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『読むべき書物』が向こう側からやって来る

これからの正義の話をしよう

カントの時代には臓器移植市場は一般的ではなかったが、当時でも金持ちは貧しい者から移植用の歯を買っていた(一八世紀イギリスの風刺画家トマス・ローランドソンの風刺漫画『歯の移植』には、歯科医が煙突掃除人の歯を抜き、その脇で歯の移植を待つ裕福な婦人が列をなしている光景が描かれている) 

カントはこれを人間の尊厳を侵害するものと考えた。
人間には「肉体の一部を売る権利はない。たとえ一本の歯であっても」それは自分を物として、ただの手段として、利益をもたらす道具として扱うことなのだ。

カントは同じ理由から売春も好ましくないと考える。
「他者の性欲を満たすために自分の人格が営利目的で利用されるのを許すこと、即ちみずからを要求の対象とすることは...自分を他者の欲望を満たすための物とすることだ。
まるで飢えを満たすステーキのように…。」

人間には「他者の性的嗜好を満たすための物として、みずからを営利目的で供する権利はない」それは人格をただの物、利用されるべき物として扱うことだ。

「根本的な道徳原理においては、人は自分の所有者ではなく、自分の肉体を意のままにする事はできない」

カントの売春と行きずりのセックスへの反対は、彼が自律(理性的な存在の自由意志)と、同意のうえでの個人的な行為をはっきりと区別しているということ。

自分や他者の人間性を単なる手段として扱うのではなく、それ自体を究極目的として扱うこと

この道徳の要件は自律を前提としているが、たとえ成人である当事者同士が同意していたとしても、特定の行為、すなわち人間の尊厳や自尊心と相容れない行為におよぶことは認めていない。

カントは夫婦間のセックスだけが「人間性をおとめる」のを避けられると結論する

二人の人間が性的能力を利用するためだけでなく、自分のすべてを捧げ合うことによって初めて、セックスは相手を物扱いする以上の行為になる。
パートナーである二人が、一人格も肉体も魂も、良いところも悪いところもすべて」共有してはじめて、性行為は「人間同士の結びつき」になりうるのだ。

カントはすべての結婚がこの結びつきにいたるとは言っていない。また、このような結びつきが結婚以外で起きるはずはないとか、婚外交渉には性的充足感以上のものはないというカントの考えは誤りかもしれない。
しかしセックスに関する彼の意見は、現代の議論でしばしば混同される二つの考え方
合意さえあれば何をしてもよいという倫理的価値観と、人間の自律と尊厳を尊重する倫理的価値観の違いを浮き彫りにしている。

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