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【後日談】億るまでの話をしようか -IPOで人生変わった?-


改めて、本編【億るまでの話をしようか -IPOに携わったOLが得たもの-】をお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
noteだけでなくTwitterでもたくさんのご感想をお寄せいただき、大変嬉しく思っています。

【後日談】では、本編中に盛り込めなかったネタやIPOに携わって得た学び、実際にストックオプションを行使して口座に数億円のお金が振り込まれた時の心境、その後の生活などを中心に記載します。

それでは、どうぞ!


【第1章】20代OL目線でのIPO


「みなみ先輩~!この開示資料の数値チェックお願いしたいんですけど」

「うん。分かったよ。ちょっと待ってね」

上場して1年半が経ち、遂に当社でも新卒採用が始まった。彼女は記念すべき新卒第1号で広報IR課に配属となったカンナちゃん(つまり私の部下)。帰国子女で、日本語のほか英語と中国語が話せるトリリンガル。仕事の覚えも頭の回転も速いうえに容姿端麗。当社の他にも、もっと条件の良い大企業や外資企業という選択肢もあったのでは?と思うが、彼女曰く「えーー、だってアメテク(※当社「アメイジングテクノ」の略)のサービスってこれからの時代、もっと伸びていくと思うんですよね~。私もユーザーとして愛用していますし!」だそうだ。そういう直感で物事を判断できるところは素晴らしい。年功序列でドロドロした社内政治が大変な大企業や、グローバルからの指示には絶対服従でトップダウン型の外資企業よりも、年収や福利厚生では見劣りしても、当社のような社員の平均年齢が若く、成果次第ではスピード出世も望めるイケイケドンドンなITベンチャーの方が向いているのかもしれない。

「カンナちゃん、ありがとう。問題ないです。これで部長にも回してもらえる?」

「みなみ先輩、ありがとうございまーす!
…あ、もうそろそろお昼ですね!みなみ先輩、今日ランチ一緒にどうですか?」

「いいよ。じゃあ10分後くらいに出ようか」

=====

オフィス近くのイタリアン。夜行くと一人当たり最低6000円はするが、ランチタイムは1000円で美味しいパスタ(サラダとコーヒー付き)が楽しめるお気に入りのお店。

「そういえばカンナちゃんとランチ行くの久しぶりだね。今日はどうしたの?」

「えっとぉ~。実はみなみ先輩に訊いてみたいことがあって…」

「私で答えられることであれば、喜んで」

「みなみ先輩、上場して3億円GETしたって本当ですか~?」

ゲホッ ゴホッ

飲んでいたお冷で思わずむせてしまった。

「あの、カンナちゃん…。ちょっと声が大きいかな……」

こじんまりした店内。カンナちゃんのよく通る声とこの台詞で、近くの席の何人かがこちらを振り向いている。

「あっ、先輩ゴメンナサイ~~!!」

「うん…いいよ。そっか、やっぱりそこ気になる?」

「ハイ。すっごく気になります!上場後に入った人たちはみんな気になってますよ!!」

それもそうだろう。自分よりほんの数年早く入社していた(だけの)この先輩が、20代で大企業の生涯年収に近い財産を築いたのであれば、確かに興味はある。

「そうだね…。確かにそれくらいの資産は得たかな。といっても、私はまだ現金化していないから、口座上の数字でしかないけどね」

「みなみ先輩はまだ現金化していないんですね。どうしてですか?」

「今すぐ欲しいものがない…というのが一番の理由かな。同じくストックオプションをもらった古参メンバーの中では、ベンツ買ったとかタワマン買ったとか、そんな人もいるけど。私はそういう高額なものに対する物欲ってあまりなくて。
…あと、これは期待も込めてだけど、うちの株はまだまだ上がると思っているから」

「なるほど~。確かに、こないだ高橋先輩が『売ってから30%も上がってる!もう少し待っていれば…!!(涙)』ってすっごく凹んでましたよ」

当社の株はありがたいことに、上場後も安定的な上昇を続けている。

「そうだね…でもまあ、未来の予想に100%はないから。欲しいものがあるならサクッと現金化して買っちゃって、人生楽しむのも良いと思うけど。結局お金って使うためにあるものだし」

「みなみ先輩って…意外と堅実なんですね。先輩からも『タワマン買っちゃった♡』とか『ホストクラブで一晩で100万使っちゃった♡』とか、面白い話聞きたかったのになぁ~」

カンナちゃんは天然なのか計算なのか、ときどき分からなくなる。

「面白くなくてごめんね。逆にカンナちゃんは、仮に3億円手に入れたとしたら、何かしたいことのはあるの?」

「それはもちろん、今流行のFIREですよ!好きなことだけして生きたいです!」

FIRE = Financial Independence, Retire Early の頭文字をとった言葉で、直訳すると「経済的自立と早期リタイア」

「FIREって…カンナちゃん、ついこないだ社会人になったばかりじゃない。そんなに仕事嫌?」

「うーーん、仕事がそんなに嫌ってわけじゃないですけど…。でもやっぱり縛られるものがなく、自由気ままに過ごしていた大学時代が恋しくなったりはしますね~」

「まぁ、それは分からなくもないかぁ…」

言葉とは裏腹に、大学時代の記憶なんてかなり遠のいている私がいる。

「じゃあ、ちなみにカンナちゃんの好きなことって?」

「好きなこと…そうですね~、普通にお家でネットフリックスの動画観たり、表参道とか代官山にお買い物に出かけたり、友達とご飯行ったり旅行行ったりすることかなぁ」

「なるほど、確かにそうやって過ごす時間は楽しいし、私も好きだよ。でも実際、そんな生活をずーっとし続けるってどうなのかなぁ。大学時代は自由とはいえ、授業があったりテストがあったり。そして社会人になるにあたって、目標を立てて何かしらの努力をしてきたんじゃない?資格取得のための勉強とか。勉強しているときは辛くても、その努力が報われたときや、何か新しいことができるようになったときって、自分自身の成長を感じられて嬉しくならなかった?
仕事も一緒で、自分が携わったプロジェクトで予想を超える数字を出せたときや、社内で非効率的だと思うことを積極的に改善提案をして効率上げられたり、それで同僚からも感謝されたときとか。IR活動を通じて某株価掲示板の投稿の質が良くなったときなんかも。そういう経験ができると、すごく嬉しくなるんだよね」

「はい、分かります」

「仕事って、ただお金を得るためだけに働いているんじゃなくて、自分が社会に対して何らかの価値提供することが本質だと思っていて。それへの対価がお給料という形で返ってくる。カンナちゃんもこないだボーナス出たでしょ?1年目だからちょびっとだったかもしれないけど、そのとき査定で自分が出した成果をちゃんと評価してもらえてるって分かったとき、どうだった?」

「嬉しくなりました!」

「私も一緒。仕事してたら理不尽なことで怒られたり、いろんな人との意見調整に苦労したり、忙しい時に限ってたくさん他の仕事が振ってきたり、ストレスを感じることもあるけど、それ以上のやりがいがあるから続けてるんだよね。あと、平日頑張ってるからこそ、休日のご褒美ケーキがもっと美味しく感じられるし」

「みなみ先輩…そこは華金のビールじゃないんですね…」

「だって私、ビール苦手だもん」


【第2章】億り人になるために


「パスタ、美味しいですね~!」

彼女はここのお店、初めてだったらしいのだけど、お口に合ったようで良かった。

「でも先輩。先輩の先輩で、同じくらいストックオプションもらっていたのに上場前に辞めてしまった方もたくさんいるって聞きました。私なら、あともうちょっと続けていたらこんな良いことがあることが分かっていたら、大抵のことじゃ辞めませんけど」

「そうだね…。下世話だけど、辞めちゃった先輩たち、実は後悔してるんじゃないかって考えることもあるよ。でも結局、上場で億り人になれたのって結果論なんだよね。それこそ『この株上がるって分かってたら、買っていたのに!』と同じ。もちろん、上場前は『絶対上場するんだ!』って信じて頑張ってたけど、それでも『本当にできるのかな?』って不安はずっとあったから。
そうそう、初代CFOが突然失踪&辞任して一番ピンチだったときなんて、社長が超ヒステリックになっちゃって『もう上場なんて辞めてやる!エンジニアと営業だけ残して、管理部なんて解散だー!』って狭いオフィスで怒鳴ってさ、社員みんなを凍り付かせるなんてことも度々あったんだよ。実際、上場準備ってすごくお金も労力もかかるし、目指している企業の中でも達成できるのって本当に一握り。うちみたいな社長ワンマンの会社だと、社長の鶴の一声でガラッと変わっちゃうから。

…今思い返しても、ホント私は運が良かったと思う」

「ええ~~、ここまで来て結局最後は運頼みですか~?
私も億り人目指したいので、もう少し再現性のあるオチにしてくださいよー!」

「あ、そっか、ごめんごめん。
そうだねぇ。辞めちゃった先輩たちと私とで、違っていたことがあるとすれば……この3つかなぁ。

1つめは、私があまり世間擦れしてなかったことかな。もっと有り体に言えば、単なる世間知らず。私は公務員から転職して初めての民間企業で、退職前に散々周りの人たちから『民間企業は公務員と違って大変だ』と言われてきたから、入社して実際かなり大変だったのだけど『民間企業って、聞いていたとおりこんなにハードなんだぁ…』って受け入れられちゃったんだよね。あと、いわゆる安定的な公務員を辞めて、特段の専門的スキルもなく当社に飛び込んだっていうのもあったし。ホント背水の陣(笑)
でも辞めていった先輩たちは、きっと前職での経験を踏まえて『自分ならもっと良い環境で働けるはず』って思ったから退職したと思うんだよね。だから前職が働きやすい環境だった人や専門的スキルを持ってて転職カードを切りやすかった人は、さっさと見切りをつけちゃったんじゃないかな。
あ、そういえば総務課長の石井くん。彼はブラックと名高い闇通信出身なんだけど、当時、私の目から見てもすごく根性あるなって思ったよ。そもそも採用理由が『ブラック企業出身で根性あるだろう』だったからね(笑)

2つめは、1つめとも被るんだけど、若かったこと。
私の最初の上司は、まぁなんというか、語弊を恐れずに言えばパワハラっぽいところもあったけど、若かったから毎日の叱責…いや、叱咤激励とでも言っておきましょうか…も、 ”愛ある指導” と受け取れたの。今では純粋に、心から感謝してるけどね。でももし自分が30代で、周りに自分より年下の子がたくさんいる環境下だったなら、また受け取り方が違っただろうなって。実際、当時いた30代40代の先輩がみんなの前で怒られていたときは、苦虫を噛み潰したような表情をしていたから…。
あと単純に、毎日終電近くまで働くのも歳をとるにつれて体力的にも環境的にも厳しくなってくるよね。結婚していて小さな子供がいたりしたら、こんな働き方はできないだろうし。
”若い時の苦労は買ってもせよ” って諺、本当にそうだなーって最近つくづく思う。私もまだまだひよっこだけど、20代前半で取れるリスクとアラサーになって取れるリスクでさえ結構違うなって感じるもん。転職先としてベンチャーを考えた場合、ビジネスがある程度スケールするまではいろんなリソースに余裕がないから、処遇待遇を同業他社と比べちゃうとやっぱり見劣りするし。仮に自分が30代後半の公務員、子ども2人の一馬力だったとしたら、こんなチャレンジングな決断はなかなかできないよね」

「なるほど…。だからストックオプションが ”目の前のニンジン” に例えられる訳ですね」

「そうそう、よく知ってるね。
で、最後3つめ。
 
…多分私、かなりの負けず嫌い。人からもよく『見かけによらず忍耐強いね』って言われる」

「あーー、それすごく分かります!」

「えっ、カンナちゃんにもバレてるの?」

「バレバレです(笑)みなみ先輩って基本合理的ですけど、結構頑固なところありますよね。自分が肚落ちしてないこと対しては納得するまで上司とやり合うけど、理解できた後はアウトプットに一切妥協しないところとか。
あと、普段上司の物言いがきつくても涼しい顔されてますけど、誰のせいでもない自分のケアレスミスが原因で手戻りが出ちゃったときには、すごーく凹んで、でも次の瞬間には鬼の形相で再発防止チェックリスト作成しだしたり。成果に対する執着心がすごいなって、いつも思ってます」

なんと…。
可愛い後輩にこんなふうに見られていた(しかもイイ感じに受け取ってくれている)なんて、嬉しい反面、恥ずかしいところは見せられないなと思う。

「どうもありがとう…。カンナちゃんにそう言ってもらえて嬉しいよ。
大前提として、働く目的を明確にすることは重要だね。生活に困らないくらいのお金があればいいのか、もっと大金が欲しいのか。IPO達成という経験を得たいのか、企業理念やビジネスモデルそのものに共感しているのか。単にお金が欲しいだけだったら、もっといろんな選択肢があるよね。このご時世、副業や投資で本業より稼いでいる人もザラにいるし。
『絶対にIPOのストックオプションでお金持ちになるんだ!』って思ったら、カンナちゃんが言ってくれたとおり ”成果に対する執着心” や ”飽くなき探求心” は必要不可欠かな。もちろん、働き過ぎて体や心を壊してしまっては元も子もないんだけど、何度も言うとおり、上場までの道のりは決して楽なものではないから。踏ん張りどころを見極める力を養うのは重要だね。
ちなみに、先輩の中には日本の時価総額ベストスリーに入る大企業の管理部門や大手外資金融に転職成功された方や、私生活でなかなかお子さんを授かれなくて不妊治療してたけど、転職後わりとすぐに自然懐妊された方もいらっしゃるんだよ。そんな先輩たちにとっては、転職したことを全く後悔していないかもしれないし。

結局、何が正解かは分かんないよね。自分の決断を正解にしていくだけだよ」

最後の台詞はちょっとクサかったかな…。と照れながらカンナちゃんの方を見ると、彼女はパスタ皿に残った最後の麺一本をすくい上げるのに必死で、聞いていなさそうだった(それで良かったのかもしれない)。


【第3章】大企業とベンチャー


食後のコーヒーを飲みながら。

「そういえば、カンナちゃんはうち以外の会社は考えなかったの?」

「いや、就職活動中は色々と受けましたよ。花玉とかカコメとかの内定もらえてましたし」

「ええっ!?すごく人気企業じゃない…!どうしてそんな大手を蹴ってまでうちに?」

「うーーーん。こんな私でも結構悩みましたね~。やっぱり大手はネームバリューがあるじゃないですか。内定出たよって両親に報告した時は、とても喜んでくれましたし」

「あ、それはうちも一緒(笑)公務員に受かったときは、親戚一同大喜び」

「やっぱりそうですよね。でも、考えたんです。待遇とか一切無視して、自分が一社会人として何がやりたいのか、何を目指していきたいのかって考えたときに、大企業の中で単なる歯車の一部として働くよりも、ベンチャー企業である程度の裁量権を持たせてもらって働く方が、良くも悪くも結果が見えやすいじゃないですか。大企業っていうその肩書だけで周りからチヤホヤされて満足するより、自分で道を切り拓いて進んでいることに対して満足したいというか。自己陶酔じゃないですけど、自分自身を唯一無二の存在として認めて褒めてあげれば、もっと仕事が楽しくなって、もっと頑張ろうと思えて、もっと成長していけるかなって。だから当社を選んだんです」

「…素晴らしいね。唯一無二どころか、もはや天上天下唯我独尊って感じ」

「あーー!みなみ先輩、新卒のフレッシュな志を馬鹿にしてますね~~!!」

「いやいやいや、そんなことないよ。ちょっとカンナちゃんが眩しかっただけ」

いや本当に。
5年も経つと忘れかけていた初心を思い出させてくれた。
部下が上司を上司にしてくれるのね…。ありがとうございます。

「うん。今日話してみて改めて思ったけど、やっぱりカンナちゃんはベンチャー向きだと思う。成長に対して貪欲なところもそうだけど、いつも明るく仕事を楽しもうとするスタンスって、特にベンチャーではすごく重要だよ。そしてその決断を後悔させないように、私ももっと頑張らなきゃって思った!」

「みなみ先輩は、今でも十分素敵な上司です♡(ニコッ)」

こういうところ、上手いんだよなぁ。

「あっ、ちなみに。みなみ先輩、私のことベンチャー向きって言ってくれましたけど、他はどんなマインドセットの人がベンチャーに向いてると思いますか?後学のためにも具体的に聞きたいです!」

「そうだね……私の実体験と、ベンチャーに就職した何人かの友達の話を聞いての個人的な見解だけど…

まずは、繰り返しになるけど、ちゃんとその企業に入った目的が明確で泥臭い仕事であっても厭わず、成果に対して貪欲に頑張れる人。
就職活動や転職活動では『御社の企業理念に共感し…』とかお誂え向きの志望動機を話したりするけど、これを本気で家族や友人にも言えるイメージ。つまり愛着を持って仕事ができる人かな。やっぱりベンチャーって常に人手不足なところがあるから、どうしても残業は多くなりがち。そんな中で、残業も嫌々するのではなく、自分の意思で良い意味で ”しつこく” 頑張れる人が向いてるかな。逆に『仕事とプライベートはしっかり分けたい』、『明日できる仕事は明日に回したい』みたいな人はちょっと厳しいかもね。
実体験として、IPO準備期間は予期せぬトラブル対応の連続だったから、明日やれる仕事でも今日できるなら今日片付けてしまって、明日のためのバッファを作っておく。
あと、丁寧さや正確性もさることながら、次々タスク処理していくスピード感も求められるかな」

「へええ~。なるほど~」

「それに、業務分担に関しての寛容性。私、当初は経理スタッフとして配属される予定だったんだよ。それが今では紆余曲折あって広報IR担当。
あっ。そういった意味で、ベンチャー企業でのNGワードは何だか分かる?」

「えーーー。何かなぁ……
『これ私の仕事?』とかですか?」

「さすが、正解!対応すべき案件が周りに落ちていたなら、率先して獲りに行く。例えば本来業務とはちょっと違う仕事を依頼されたときに『これは私の仕事ではありません』って言う人と『初めてですが、なんとかやってみます!』って言う人がいたら、その成果が70点くらいだったとしても、後者にたくさんの信頼が集まってたくさんのチャンスが巡ってくるのは、明らかだよね」

「確かにそうですね。イエスマンって今じゃあんまり良い言葉に受け取られないですけど、イエスマンであることも大事っていうか」

「そうそう、そのとおり。できない理由を探すんじゃなく、できる前提で、どこまでならできるかを考える。ベンチャーでは全従業員が経営者との距離が近い分、経営思考を汲み取って、尚且つ実行まで進められる人が重宝されるかな」

「なるほど…。とにかく行動あるのみ、ですね!
あっ。ちなみにみなみ先輩、役所のときと当社とで、自分自身の成長スピードの違いとかって感じますか?」

「あーーー、、、いい質問だね(笑)

結論から言うと、感じる。転職して当社に来てからの方が、より速いスピードで成長できてると思う。理由はさっきカンナちゃんが言ってくれたとおり、ベンチャーの方が若手にも圧倒的に裁量権を持たせてくれるからかな。当然、裁量権は責任とセットになるわけだけど、正直当時の私はそれほど ”責任” に関しては意識していなかったかも。失敗も沢山したけど、成功から学んだことより失敗から学んだことの方が100倍多かったなって。そして多分私の裏で、責任取ってくれてた当時の部長には本当に感謝だね~」

「やっぱり、そうなんですね~」

「でもね、新卒で公務員になったことは全く後悔してないよ。大企業とベンチャーの両方を知れたことはすごく良かったと思ってる。やっぱり入社時の新人研修とかは大企業の方がしっかりしてるし、てゆうかうちではほとんど研修なんてないまま即現場だし。そういった意味では、カンナちゃんには折に触れてできるだけビジネスマナー的なことも伝えるようにしているのだけど…十分じゃなかったらごめんね」

「えーー、全然そんなことないですよ~!それに、分からないことググれば済む話ですし♪」

………。
確かに。
漠然と『入庁してしばらくは、たくさん研修を受けさせてもらった』という記憶はあるのだけど、そこで具体的にどんな有益なことを学べたかというと…正直パッと思い出せない。
人は受け身で学んだ(もとい、耳に入ってきただけ?)知識よりも、必要に迫られて自分で調べて身につけた知識の方が、ずっと記憶に残っているものである。ググるに勝るものなし。

「ありがとう…。デキる後輩を持って幸せです」

「またまた~!
ベンチャー、中小企業、大企業、それぞれ一長一短ありますけど、自分に合った道を選びたいですよね」

「うん。自分が主導権を持って選べるように、常に市場価値を理解しておくことやスキルアップを欠かさないことも大切だね。入社がゴールだった終身雇用の時代はもうとっくに終わってるし、何より会社に縋って生きていくのなんて嫌じゃない?
私たちは一生かけて切磋琢磨しながら、自らをピカピカのダイヤモンドにしていかなきゃダメだと思うの!」

アラサー先輩のドヤ顔を前に、カンナちゃんはポカンとしている。
ヤバイ。スベった。

「あっ、あとね、もう一つ付け加えるなら。自分の市場価値を高めるための準備は本業での調子が良いときにこそやっておきたいよね。落ち目の時に余裕がない状態でゼロから新しいことを始めるのはつらいし、焦ると上手くいかないことが多いから」

「それはすごく分かります!私もノッてるときに、ガーーーッてやるタイプなので!」

先ほどの変な空気は、彼女の明るい声に払拭してもらえて助かった。
(”ダイアモンド” というワードがふと頭に浮かんだのは、前日観た某人気韓国ドラマの影響だったのかもしれない。)

カンナちゃんは続けて、

「あっ、あと!これは聞きたいと思っていたんです!
みなみ先輩はさっき、ストックオプションで得たお金はまだ使ってなくて口座上での数字でしかないと言ってましたが…
それでも心境の変化みたいなものはありました?」

心境の変化。

「それは…

確実にあったね(笑)」


【第4章】I'll tell you心に余裕


ずっと上場を夢見て、夢じゃなくて現実にするんだって信じて頑張ってきた。

それでも拭いきれない一抹の不安。だって当社の業績が申し分ない数字であったとしても、リーマンショックやコロナショックのような外部要因によって潮目が変わってしまうことは起こりうる。

何とか上場達成した後も、私がもらっていたストックオプションは行使可能となるタイミングが上場の約半年後だったから。
もちろん、自分の口座にいくら入るのかは計算すればすぐにわかることだったけど、これも実際に行使するまでは半信半疑だった。行使できる前にクビになる可能性だってゼロじゃない(実際、ストックオプション絡みの裁判事例ってたくさんあるみたいだし)。

「……今思い返しても、本当にありがたいことだったなって思う。ストックオプション行使して証券口座にお金が振り込まれた日にやっと実感が湧いてきて。一人ではとても持て余してしまうような金額と感情だったけど、こんなこと友達にも言えないし…。
震えながら、とりあえず両親に口座のスクショ送ってみた」

「え、そしたら親御さんは何と?」

「一言、『老後はよろしくね』って。
『任せといて』って言っておいた(笑)」

「みなみ先輩、男前~~~♪」

「あはは、ありがとう。
まあそれはそうと、心境の変化に関していえば、確実に心に余裕はできたかな。改めて、これってすごく大事だよね。
私は好きでこの仕事を続けているけれど、もしこの先、すっごく嫌な、もとい ”自分とは合わない” 上司が来て仕事がストレスになってしまったり、うちでは転勤ってほぼないけど、仮に転勤がある企業に勤めていたとして、行きたくない土地への急な転勤を命じられてしまったり。
そんなとき、お金を気にせず『じゃあ辞めます!』カードが切れるのは強いよね。そしてそういうカードを持ってる人には、会社側も雑な扱いはしてこないしフェアな交渉ができる。…と思ってる」

「それ、すっごく羨ましいです…。
でもなかなか、みなみ先輩のような境遇になれる人っていませんよね…」

「いやいや、そんなことはないよ。資産に限って言えば、確かに恵まれた境遇になったけど、本質はあくまでも ”心の余裕” だから。
いつでも転職できるように、スキルの棚卸をしておくことや自己投資して自分の市場価値を上げておくことも大切だし、副業にチャレンジして本業以外の収入を得られるようになることも、心の余裕に繋がるよね。お金に関して言えば、多分みんなが抱いているのは ”漠然とした不安” だと思うの。別に一度に大金を手に入れる必要はなくて、自分のこれからの人生設計を改めてしっかり考えてみることで、今後必要となるお金が明確になって不安が解消されることも多いはず。例えば、絶対に首都圏で暮らしたいのか、地方でも良いのか。余談だけど私、田舎から東京に出てきて月極駐車場の高さにホント驚いて。だって地元の1LDKマンションの値段より高かったんだもん。これは私の主観だけど、東京で暮らすこと自体が結構な ”贅沢品” だと思っている」

「確かに…。東京出身だとココに住んでることが当たり前になってますけど、平日は自宅でリモートワーク、休日も家でネットフリックスだともっと生活コスト安いところでもイイじゃん、ってなりますね」

「うんうん。コロナ禍でのリモートワークをきっかけに、地方移住された人の話も結構聞くもんね」

「朝の通勤ラッシュも、確実に心の余裕ゲージを消費しますよね」

「すごく分かる(笑)
…ちょっと脱線しちゃったけど、住む場所に加えて結婚はしたいか、子供は欲しいかによっても全然変わってくるよね。そこで自分が理想とする生活に必要なコストを具体的に再検討してみることで、お金に対する不安も多少は解消されると思うの」

「なんか、みなみ先輩ファイナンシャルプランナーみたい(笑)
ただ、まだ20代前半の私にとっては、なかなか10年先の未来すら想像するのは難しくて。いつか結婚したいな~とは思いますけど、今相手がいるわけでもないし…。それに結婚できても、何人子供ができるかなんて今は分からないじゃないですか。そしたら、大は小を兼ねるじゃないですけど、やっぱりお金はあるに越したことないとも思います」

「うん。確かにワークライフバランスは永遠のテーマだよね。自分が本当にやりたいこと、やりがいを得られる仕事で尚且つ高収入だったら一番良いけど、なかなかそんな仕事に巡り合うのは難しいのが事実。まあ、少なくとも新卒4年目くらいまでは他のこと考えずに本業にフルコミットすることで、社内で良い評価やチャンスをもらえたり、自分自身のスキルアップにも繋がったりするから、何事も経験!と思って前向きに頑張るのは良いと思うよ。その経験は必ず後で ”心の余裕” に繋がっていくから」

「ありがとうございます。
あ、そういえばさっき、副業のことおっしゃってましたよね。それほど大した話でもないですけど、私高校生の頃からインスタでオススメのコスメ商品とか紹介していて。実はフォロワーさん30万人くらいいるんですよ♪」

え、ナニソレ。めっちゃインフルエンサーじゃないですか。
余談だけど、私のTwitterは先日ようやく3万人突破したところである(※十分ありがたいです。温かいご支援に心から感謝しております)。

「ま、まじ?30万人ってかなりすごくない?それだけフォロワーさんいたら、企業案件とかも結構来るんじゃない?」

「まあ…そこそこって感じですかね(ニヤッ)」

「えーーー!なんか、これまでめっちゃドヤ顔で先輩風吹かせてたけど、カンナちゃんの方が実は資産家なの~!?!?」

「いやいやいや、みなみ先輩の3億円には及びませんって!」

キャッキャッと笑い合いながら。
確信した。
敢えて口にはしなかったけど。
彼女は既に ”持っている” 側だ。

「ところで、みなみ先輩。ストックオプションで得たお金をパーッと使うようなことはしてないと言ってましたけど、ほんとに私生活は何も変わらずですか?」

「えーーー、そうだなぁ。前と後でそんなに生活費が変わったって印象はないかな~。
あっ…でも。強いて言えば、ちょっとイイ時計とマンションを買いました。マンションは祖母からの相続税対策として、住宅購入の際の贈与税非課税制度を活用したかったっていう側面もあったんだけどね。昨今のインフレもあって、どちらも価値が上がっていて。祖父母孝行、親孝行、結構大事ね」

「なんか、みなみ先輩って…ホントに強運の持ち主ですよね」

「まぁ、うん。否定はしないかな(笑)
話を戻すと、変動費も固定費も本当にそれほど変わってないの。プライベートでタクシーに乗ることだってほぼないし。強いて言えば、可愛い後輩にランチくらい御馳走してあげられる余裕ができたのは良かったね。というわけで、そろそろ戻りましょうか!」

「えっ、いいんですか?お話たくさん聞かせてもらった上に、御馳走にまで…ありがとうございます♡」

「いえいえ、私もカンナちゃんとの話の中で、忘れかけていた初心を思い出すことができて良かったよ。こちらこそありがとう」


【最終章】IPOで分かったコト


帰りの電車の中で、今日のカンナちゃんとの話を思い出していた。

色々と講釈を垂れてしまったけど、結論、3億円によってもたらされたのは大部分が精神的な余裕であり、生活自体はほとんど変わらなかったということ。

1億円くらいパーッと使っちゃえ~!とはならなかった私は、結局小物だったということ。
(もし今後、私がYouTuberになることがあったとしても「1日で100万円使ってみた」的な企画は絶対にやらないだろう)

そして、あのとき安定した公務員の道を捨てて、思い切って転職して本当に良かったということ。

私は特段学歴エリートではないし、自分自身を賢いと思ったのは人生で3回くらいしかない。
(※1回目:転職決断。2回目:上場達成まで辞めずに頑張った。3回目:大金を手にしてもおかしくならないタイプの人間だと分かった)


でも、どんなに賢く優れた人だって。

バッターボックスに立っていなきゃ、ホームランは打てない。


人生100年時代なら、私はあと70年くらいある。
これから何をしていこうか。
何に生きがいを見つけるのか。


もしかしたら私自身、最近挑戦が足りてないのかもしれない。


Googleの検索窓に「IPO ベンチャー 転職」と入れてみる。
わ、こんなにたくさんの企業が求人を出しているんだ。
しかも私が転職した当時の弊社より、条件の良いベンチャーがゴロゴロある。「IPO経験者を優遇」の文言も目立つ。


社長、ごめんなさい。
ちょっとワクワクしちゃってます。


実はあなたのところには、もう甘めのボールが来てたりして!


【完】

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。


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