常に感謝するって難しいよね。
人に感謝しなさい。
環境に感謝しなさい。
苦難にさえ感謝を。
ってよく聞くけど、常に感謝し続けるのって難しい。
側にいてくれる人や恵まれた環境は徐々に当たり前になっていってしまうし、苦難の最中ではありがたさよりも辛さ悲しさ恨みが勝ってしまうことが多々ある。
私も、毎日泣いて、辛くて、人間不信を極めていた頃(笑)には、とてもじゃないけど感謝なんてできなかった。なんで人生は自分にこんな仕打ちをするんだ、と思ったし、世界が怖かったし、もういいことなんてひとつもない、誰も信じられない、早く人生終われって思ってた。
でもその中にあってもときどき、本当に稀に、感謝で涙が出ることがあった。
辛くて仕方なくて泣いていた時に、世の中への恨みつらみを側で聴き続けてくれた友達。
ストレスでガリガリに痩せて帰った私を、美味しいご飯とあたたかいお布団で迎えてくれた母。
自分の価値を信じられず自分を責め続けていた私に、いい加減にしろと叱ってくれた姉や親友たち。
眠れない夜に、飲みに連れ出してくれた先輩。
プライベートでズタボロだった私を知ってか知らずか、仕事で大きなチャンスをくれた上司。
笑わない私にくだらないジョークを言い続けた後輩。
前を向きたくてもがいていた私を、外に連れ出してくれた人たちも。
常に感謝し続けることはとても難しくてできなかったけれど、でも辛い中にいたからこそ、小さな人の優しさに涙が溢れて止まらないことがあった。
普段はその人たちにイライラしちゃったり、お互いに受け入れがたいところがあったとしても、どん底にいた時に側を離れずにいてくれたという事実。
翌日にはまた辛さ悲しさの波が押し寄せて目の前が真っ暗になったとしても、その気まぐれなありがとうの積み重ねが、いつしか真っ暗だった世界を明るく変えていたのだと思う。
苦難を乗り越えた後だから言えることかもしれないけど、今思い返しても、やっぱり感謝しかない。
どれほど自分が恵まれていたのか、と思う。
私だったら、過去の私はめんどくさすぎて近寄りたくないもん。笑
今、こうやって明るい世界に出てくると、彼らと笑ったり泣いたり、くだらない話に突っ込みあったり、仕事の厄介ごとを引き受けたり、それでちょっと文句を言ったり…苦難の渦中には出来なかった、そういった全てのことが当たり前になっていく。その中で、時には小さなことに腹が立ってしまうこともあるけれど、その度に思い出す。
あの当時、側にいてくれた彼らのことを。
今は当たり前になってしまった彼らの小さな優しさが、私をここまで引き上げてくれたんだってことを。
今こうしていられることのありがたさに、改めて涙が溢れそうになる。
そして今ならやっと、それを気づかせてくれた苦難にもありがとうと言える。腹が立つことがあったとしても、できるだけ優しく愛を持って彼らに向き合おうと思うきっかけをくれた。
私は出来た人間ではないので、常に、24時間365日全てのことに感謝し続けるなんて、やっぱりまだまだ難しいけれど、時に立ち止まって当たり前を見直して、日常の小さなありがとうを見落とさずに積み重ねていくことはできる。
そんな気まぐれなありがとうの積み重ねが、これからの未来を、きっともっと明るく温かくしてくれると信じて。
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