見出し画像

タイムスリップ🌠クリスマス(主に50代のための🎄短編小説)

 PJさんの募集企画に応募した歌詞と連動した小説です
 PJさんが作ってくださった動画 ↓(私が歌ってます)

(5627文字)

✨ ✨ ✨ ✨ ✨

この50代の私にミニスカサンタの衣装を着ろと…
今どきそれはないだろうというセクハラもへったくれもない業務命令。クリスマスの日の忘年会の余興担当のクジ引きに当たってしまったのだ。
でも昭和生まれバブル育ちの私は引き受けた(バブルは享受してないけど)。理由は衣装代として二万円渡されたからだ。バツイチ一人暮らしの私には嬉しい金額だ。衣装を安くおさえて残りは年末年始のお小遣いだ。とびきり美味しいケーキでも買おう。うまくいけば小さなお節が買えるかもしれない。
「できれば網タイツ履いてね」
定年間近の課長がいう。
ミニスカサンタに網タイツは必要?
ないでしょ。
無視すればいい。
私はなるべく安い衣装を探すことにした。

ネットで探せばいいと思っていたのに、会社帰りにふと『昭和堂』という古びたディスカウントストアが目につく。
「閉店セール!売り尽くし!」と朱色の筆文字で書かれた貼り紙の横に、顔のないマネキンがミニスカサンタの衣装を着てポーズをとっていた。
「特価税込1000円!」
近寄ってみてみるが、問題なさそうだ。わりと可愛いワンピースだし帽子もついている。これにしよう。
私は店に入り、マネキンの着ている衣装を、と店主に声を掛けた。

店主が雑にレジ袋に詰め込んだ衣装をアパートで取り出してみると、帽子と赤いミニスカワンピース以外に、黒い網タイツが入っていた。
着てみる。ちょっときついけどなんとか着れた。網タイツもぱちぱちだけどはけた。
そのとき、身体の横にぽとりと一煎用コーヒーバッグが落ちた。赤いパッケージからするとセットの一つらしい。
賞味期限平気でしょうね?
見ると今年の12月31日までだ。
「昭和堂特製・昭和珈琲 
ミニスカ衣装、網タイツ着用の前に飲むべし!」
と書かれている。
痩せるのだろうか?
まあいいや。コーヒーは好きなので飲んでみよう。
私は1000円で衣装が用意出来たことに気を良くして眠りについた。

忘年会当日。私は自宅で準備した。
ミニスカサンタの衣装の上には長めの黒いコートを羽織る。
思い出して出かける前にコーヒーを淹れて飲んでみる。意外にもとても香りのよい酸味の効いた美味しいコーヒーだった。
少し気分が良くなる。
「よし!出かけるか!」
衣装に合わせてコロナ禍以来の久しぶりの赤い口紅をひいた。
玄関のドアを開けると外はもう真っ暗で冷たい風が強く吹いていた。
私は用心深くコートの裾を抑えながら外階段を降り始めた。用心深く…なのに…台風10個分くらいの突風に吹き飛ばされた。
足が階段を離れると走馬灯のようにゆっくりと、吹き飛ばされて脱げてしまった黒いコートが黒い夜空に舞い、吸い込まれて行くのが見える。やがて自分もその真っ暗な夜空に放り込まれる。
ああ、でも。星が煌めいている。小さな金色の粒粒が目ににじむ。きれいだなあ…そう思いながら意識が消えた。

✨ ✨ ✨ ✨ ✨

身体じゅうの冷たさに意識が戻る。
「サンタのお嬢さん。大丈夫ですか?」
石畳の道に倒れていた私に手が差し出される。
私はぼんやりしたまま、その手を取って引き起こしてもらう。
「うーん…」
私は意識をはっきり取り戻そうとする。
どうしたんだっけ…
「あー、タイツ破けちゃいましたね」
起こしてくれた、目の前の若い男性が私の膝こぞうの破れたタイツに目をやっていう。私は恥ずかしくなる。そうだ、ミニスカサンタなのだった、網タイツの。コートは飛ばされて行ったんだ、夜空に。
男性はかがんで自分のポケットから赤いチーフを抜き取ると「とりあえず」と言いながら膝に巻いてくれた。
「ありがとう、ございます」
こんなおばさんサンタに…と言いかけてハッとする。
あれ?足が細い?
私は真横の店のガラスに映った自分を探す。
あれだろうか、あの、若い…20代くらいの…まさか…
横を向いたまま固まった私を彼は何か誤解した。
「ああ、ちょっとお茶でも飲みますか?冷えてますよね?付き合いますよ」
ナンパ…という言葉が頭をよぎるがそういう感じに思えない。
というかまだ頭が回らない。
なぜ私はこんな街中に倒れていたのだろう。
タイツが破けた以外、痛いところもない。冷えているだけだ。何しろミニスカサンタの衣装しか着ていない。
そもそも財布があるだろうか?バッグもどこかへ飛んで行ってしまったのだったかな?
私はきょろきょろを自分を見る。良かった。小さなバッグはしっかり手にしている。何故手にしているのにきょろきょろしたのかとまた恥ずかしくなる。これだからおばさんは。
「行きましょう」
男性が優しく言いながら、自分のコートをぬいで私に掛けてくれる。とても良い声だ。こんな声、大好きだ。掛けられたコートが暖かくてきゅんとする。
そんなことを思ってびっくりする。
子供を産んでいれば息子ほど若い男性にそんなことを思うなんて。
しかも今どういう状況かも分からないのに。
とりあえず何か飲んで温まって考えよう、そうしよう。
決心がついたので彼の後についてその店へ入った。

通りに面したガラス張りの広い店内もクリスマス仕様だ。
大きなきらびやかなツリーが飾られ、テーブルには一つずつキャンドルが灯されている。運よく空いた窓際の席に案内される。
椅子に座ってほっとする。
ミニスカサンタ姿もバブルに浮かれた時代のクリスマスの夜にはそれほど浮いていない気がする。それでも帽子は恥ずかしくなって外して膝に乗せた。
「何にしますか?」
男性がメニューを開いてくれる。
「冷えてますからココアでも?」
私はうなずく。
「お腹はすいていませんか?」
たずねられて、お腹がグーッと鳴って慌てて手で押さえる。すいていた。聞こえてしまっただろうか。
男性はココアを二つとローストチキンのサンドイッチとフライドポテトを注文した。
注文したものが届くまで少し手持無沙汰で気まずくなり、私はもじもじする。もじもじ!50過ぎのおばさんのくせに!
私は急いで窓ガラスを確認する。若い頃の私がこちらを見ている。これは20代の私の顔だ。でも地味で野暮ったかったあの頃の私より、少しだけきれいだ。あの頃より長い髪と、あの頃は使いこなせなかった赤いルージュがクリスマスの街に似合っている。
窓ガラスを見る私をまたも彼は勘違いする。
「ああ、外がきれいですね。どこもクリスマスの飾りできれいだ」
私があわてて彼のほうをみると、優しい微笑みに吸い込まれそうになる。こんな風に優しく微笑まれたこと、あったかな…
「で、どうして倒れていたんですか?」
私は困って正直に答える。
「会社の忘年会に行こうとして強風にあおられてしまって。コートは飛ばされちゃうし、私も飛ばされちゃって…夜空に…」
「そうですか。大変でしたね」
彼は心底気の毒そうに言う。
「で、忘年会は?」
私はハッとする。そうだ。二万円もらってあるのに、衣装も着たのに、行かなかったら課長に何て言われるか…お金も返さなくてはいけないかもしれない。そしたらマイナス千円だ。
でも今の私が何故ここにいるのか、ここがどこなのかも分からないのにもう忘年会に行くのは無理だろう。
そうだ、ここは、階段を落ちて頭を打って、死ぬ前にみる夢の世界かもしれない。うん、それが一番納得できる。そうに違いない。
「もういいんです、きっと間に合わないから」
私は運ばれてきたココアに口をつける。
生クリームがいっぱい乗ったココア。一口分喉を通るだけで身体じゅうが癒される。
カップから口を離してはあっと息をつくと彼が笑った。
「サンタさんだ。ヒゲが」
私は赤くなって手渡された紙ナプキンで口元を押さえる。赤い口紅が付く。紙ナプキンに赤い口紅。こんなものを見るのは何年ぶりだろう?何十年ぶり?
だんだん落ち着いてきた私は、何か話さなくては、と思った。
「ええと、この衣装は会社命令なんですよ。くじ引きで当たって余興やれ、ミニスカサンタの衣装着ろって。ひどくないですか?ご…」
五十代なのに、と言いかけて飲み込んだ。
たぶん今の私は二十代。二十代のふりをしていていいのだ。
二十代二十代…心で繰り返しているとわくわくしてきた。
死ぬ前の夢だったら楽しんでもいいだろう。
何か他の世界だったとしても、二十代なんて、楽しむしかない。しかもクリスマスだ。衣装はちょっと恥ずかしいけれど。
何度か思ったことがある。
五十年生きてきた世慣れたこの心のままで、十代や二十代に戻れたら…。きっと昔みたいに焦って顔を赤くしてばかみたいな振る舞いをせずに、落ち着いて余裕のある女の子になれる、と。今がその時だ。
「へえ、ひどい会社だなあ。
でも似合ってるからいいじゃないですか、その衣装」
余裕のある女の子に、と思ったばかりなのに私はやっぱり顔を赤くして小さな声でつぶやく。
「そ、そうですか?じゃあよかった…すごく恥ずかしくて…」
ごまかすようにココアのカップを両手で抱え、口に運ぶ。
また口元にサンタのヒゲがつく。彼も真似して自分にもクリームのヒゲをわざとつけたので私は吹き出してしまう。彼も笑う。楽しい…。いいなあ、二十代…知らない男の子とココア飲んで笑い合うクリスマス…。
ユーミンが流れている。恋人はサンタクロース…ほんとうは…
「実は僕も夕方急ぎの仕事が入ったせいで予定に遅刻して間に合わなくなってしまったんです。
友人たちとのクリスマスパーティ・クルーズの乗船に」
私は遠い昔を思い出す。そうだ、クリスマスにあったなあ、ディナークルーズとかね…。
「それは残念でしたね」
彼は首をあいまいに振った。
「いや…でもあの、良かったら、予定をすっぽかした者同士で少しおしゃべりでもしましょうよ」
私はまた顔が赤くなった。だめじゃん、中身50代の私…。

その後、一緒にイルミネーションの街を歩いた。ウィンドウショッピング中に、彼はバーゲン価格になっていた可愛い白いコートを買ってくれた。いくらバーゲンでもコートなんてと激しく遠慮する私に彼は「良いんだ。ボーナス多かったから」とウインクしながら手直にあったうさぎの毛の帽子を私の頭に乗せた。それも買ってくれる。ウインクを上手にする男性…それがキザに見えない男性を初めて見た。というか男性が私にウインクしたのが初めてだ。50代の二十代のくせに初めてのことが多くてびっくりだ。もう死ぬところかもしれないのに。
そう思って胸がきゅっとする。
死なないとしても、ここはずっといられない世界なのだと感じる。多分ここは私が二十代の頃の世界。過去だろう。昭和感が私をくつろがせている。そして切なくさせている。
そんな私の頭…さっき買ってもらった白い帽子をかぶった頭をぽんぽんしながら彼は優しい声でいった。
「白がとても似合いますよ、うさぎみたいだな」

私のことをふざけて「うさぎちゃん」と呼ぶ彼と、歩いたりおしゃれなカフェバーに入っておしゃべりして楽しい時間を過ごした。
微妙に探ってみると、この昭和バブル感あふれる今は、平成3年のようだった。死ぬ前のまぼろしではなくて、過去にタイムスリップしたのなら、どこかに昔の私がいるだろうか?初めて付き合った男性とすぐ結婚してしまった私が。モラハラなんて言葉のない時代だったが、元夫はモラハラだった。姑もモラハラだった。私はうさぎのようにあっという間に逃げ出したのだ。それ以来一人で生きてきた。

『昭和堂』という雰囲気の良い喫茶店に入った。
私は衣装を買った店を思い出すが似ても似つかないおしゃれな店だ。
しかしそこのコーヒーも美味しかった。衣装を着る前に飲んだあのコーヒーとまさか同じ…
「へえ、意外。ブラックで飲むんだね」
「まあね」
澄まして答え、もう一口コーヒーを飲んだ後、
私はさも冗談のように彼に打ち明ける。
「私ね、本当はね、30年先の未来から来たの。
だからこっそり教えてあげる。誰にも秘密よ?
あのね、いつかね、日経平均が八千円を切ったら…切る時が来るから…それまでお金を貯めておいて、そこで株をいっぱい買っておくといいわよ。そして三万円を超えるまでじっと持ってるのよ、分かった?
コートと帽子を買ってもらったお礼」
そうすれば良かったと、いつも私の悔やんでいることだった。
彼はとてもおもしろそうな顔で聞いていて
「わかった。絶対にそうする、約束する。誰にも言わない」
と請け合い、こう言った。
「それで儲かったらまたうさぎちゃんにコートを買ってあげるよ。
バーゲンじゃない、もっと素敵なのを」

「今頃だけど、名前…名前を聞いていい、かな?」
昭和堂を出てまた歩き出し、眠らない街に朝の気配を感じた頃、足を止めて彼が控えめに口にする。
「それと電話番号を…」
そして彼はいう。
「僕の名前は、あ…」
そこでまたあの台風10個分の突風が吹いた。

✨ ✨ ✨ ✨ ✨

私はアパートの階段の下で、白いコートを着て倒れていた。
コートの中はミニスカサンタだ。網タイツも履いている。膝には赤いチーフが巻いてある。
なんてこった。
と心の中でつぶやく。
さっきまで何故か消えていた手首のスマートウオッチを見る。
全然時間が経っていなかった。まだ忘年会に間に合う。
私は立ち上がってコートをはたく。
そして白いコートを着た五十代の自分をぎゅっとハグしたあと、歌いながら歩きだした。忘年会の会場に向かって。

♫ ♫ ♫ ♫ ♫

時のねじれた星空の海で

わたし多分、落ちておぼれた

クリスマスに賑わう夜の街

きっと星の波止場なのね

ミニスカサンタで昭和な私?

なんの魔法?

手を取ったあなたの笑顔

今、出会えたことの記憶消して

すぐ別れがくるの

つらすぎるから

あなたを振り切り

朝が来れば

サヨナラ、魔法。

♫ ♫ ♫ ♫ ♫


忘年会の会場の店の入ったビルの入り口で

一人の身なりの良い中年男性とすれ違う。

その男性は私を見てはっと足を止める。

私もはっとして足を止める。

見つめ合う五十代の二人…

何十秒、何分経っただろうか、

ついに男性がつぶやく。

「うさぎちゃん…」


エンディング曲をどうぞ! PJさん作曲『障壁と境界線』


エンディングの後には、20代の出会いから50代まで、再び彼女に会える日を待っていた彼の歌をどうぞお聴きください❤
見据茶さんが完成させてくださいました。ありがとうございます✨

(了)

企画参加歌詞はこちら👇

こちらにも参加!(๑•̀ㅁ•́๑)✧

エンディングの後の歌の見据茶さんの記事はこちらです






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?