バイアスを乗り越え、共感の力でより良い社会をデザインをできるか?
大学のあるシンポジウムに参加しました。僕の所属する同志社大学は、キリスト教主義を理念とし、よく聖書の話を題材に講義が行われることがあります。
このシンポジウムでは、コンパッション (共感)をテーマに社会福祉、経済、心理学などあらゆる専門から議論が行われ、デザインの観点でも考えさせられた話が盛りだくさんでした。(こちらから動画が見れます)
共感をテーマに、今回引き合いに出された聖書の有名な箇所が「善きサマリア人の譬え」です。
「善きサマリア人の譬え」とは?
「善きサマリア人の譬え」は聖書に出てくるエピソードの一つで、キリスト教信仰のない人にも有名な話です。
ある人が強盗に襲われ瀕死の状態で道端に捨て置かれた。祭司が通りかかったがそのまま行ってしまった。次にレビ人がやってきたが同じように立ち去った。次にやってきたサマリア人は、旅人に応急処置をして自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行き、介抱した。次の日、宿屋の主人に銀貨を渡し、世話を頼んだ。
イエスは律法家に、この3人の中で誰が旅人の隣人かと尋ねると、律法家は、親切なサマリア人だと答えた。イエスは「行ってあなたも同じようにしなさい。そうすれば永遠の命をいただくことができる」と言った。(「ルカ福音書 10章25~37節」より)
これが「善きサマリア人の譬え」の簡単な要約で、「隣人愛」の本質を伝えるためのエピソードだと知られています。しかし、よく見落とされてしまうのは、当時のユダヤ人とサマリア人の関係です。
見落とされがちなサマリア人の時代背景
当時のユダヤ人は純血を至上とし、ユダヤ人以外の民族を穢れていると考えていたため、サマリア人を忌み嫌い蔑視していました。
しかし、このエピソードでは、ある人(ユダヤ人)は強盗に襲われ、同胞となる祭司(ユダヤ人)、レビ人に見放されたが、忌み嫌う存在であるサマリア人に助けられました。
違うグループであり、お互いに嫌っていたのにも関わらず、瀕死の状態のユダヤ人にサマリア人は共感し、助けたのです。
(「Parable of the Good Samaritan」WYNANTS)
ただ他人を自分のように愛せよと言うのではなく、例え違うグループの人に対しても、バイアスを乗り越えその人に共感せよ、というイエスのメッセージがここから伝わってきます。
これについて、様々な分野の教授が「共感」について、議論を繰り広げるのが大変面白かったのです。議論でも挙げられた「共感」を使って人を動かした実例を以下では紹介します。
共感能力で人を動かした実例
光には影が存在するように、共感能力にはダークサイドの側面があります。共感はバイアスの影響を受けやすく、不合理な⾏為をもたらすします。デザインする側は、これを理解し正しく使う必要があります。
1. ユニセフのキャッチコピーと心を掴む写真
ユニセフの「5.6秒に1人が亡くなっている」というキャッチコピーと、やせ細った子供の写真は、人の共感を喚起し、募金というアクションに繋げています。
人間の共感ホルモン(オキシトシン)は分解されやすいという研究でわかっていますが、ユニセフのWebサイトはトップページに「募金ボタン」をおき、わずか3クリック以内で募金ができるようになっています。
2. 「メキシコに壁を作ろう」(トランプ大統領)
トランプ大統領は、大統領演説にて「メキシコに壁を作ろう」と呼びかけ、人々の共感を掴みました。また、「CNNはフェイクニュースだ!あの情報は嘘だからこっちを信じろ」と呼びかけていますが、これは逆に思い込みを形成させているケースとも言えます。
3. 「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットの理由
映画「ボヘミアン・ラプソディ」は興行収入130億円を突破するヒットになりましたが、その理由の一つがマイノリティーへの共感を誘った物語構成だったからと言われています。
主人公のフレディーマーキュリーは、インド系移民であることからイギリスで悲哀し、さらにゲイであることを隠し持ちながら、自分と戦い歌手として歌い続けます。当時の1970年代から90年代にかけては、世界はセクシャリティーに関する知識がなく、英国では「同性愛は罪」として断絶されていました。
マーキュリーは、映画の中盤以降、家族・仲間から見放され、エイズが発覚し、1人孤独に打ちひしがれます。しかし、最後には家族・友人と和解し、「We are the Champion」を歌い、マイノリティーの勝利をライブエイドで宣言して(共感を掴み)映画は終わります。
この物語構造こそが、LGBTなどマイノリティーへの理解がよく取り上げられる現代で、たくさんの共感を掴んだ要因になったといえるでしょう。
経済学的な視点で見ると、人の共感をインセンティブと捉え、新たな市場を生み出したケースとも言えます。
認知的バイアスを乗り越え、共感の力を正しく使おう
グローバル社会が進む中で「共生」のテーマはよく上げられ、相手に共感し、助けあうコミュニティーや社会を実現することは大きなテーマです。
人間は人間同士を排斥し合しあい、社会、グループを作る生き物です。しかし、サマリア人の譬えでは、違うグループでかつ忌み嫌うべき存在だったにも関わらず、相手の境遇に共感し助けました。
たとえ話ではあるものの、人間の素晴らしい共感能力が備わっていることに、希望を感じます。
利己的動機と市場の力のみによる現代の競争社会は,富を生み出すことはできても,人生を価値あるものとするような相互信頼は生み出せない。「共感」こそが混迷の現代社会を救う。これは,人間の優しさの生物学的ルーツについての大切でタイムリーなメッセージだ。(「共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること」より)
人間は誰しもバイアスを持ちます。「自分はこういう人間だから」「あの著名人がこう言っているから」と捉えることは、無意識のうちにバイアスを形成します。
これに対して働きかける側は、共感の力をダークフォースではなく、適切に行使する信念が問われます。その力を使う者として大事になるのは、相手を理解し、助け合おうとする良心や道徳心なのかもしれません。
最後に
今回参加したシンポジウムはYoutubeに挙がっています。興味のある方はぜひご覧ください。
参考文献
・共感経済学 - 共感バイアスを利用した行動変容手法の提案
・われわれはどのように共感すべきなのか:道徳⼼理学への現象学的アプローチ
・グローバル化社会における共生と共感
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