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「世界観が変わる」かすうどんとかすたこ(大阪・恵美須町)

 新しくはじめたバンドの曲を録音するために大阪へ行ってきた。レコーディングスタジオは恵美須町という駅にあり、滞在した4日間のうち2日間をそこで過ごした。
 大阪在住のバンドメンバーによれば「東の秋葉原、西の恵美須町」という感じで、家電・PC、アニメ、ゲーム関連の店が集まるいわゆる「オタク街」だという恵美須町。ディープな街で、大阪の人でも用事がない限りは来ないんじゃないかと言っていた。
 少しくらい散策してみたかったが、録音の楽しさと外の寒さでスタジオからはほぼ出られなかった。

 録音の進捗がよく、「せっかく大阪来てるし」と皆さんから私への配慮もあり、昼食くらいはどこかお店で食べようということになった。ぶらぶらと恵美須町駅まで歩くと、古い町並みのなかに大きな家電量販店や比較的新しそうな病院や学校なんかが交ざっている。ビルのすきまから、通天閣が見えた。

 通天閣の方に向かっていくと、恵美須町駅近くにある警察署前の横断歩道の向こうに「かすうどん」の文字が見える。店の近くに来たところで、はつらつとした女性が店内から出てきて「かすうどん食べたことあります?世界観変わりますよ!」と声をかけてくれた。
 彼女が関西訛りでなかったのは、我々からよそ者感を嗅ぎ取って合わせてくれたのか、それとも彼女自身も関西の生まれではないのか。とにかく「世界観が変わる」と言われては食べてみないわけにはいかない。「ここでいい?」とメンバーに聞かれ、かすうどんを食べたことのなかった私は大喜びで了承した。

 店に入ると、キッチンに店員の方が5人も並んでいる。こちらも5名で入り全員がカウンターに座ったため、図らずも合コンみたいな形になってしまった。

 メニューは定食も含めいろいろあったが、少食の私はとりあえずスタンダードな「かすうどん」でいくぞと心に決めていた。しかしメニューの中にある「かすたこ」というのがどうしても気になる。「かすたこってなんですか?」と聞いてみたところ、「かすうどんのうどん抜きに揚げたこやきが入ってます」とのこと。説明だけで美味しい……。でも2品も頼んだら確実に残してしまうなと悩んでいたところに、メンバーのたいちゃんから「かすたこ俺も食べたいから分け合おう」と神のひと声を授かった。

 大きくない店に5人も店員がいるのを不思議に思っていたが、どうやら何人か研修中らしく、ねぎを入れるタイミングなどを熱心に指導されている。料理人の方は実に手際よく、あっという間にかすうどんが運ばれてきた。

これが世界観を変えるかすうどんだ!
「かす」は牛の腸を脂分が抜けるまで低温で揚げたもの

 目の前に置かれると、いろんな旨味が混ざりあっていそうな感じのいい香りがする。スープを一口いただくと、昆布の出汁とかすの油が溶けあって美味い!想像していたより油っこくなく、塩気も強すぎないのでグビグビ飲んでしまった。
 麺は箸で切れる柔らかめで食べやすい。かすと青ねぎだけでなく、きざみ昆布ととろろ昆布がさり気なくのっているのがうれしい。冷えた身体があたたまってゆく。

 続いてたいちゃんに運ばれてきた「かすたこ」。かすをたこやきが囲み、その外をねぎが囲む……なんと幸福な円陣!

取り分け前の「かすたこ」

 スープを飲んでみると、揚げたこやきの油が染み出てかすうどんよりこってりした味わい。コクの奥に酸味を感じて具材を確かめると、かすの下にガリが入っている。こってりとさっぱりの二刀流だ。
 「まん防」の影響でアルコール類を提供していないとのことで諦めたが、これはレモンサワーと一緒に食べたかった(いや、そもそもレコーディング中だからお酒は飲めないんだった……)。

 店を出るとき、お店の方に「おおきに」と言われたのがうれしかった。ベタだが、やはりその土地の言葉というのは景色をよくしてくれるものだ。

 スタジオへの帰り道、たいちゃんに「ここのかすうどんはどうだった?」と聞いたら「世界観は変わらんけど美味かったな」と言った。そういえば世界観が変わるって言われたからあの店に入ったんだった。
 私についていえば、自分の知る味に「かすうどん」と「かすたこ」が新たに加わったという意味で、確実に世界観が変わっているはずだ。食の新世界をひらいてくれた店を覚えておこうと後から調べてみると「新世界 恵美須屋」という店名だった。単なる地名の組み合わせではあるが、たぶん一生忘れない気がした。

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