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コーチ兼デザイナーの僕と、ゲシュタルト療法との出会い

コーチングを学び始め、学べば学ぶほどに、その道に呼ばれるような感覚になり、気づけば会社を辞め、デザイナー兼コーチとしてフリーランス独立していた。

それがちょうど1年前のできごと。

THE COACH Academyの全過程を修了し、そのスクールでの資格取得にチャレンジしていた頃、コラボイベントとして「体感覚を養うゲシュタルト療法のアプローチ」という1DAYのWSがあった。それが、僕のゲシュタルト療法との出会いだった。



未知との遭遇

そのイベントを知った時、

「ゲシュタルト療法?なんか聞いたことある。ゲシュタルト崩壊のことかな?」「コーチとして学び始めたばかりだから、カウンセリング領域はまだ早くないか?」

など思いつつ、そして未知の領域の怖さもありつつ、持ち前の飛び込み精神
で参加したのだった。

当日、ゲシュタルト療法の全体像の学びと、気づきや対感覚を養うワークをした上で、限定2人でワークのセッションを受けられるとのことで、見事じゃんけんで勝ち取り、講師でありファシリテーターひろさん(野妻裕美)さんのセッションを受けた。



実はデザイナーに馴染み深いゲシュタルトの原則

デザイナーにとって、ゲシュタルトという言葉は実は馴染み深いものなのである。

人は、部分ではなく、形態を全体像からまとめて見る傾向がある。これがゲシュタルトの原則(Gestalt principles)であり、デザイナーなら誰しも知っているであろう、デザインの4原則の近接、整列、反復、コントラストは、ゲシュタルト心理学から来ている。

デザインというのは、結局のところ人に届けるものだから、心理学の知見に知らずうちに触れているのである。ちなみに今年「デザイナーのための心理学」という本の翻訳に携わり、そこでもゲシュタルトの原則は出てくる(ちょっと宣伝)



領域展開

その時扱ったテーマはは、自分と友人2人との関係性だった。

さっきまで柔らかく、理論やワークの解説をしていた講師のひろさんだったが、テーマを出した瞬間に、まるで猫が獲物を狙うようなそんな形相になった。(あくまで僕の視点)

「あ、この人やばい。逃げられない…」そう思った。まるで、アニメ呪術廻戦の「領域展開」、ワンピースの「覇気」である。

しかし、出したテーマについてしっかり丁寧に聞いてくれた。しばらく対話した後、エンプティーチェアをやりましょうという流れになった。



空椅子の技法

ゲシュタルト療法のアプローチ一つとして有名なのが、エンプティーチェアである。

これは空椅子の技法とも呼ばれ、関係性を持つ相手を、空の椅子にイメージの上で置き、ファシリテーターの誘いにより相手側の椅子に座る。そして、その位置からどう見えているかを体感覚を伴って、感じていく。

NLPやコーチング、カウンセリングでも使われるテクニックとして知られている。これは、別にスピリチュアルなものではない。人は、自分の中にあってはならない感情を無意識下で相手に映し出す。フロイトはこれを投影(Projection)と呼んだ。

ゲシュタルトにおいては、他者を理解するために移動するのではない。椅子を行き来することで感じているのは、自分が投影している相手の中にいる自分、つまり切り離された自己である。それを理解することで、自分自身の気づきを深めるのだ。

(ちなみに、エンプティーチェアに関わらず、人は空間を移動することで脳が活性する場所が変わり、物理的な空間を「精神的地図」として脳が認識していることを示唆する研究もある)


とは言っても、ゲシュタルトの面白さは実際に体感してみることである。椅子を置くだけで、相手のイメージがありありと感じられた。初めての体験だった。

それを見ているだけで、まるで自分が縮こまるようで、その場から逃げたくなるようなそんな感覚。そして相手の椅子に座ってみると、相手の感情が体に入ってくる。それは自分自身が分離していた感情だった。



その1秒に永遠を見た

椅子のスイッチを何度か繰り返し、架空の相手と、ひろさんと対話する途中で、涙が何度か流れた。

「あなたにとって、これに向き合うことにはどういう意味があるの?」ひろさんに、そう問われた記憶がある。

僕はこんな些細なことに向き合えないのなら、コーチとして人に向き合うことなどできないと思っていた。実際、僕には深刻な課題だったのだけれど。

だから「これを乗り越えないと、行きたい場所にいけない」そう答えた。ひろさんは頷いてくれた。

相手の立場を理解した上で、「相手に何を伝えたいの?」そう問われ、「そこにいる彼に伝えてみて」そう言われた。

僕は空椅子に向かって言葉を発した直後、その一秒間に「永遠」を見た。友人との思い出の走馬灯が流れた。あまりの出来事に、思わず「うぉ…」と呟いた気がする。

大学で一緒に過ごした彼との思い出。一緒に大学に向かい、時に一緒に帰った。彼と彼らとは、同じ時を過ごしたが、僕は僕なりの人生の歩み方をした。2年も休学したし、同期は誰もいなかったので卒業式も出なかった。

けれど、彼らがいなければ、卒業だって難しかっただろう。友達無くして、大学の授業ほど難しいものはないのだから。


その温かい記憶が一瞬のうちに流れた。これが僕のゲシュタルトとの出会い。

それは誰にも見ることができない、自分だけの記憶。僕にしかわからない一瞬の出来事。だけども、それに出会えたことは、その場があったから。そして、WSに参加し、周りで見届けてくれた人達がいたからだった。






来週はアドベントカレンダーということで、「コーチング x ゲシュタルト療法の可能性」について解説します。

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