見出し画像

泣き虫くん

私の夫はとても繊細な人で割とすぐに泣く。
最初はそうと知らなかったから、かなり衝撃だった。
ひとまわりも年上の大の大人の男が、おいおい涙を流して泣いているのを目の当たりにしてめちゃくちゃ狼狽えた。

例えば、昔話をしていておばあちゃんを思い出して泣く。

とても厳しい状況、環境で生活している自分の生徒を思って泣く。

好きな映画を見返しては泣く。(特に泣くようなストーリーではない。)

心の故郷であるポルトガルに行く際には、陸が見えてきて着陸する時には必ず泣く。

日本を旅行中、奈良の大仏のサイズと表情の穏やかさに圧倒されて泣く。

マドリードで旅行中、王宮の広大さに圧倒されて「スペイン王国の威厳を感じるね!」と横を見たらもう泣いてる。

最初はびっくりしたものの最近では慣れてきて、あ、何か琴線に触れたんだな〜としか思わなくなってきた。
申し訳ないけどちょっと笑ってしまうことも多々ある。

でもここ数年で、そんな男の人が割にいるんだと知った。
なんとなく成人男性は泣かないみたいな思い込みがあったけれど、感性の豊かさに性差はないのに、きっと成長過程で男たるもの泣くべからずみたいな周りの圧力を感じて抑え込んでいる人が多いだけなのかもしれないと思うようになった。

話は飛ぶが、夫はその昔にノルウェーに住んでいた。
ノルウェーはジェンダーフリーの意識が強い国で、女性の権利主張がとても強い国である。
女の人がとにかく強く、逞しくありたいという人が多いらしい。
夫がノルウェーで暮らし始めた頃(20年くらい前)、メトロで荷物棚に鞄を載せづらそうにしているお婆さんに遭遇した。
フランスのいつもの感覚で手伝おうとすると、お婆さんは激怒して「男の手なんか借りなくても一人でできるわよ!」と追い払われたらしい。

夫のノルウェー人の女友達が昔話をする時は、「私が若くて美しかった時」と言う代わりに「私が若くて強かった時」と言う。(Virileという単語だったので男らしいが近い)

こんな感じで本当に女の人が男性を頼るのをよしとしないのを感じる。
男の人はあくまで自分を楽しませる存在として扱っているとさえ感じることがある。
私はノルウェーには旅行でしか行ったことがないので、又聞きと接触のあるノルウェー人から推測した感覚でしかないけれど。

ディズニーアニメの「アナと雪の女王」を初めて観た時に、すぐにノルウェーの話だなと気づいた。
王子様が飾り程度にしか現れず、自分の力だけで困難と闘う。

また夫曰く、ノルウェーの女性は化粧っ気がなくてよくスポーツをするためにガタイが良くて体型も男みたいだと言う。
スポーツをよくするのは意識的に汗をかいて体内の毒素を排出する必要があるためでもある。寒い土地だからそうしないと汗をかくことは皆無。(サウナ文化も汗をかく目的のため)
それでもたまに着飾る必要のある時はメイクをしてアクセサリーを付けてドレスアップする。
残念ながら夫に言わせれば男の人が無理矢理女装しているようにしか見えないらしいけれど。
ちなみにノルウェー人男性はノルウェー人女性よりも美容にかける費用が高いらしい。

そんな男女逆転しているようにも感じるノルウェーでは、ある時に男性が「弱さの権利」を主張したとか。
女性が強くある権利を主張するなら、男性が弱くある権利も認められて然るべきだ、それが本当の男女平等だという主張。
たしかに心や身体の強さに性差は無く、あるなら個人差だ。
男だからといって泣くのを我慢したり感情を抑え込む必要はないと思う。
我慢して抑え込んでも後で爆発したり病んだり、良い事はないから。

一人一人が無理することなく、素直に感じた事を感じたままに表現できる社会であって欲しいと泣き虫な夫を見てそんなことを考えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?