。トイレに行かせないというのがあなたのいじめ方なのですね。よーーーーーくわかりました。文子は、トイレに行きたくて立ち上がったのにトイレを貸してもらえず、駅まで悲壮な思いで走ったと言っていました。私は、兄弟を分け隔てなく育ててきました。一族繁栄の為には家族全員が力を合わせて仲良くしなくてはいけません。常々、あなたは嫁としての自覚がないと思っていましたが、その前に人としてその腐った根性を直しなさい。父、母、兄、姉は大事にしなくてはいけません。もちろん、夫もです。ああ、私の息子はちゃんと食べているのかと心配です。食事の支度はちゃんとしているのでしょうね。文子は、大人しく何も言わないからあなたが馬鹿にしているのは知っています。私くらいの年になると人間の本質がわかるのです。文子は黙ってお茶漬けを食べていたけれど、何かあったなと思って問い詰めたら「お腹がすいただけです。」としおらしく答えるじゃありませんか。しかも、コーヒーを三杯も飲みお腹が痛いのを我慢して駅のトイレまで走ったとのこと。涙がでました。可哀想な文子。同じ嫁なのにどうしてこう出来が違うのでしょうねえ。とにかく、あなたの意地悪な性格を直すように努力しなさい。今後、二度とこのようなことがないように。いいですね。とにかく、私は、あなたをうちの嫁と認めることは出来ません。よく反省して性格を直す努力をしなさい。文子を見倣いなさい。』

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スキありがとう。私もスキです(笑)
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「日本語」と「人」が大好きな関西在住のフリーアナウンサー。2016年2月1日に作家デビュー。文芸社より「やっかいな人々」を出版しました。
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