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【読書記録】「雨に呼ぶ声」ノーベル文学賞候補・余華の初長編。バラエティ番組の「落とし穴ドッキリ」を連想する。

!ストーリー重視の作品ではありませんが、内容にふれます!

天災は「菩薩を大事にしないからだ」と迷信で先導する祖父。
封建的で女と子供に厳しい父。
自分だけだと思っていた自慰。好きな子へのイタズラ。思春期の悩みを抱えた主人公。

中国の古い農村の、主人公、父、祖父。
三世代にわたる、老人、おじさん、子供。
それぞれの世代の「どうしようもない男たち」をどうしようもなく繰り返し描く。
特につらい!ひどい!でも一分はわかる!と泣き笑いの顔で読んだエピソードがある。 


おぼれた友達を助けようとして水の事故で死んでしまう子供と、その父の顛末だ。

大切な子供が死んでしまい、悲しみと、働き手を失った不安になげく父。
事故の原因になった友達とその親は、土下座し、払えるかぎりの賠償金を払いたい、と申し出る。
だが父は「いくら金を出しても子供の命は戻ってこない、金も受け取らん」と謝罪を受け入れない。

そのかわりに、息子は友達を助けようとして死んだ「幼い英雄」であることを、みんなに伝えてほしい、と訴える。

ここまでは悲しくも感動的な話だ。

そのあと、死んだ息子を評価してほしい気持ちが止まらず、自分も町から役人が迎えに来るのではないか、立派な職を与えられ貧しい生活から抜け出せるのでは、と妄想が始まってしまう。
だが、一向に偉い役人さまは「幼い英雄」の父を迎えに来ない。

そのうち近所の悪ガキにいたずらで「役人が来たよー」と家の外から声をかけられ、驚いて飛び出す様子を観察される「ピンポンダッシュ」みたいな遊びの標的にされてしまう。
お父さんの悲しみとちょっとの下心と、子供の残酷さ、無邪気さ、あらゆる辛さが詰まっている。

この後、貴重な将来の働き手を失ったのだと現実を受け入れた父は、一度は謝罪に来て慰謝料を突っぱねた友達の親に、「やっぱり金を出せ」と怒鳴りこむ。それも、最初に言ってた金額より大幅に上がっている。

こんな悲しい展開があっていいのか。
一度は「もうすんだこと」にした父がより怒ってる不思議さとか、生々しい感情の動き、その場の気まずい空気が伝わってくる。

地獄は終わらない。
そのあと、息子をなくした男は、もっとつらい妻をほおって、近所の肉感的な女のもとに通って、家財道具まで持ってしまう。
その「見てられなさ」はすさまじい。浮気相手と妻がバッタリ会ってしまうのだが、昔の中国の農村だから、田んぼでつかみ合いになるのだ。栄養状態のいい浮気妻のほうが優勢になっているところを、亭主が気づかないふりして「そっ」と隠れる。

この父が、事件の影響もあってか完全にやっかい者になってしまい、痴漢をしたり、最悪なところを延々と見せたあげく、最終的に酔っぱらって唐突に肥溜めに落ちて死ぬ。

それが「第1章」である。

2章になって、つらい父の話は終わった…。生き残ったもう一人の息子へ受け継がれる…と思ったら、ちょっと昔にもどって、また父の話を語りなおす。
何章にもわたって、いろんな角度、いろんな時代から3代の男たちを読む。

息子から見た父は厳しくて怖い人だったけど、裏では優しい一面があった
という、よくある構成ではない。

怖い人を違う視点で見ると、やっぱりちょっと違う怖い人だった。
迷信深くてときに迷惑な祖父は、もとから困った人だった。

ひとつの家庭を違うカメラアングルでリプレイするように何度も見る。古い中国の農村と前衛的な手法の組み合わせにクラクラする。


あとがきによると、この小説は実際に家族を思い出すようにして書いたそうだ。ひとは昔を思い出すとき、時系列にそって1歳から順に思い出したりしない。
家の中の何かを見て、関連した人の思い出が急によみがえったり、急に大昔にジャンプしたりする。「その感じ」で、ひとつの家族のことを何度か思い出すように書いた。
長編を書くのがむつかしいから、同じ題材の話を何度も書いて並べる発想が普通じゃない。

連想したのは、いろんな視点のものをひとつの絵画にしてしまったピカソの絵。
あるいは、落とし穴に落ちる瞬間をいろんな角度からリプレイしたり、過去にその人が得意げにしている様子を挟む、ロンドンハーツか「水曜日のダウンタウン」のドッキリだ。

作者の余華は、今ではノーベル文学賞候補にまでなりながら、母国の批判的な内容が含まれているとして、中国ではエッセイが出版されていない。

日本ではこうして過去の埋もれた作品が翻訳されて、やっと全ての作品を読むことができるようになった。


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読書感想文

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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。

ありがとうございます
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ゲーム、お笑い、読書、Vtuberのことを書きます。