20歳になった頃のこと

2020年は忘れもしない、私が最後の10代を過ごした年だ。

大学に入学して、今まで関わったことがないような、色んなタイプの人に出会って、自分の置かれてる状況が変わった。

変化が苦手な自分にとっては、今までとのあまりの差に心がキャパオーバーになってもおかしくなったと思うけど、頑張った方だと思う。

そんな変化の中で最も心に大きな打撃があったのは、おじいちゃんの死だ。

亡くなったと聞いた時、驚いたと同時に、そういう時期なのかと達観してる自分がいた。

それなのに、実際にお葬式に参加したら悲しくて、涙が止まらなかった。

もう本当に動かないということ、”物質”じゃなくなることに耐えられなかったし、何より私の人生のうちの初期段階、一時代が終わったと感じて、それがたまらなく悲しかった。

その時、あと半年で20歳というタイミングで、心はまだまだ子供なのに、大学生になって変化した環境にある自分、だけどそろそろ自立しなくちゃと焦る自分、その葛藤の中でおじいちゃんの死により一時代が終わってしまったことで、なにかに縋ることもできないのかと虚無感に包まれた。

あぁ、これが大人の第一歩なんだなーと気づいてしまって(もちろんまだまだ子供だけど)悲しかった。

でも、人前で泣くのが嫌すぎて、親戚や親にも、「悲しいんだな」とか「可哀想だな」って思われたくなくて、人前では平気でいつもと変わらないふりをして振る舞っていた。

帰り道、車での帰宅途中、警察の見回りに車を止められて、帰りが遅くなった。大した問題じゃないのに、不安でいっぱいだったその時は、心がずっと緊張状態にあった。

無事に家に着いて、部屋に1人きりになった瞬間に涙が止まらなかった。その時はコロナが流行り出してて特に何もしてなかったし、家にいることが多かったから、自分が何処にいるのかよくわからなかった。あと本当に大人になりたくなかった。

ずっとこのままがいいし、親が歳をとるのを見るのも嫌だ。でもだからこそ早くもっと自立しなきゃという思い。

そんなこと思ってた頃の楽しみは、とにかく食べることと、面白いYouTubeとかテレビを見ること。もちろん人と遊んだりしてても、本当に楽しい。

世の中的には、何も面白くないし、困ったことも多いけど、その中で何を楽しいと思うか、その中に少しでも楽しいことはないのか考えて、明るくいられる人が、本当に幸せになれる人だと思う。

自分では認めたくないけど、この頃の自分は、不幸探しが上手かったと思う。良い意味で言えば、現実的だけど、幸せ上手とは言えなかったと思う。

例えば、自分は写真写りも悪くて、メイクもあんまりできないって思う人がいるかもしれないけど、考えようによれば、その人の肌は人より綺麗かもしれないし、よくよくみたら可愛く見えるランキング1位かもしれない。

自分はダメダメって思う人がいるかもしれないけど、良い面に目を向ければ意外とそんなことはない。

だから、もっと、物事の良い面にたくさん目を向けて、明るい考えを循環させられるようになりたい。それで最終的には色んな人にハッピーな気持ちになってもらえるようにしたい。

っって思い始めて早3年。

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