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嫌いでも 学ぶことあり 思う秋 だんじり囃子 今は楽しく

いつもより早く目が覚めた。今日はせっかくの土曜日で休みというのにどうしたことだろう。そういえばいつもは聞こえないマイクから男のだみ声で昭和歌謡のような歌が聞こえる。
「あ、今日から秋祭りか。だんじりカラオケが始まったよ。あらからさまに歌が聞こえると思った」僕は結婚して5年目だ。住宅ローンで購入した新しい住宅に住みながら会社員として1時間近くの通勤時間を使って都心で働いている。

僕の住んでいるところは、だんじりのような伝統的な秋祭りもないし、おそろいの法被を着て練り歩くような組織がもともとない場所。それは住んでいるところは、小高い山を造成して作られた新興住宅地だからである。僕は結婚して5年目、結婚と同時にマイホームをローンで購入した。だがまだ子供はいない。不妊治療のような余計な事をせず、自然に委ねようとふたりで決めている。

「いつもは静かで自然も多いところなんだけどな」僕は思わずため息をつく。まあ、いつもの休みなら昼近くまで寝ることがあり、午前中が溶けてしまう。そう考えれば今日は午前中から目覚めたので少し得した気がする。
「今日と明日我慢したら終わるわ。別に機嫌よく歌っているだけだし、夜中に騒いでいるわけではないしね。こんなのより私は選挙運動のほうがうんざりだわ」そう言って妻は笑顔を見せる。
妻は、曳き唄と呼ばれるだんじりの歌う声が聞こえるほうを見た。すると緩んでいた口元が徐々に閉まり、表情も真顔になっていく。

「どうした?」僕は心配になった。「でも、私は」妻はそう言いながら口を一瞬つぐんだ。「なに、黙っていたら良くないよ、何があったんだ!」僕が問いただすと、妻は観念したかのように口を開く。「私の子供のころ思い出しちゃった」
「あ、そうか、君の住んでいた町にもだんじりがあったんだ」
「かつてのね。今の実家は違うけど」妻はそう言いながら視線をだんじりの曳き唄が聞こえるほうに向ける。

「私、物心ついた子どものころから高校に入る前まで、どっぷりだんじりの世界にはまった町にいたからね。あの時はとにかく嫌だった。今だったら多分パワハラとかそういうので訴えられるかもしれないけど、当時は町の偉い人の言うことが絶対みたいなところがあって、若い人はみんな従っていたし、私たち子どもも同じよ」

「そういうのあるな。僕のとこは無かったからわからん」僕は相槌を打つように言葉を挟みながら妻の話を聞く。
「それで秋祭りになったらほぼ練習に参加させられて、同性の姉さんみたいな人にずいぶんな目に遭ったわ。体の動きがどうだとかね。それもあったから親に『行きたくない』って毎年9月になったら行ったけど親も『年に一度のことだから我慢しなさい』と言って取り合わないの。両親も町の長老には逆らえなかったのかもね」

「そうか、でもよくそんな環境に耐えたね」
「おかげで、中学の頃は部活に没頭できたかな。でも当時は秋祭りの時はやっぱり部活も休んでみたいな。感じ」妻は吐き出すことで少し気持ちがほぐれたのか、少し余裕のある表情に戻った。

「高校で町から離れる方法を考えた時に、全寮制の私立の進学校があったので、猛勉強してそこに入学できたわ。それで完全に町との関係が切れたというか」
「ミッション系のだったな」僕は生まれながらのクリスチャンだったが、妻は高校をきっかけにクリスチャンになっている。
「そう、全然違う世界でね。洗礼受けたのも、日本の神様から離れたかったのもあったのかな。少なくとも高校から大学にかけて視野が随分広がったわ」妻は完全に笑顔に戻っている。僕は立ち上がり冷蔵庫から飲み物を取り出した。しゃべり疲れた妻にドリンクを差し出す。

「ありがとう」妻はドリンクを受け取った。「でも、再びだんじりが聞こえるところにあなたと暮らすようになったら、私は、もうその人のことを赦すというか、今となったら私の人生を変えた恩人なのなと思うようになって」
 僕は妻のプラス思考にいつも度肝を抜かれる。この前も悪いことが重なったのに、「これだけ悪くなったんだから後は上昇、楽しみね」と言い切るほどなのだ。
妻は話し続ける。「だってその人に嫌な目に遭わなければ、私その世界から抜け出そうって勉強しなかったし、頑張って偏差値の高い高校に入れたから国立大学から国際的な仕事につけて、あなたと出会ったんだもん」そう言って妻は僕に体を寄せてくる。僕は妻の肌のぬくもりをとても暖かく感じた。

「それにしても、人間って変わるね」妻は僕の腕にしがみつきながら静かに頷く。ここで1分ほどの静かな時間が経過した。
「そうだ、ここのだんじりには俄(にわか)があるの」
「に、俄、えっとなんだっけ」僕は言葉は聞いたことがあるが、俄のことを良く知らない。
「えっと、町中のだんじりが神社に入って披露するもので、その発展形が漫才とかになったらしいんだって。えっと」妻はスマホを取り出した。何かを探し出す。「あ、ほら、今日のお昼ごろから俄、あそこの神社よ」そう言って妻は僕にスマホを見せる。
「へえ、今から準備をすれば余裕だな。行ってみようか」「うん、確かここは昔ながらの俄を披露してくれるって、行きましょう」妻の目の色が変わった。

「昔は嫌いな人でも、今は違う、そうか、なるほどな」僕は頭の中でそんなことを考えていると、最近職場ではやっている短歌を詠みたくなった。そこで妻が立ち上がってトイレに行っている時に小さく短歌を詠む。

嫌いでも 学ぶことあり 思う秋 だんじり囃子 今は楽しく
(きらいでも まなぶことあり おもうあき だんじりばやし いまはたのしく)

今日は、山根あきらさんの「嫌いな人から学んだこと」という企画に参加してみました。

今日の記事「喜志&佐備地域のだんじり&にわか」をモチーフにしました。

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