夕焼けへの旅路
通勤時間に比べればはるかに長い時間、列車に揺られながら窓の外に広がる景色をただ眺めていた。
流行の音楽を聞くわけでもなく、お気に入りの小悦を読むわけでもない。
ただ外を眺めていた。
閑静な住宅街を通り過ぎていると、
やがてどこからか海の香りが漂ってきた。
いつだったろうか……
数日前の図書館での出来事。
ひとがたくさんいるにもかかわらず、シンとした静寂があたしには心地よかった。
読んだことのないエッセイを探して、大きな窓から差し込む柔らかな陽光に包まれながら図書館を探し回っていると、一冊の本を見つけた。
この図書館には思わぬところに思わぬ本がある。
その本はコラムニストの方が書いた作品集だった。
たくさん売れた本ではない。
でも、あたしにとっては宝物のような本だった。本の中に広がる世界を通じて、見知らぬ土地への旅に出ることができるなんて。
その本のページをめくる度に、その土地の風景や人々の物語が少しずつ広がっていく……感じがする。
海沿いの町で、毎日美しい夕焼けを眺めている人々の物語。
それが本当なのか、フィクションなのか……
それはわからないけれど、妙にリアルで、何より文章が美しかった。
少なくともあたしは好きだった。
夕焼けの海、かぁ……
それから数日、気が付くと、
少しの荷物とお気に入りの本を携えて列車に乗っていた。
小さな海辺の町に、降り立っていた。
海風に乗ってくる潮の香りと、波が小さな砂を海にさらっていく音。
そしてかすかに聞こえる人々の声……
本の中の世界が、あたしの目の前に広まっている。
太陽がゆっくりと沈み始め、空が鮮やかなオレンジ色に染まる。
海面はまるで鏡のように夕陽を映し、光と影が織りなす幻想的な風景が広がっていた。
それを目の前にすると……静かにその場に立ち尽くすことしかできない。
言葉を失うほど感動するっていうのは、こういうことなんだろう。
波が穏やかに寄せては返し、空と海が一つに溶け合っていく。
あたしはただ……
目の前に広がる美しい夕焼けを、心の奥底に刻み込んでいる。
電車で数時間。
時間はかかるけれど、乗り換えなしでここまで来れる。
けれど、もうここには来れないかもしれない。
よくわからないけれど、なんだかそんな感じがする。
あるいは、もうこの景色が見れないかも。
次に来た時に、土砂降りだったりして……
……まぁ
雨の日の海も、それはそれでキレイかもしれないけれど……
……なんて考えてたら、空は暗くなっていた。
心なしか風も強く、そして冷たくなっていた。
このまま暗闇に照らされた海を眺めていてもいいんだけれども……
海風にあたって体もベタついている。
その後はあっという間だった。
予約してた小さな宿で静かな眠りについて……
窓の外から波の音が優しく響いていたのは覚えてるんだけど……
でも、本との出会いがあたしをここまで連れてきてくれた。
夕焼けの海のように、美しく、儚く、そして心を豊かにしてくれる旅。
次は……あたしをどこに誘ってくれるのかな……