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山下紘加「煩悩」は女の緻密な距離感小説!

「煩悩」は、自立した主人公と、長い付き合いの「杏奈」
女性ふたりと周囲の人間関係の話だ。

杏奈!
とにかく杏奈という人がどうなってしまうのかを見てみたい、
たぶん男から見ると、ドジでおっとりして「清楚」とか呼ばれてそうな同級生。
だけど長く付き合っている「私」から見ると、
杏奈の話はあちこち飛んで要領を得ない。
同じミスを何度も繰り返す。あやしい人にも疑うことを知らなかったり、あぶなっかしいというか、これは「おっとり」とかではなく、軽度の発達障害とかではないのか…と思うところもある。

二人の関係が濃密。特に化粧まわりの話は
「うわー、俺には知らない世界だ…」
って、ずっと戦場を見る新兵の気持ちだった。

顔にふれると手をなでるマスカラのまつ毛、血色の良くなった頬。
学校で出席順に並んで、前ならえすると指先に感じる杏奈の背中、本人は知らないうぶ毛。

学校ではいろんな並び方をするから、背の順に並ぶと杏奈は遠くなる。
杏奈と密着しているときは、顔のうぶ毛や、くちびるが荒れて抹茶のお菓子か何か緑のパウダーがついているのまでミクロに寄って描くし、
離れているときは全体的な印象を描くし、人間同士の物理的な距離を手にとるように感じる。今詰めてる!今少し離れた!今密着してる!

別々のときは想像したり、ひとりで思い出にひたる。水泳の授業でこっそりわきを見せ合ってムダ毛の確認をした思い出とか、ささいだけど男には見えない時間を描いている。

「尊い!」
とか言うほど作り物めいて美しい女性同士の恋愛ではない。
それぞれ異性愛者だし。付き合っている男とは急にセックス描写になるから、男は飛び込んで距離を詰めてきたように感じる。

友人同士の距離のとりかたに気をつかう繊細で都会的な印象だけど、その一方で排泄やシモの描写も「強い」。
正確だし痛いしさまざまな表現で繰り返される。
女性読者には「あるある」なのかもわからない。尿もれの話とか。
男性作家に書けないゾーンの話。
というか、男が書いたら誰に取材したのか気になって読めない。
売り出し中で顔出ししてる女性作家がバンバン書くから、押されて、おいおいすげえ、と読めてしまう。
健康診断の前の尿検査の話、どんだけ重ねるねん!

著者の名前を存じ上げなかったけど、「あくてえ」の人だと知って、ああ、そのタイトルは知ってる。
この人が実体験に基づいて介護と憎悪を描いたんなら、それはすごいものになっているはずだ。タイトルは何で煩悩なんだろう。


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読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。