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【読書メモ】柳美里「JR上野駅公園口」

天皇と同じ日に生まれた一人のホームレス。
まえの東京オリンピックを肉体労働で支えた彼は、2020年の東京オリンピック誘致のために「特別清掃」で公園から移動を命じられる。

実際に聞いた話とフィクションが混じった本だ。
本物の血と汗を流した人間が、作者にささえられて壇上に立っているようだ。

主人公の人生は「あそこでああしていれば!」
「若いころ努力していれば!」と悔やむような分岐点もなく、いつの間にか年をとっているし、始めから決められていたようにするするとホームレス生活に行き着く。

物知りな仲間の話を聞き、ワンカップを温め、遠巻きに見られながら空き缶拾いをしていると、
「ニッポンにはこの夢の力が必要だ」
と突然看板を立てられた。ホームレスたちはオリンピック誘致のときに見えないように移動を命じられる。

上野周辺は皇族の方が通る行事が多い。
そのたびにホームレス間で「山狩り」と呼ぶ特別清掃があって、ブルーシートを全部移動させて、自分たちを見えなくしないといけない。
清掃で見えなくしないといけないということは、ゴミなのか。

クライマックスで、天皇陛下の車が目の前を通る。

天皇とホームレスは、どちらも、みんな知っているのに、かんたんに扱ってはいけない存在だ。テレビでそのことについて気軽に発言してはいけない。
「みんな」の外にいる両者。「いないこと」にされている両者。
同じ日に生まれて、同じ日を生きたけど、交わらない天皇とホームレスが、ロープ一本隔てた距離にまで接する。

そこでホームレスの胸にわくのは「怒り」ではない。
前を通るのが、格差を生んだ国会議員とかで、つかみかかっていけば話はわかりやすいが、同じ誕生日でなんとなく尊敬の念があった天皇を前にして、どうしていいかわからない。

読み終えて寂しいのは、この人が生きてないからだ。
どこかで生死を賭けた大勝負をして、負けて貧困が待っているなら敗者の人生を歩むけど、敗者にもなれない。運が悪いから貧しい地方に生まれて、運がないから家族が病気になって、のけものにされる。

人生は選択や努力で変えるものじゃなくて、運でした、と。ある程度はそうだろうけど、思い知らされる。


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読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。