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コミュニケーションに最も大事なことを現地法人の新人スタッフに教わった

日本語ができないのに、なぜか駐在社員や本社役職者にかわいがられている現地スタッフの人がいました。
コミュニケーションスキルが秀逸でした。


ヨーロッパの日系企業でマネジャーをしていたことがあります。
従業員は全部で20人に満たないような、小さなオフィスでした。ただ、親会社にとっては唯一の欧州現地法人のため、力が入っていました。駐在社員が何人も派遣されてきていました。

ある日、人員補充のため採用面接を行うことになりました。
ヨーロッパには移民の人が多く住んでいます。私が住んでいたその国にも、世界さまざまな国から来た人が住んでいました。そんな事情を反映して、さまざまな国の人が応募してきました。

レジュメを見て、スキルや職歴がポジションに一致する応募者を選びました。出身国なども見ず、純粋に業務遂行能力だけを考えてスクリーニングしました。
この時点で複数の候補者を選びました。スキル面での差は、ほとんどありません。

何人かの応募者と面接しました。
多くの候補者は面接でやたらと経歴をアピールしてきます。聞かれたことをただ答えるのではなく、何でも自分の強みに引き付けて、ひとこと加えて答えようとするのです。ヨーロッパ人にはありがちです。
気持ちは分からないではないのですが、そういう候補者を次に進めることは、私たちの場合はありませんでした。コミュニケーションが不安だったからです。

そんな中、アフリカ出身の方を面接しました。仮にポールと呼びます。
面接を始めて5分で他の候補者と違うのが分かりました。
聞かれたことについて、端的に答えを返せるのです。
こちら側には、英語がなめらかに話せる面接官もいれば、そうでない面接官もいました。そんな中、ポールはこちら側の発する質問の内容を的確に理解し、過不足ない答えを返してくるのです。
会話のキャッチボールが成り立っています。
明らかに優秀です。弱小日系オフィスにはもったいないほど優秀です。

他の面接官は、すこし躊躇していました。これまでアフリカ系の人を採用したことがなかったため、文化面でうちのような日系になじめるのか、と不安がっていました。
私は「こんなに受け答えがスムーズにできるのは、頭がいい証拠だ。必ず活躍する。採用すべきだ。」と押し切りました。
その後の社長面談も無事に乗り切り、ポールは入社してくれました。

ポールは会社によくなじんでくれました。
日系特有のハードワークもものともせず、仕事をこなしていました。
そして、コミュニケーション能力が秀逸でした。文化面を心配していたあの駐在社員だけでなく、出張で来た、英語も覚束ない本社の偉い人まで、彼のことをかわいがっていました。

かわいがられるために、ポールがお愛想を振りまいていたわけでは、まったくありません。ただ単に、相手の言うことを的確に理解し、相手にも分かるような言葉を使って、ボールを投げ返していただけにすぎません。
コミュニケーションが成り立っていました。
当たり前のように思えるのですが、これが意外にできません。日本人同士であっても難しいことがあります。まして、聞き手も話し手も外国語を使っていれば、なおさらです。

「ポールは日本人みたいだよな」とまで言われていました。
日本的な、ぼんやりとしか内容を話さないコミュニケーションスタイルでも、ちゃんと受け答えができるのです。

英語であっても、私たちの日本的コミュニケーションの癖はなかなか抜けきらないものです。会社には、英語で話しているにもかかわらず、ぼんやり会話する日本的スタイルを続ける人もいました。
多くのヨーロッパ人には、そういうスタイルでは話が通じません。
でも、ポールには問題ありませんでした。ぼんやりとした会話でも、相手の英語が覚束なくても、ちゃんと相手が言いたいことを理解しているのです。
なかなかできることではありません。
これは、彼の才能のなせる業でした。ポールが日本的コミュニケーションのことを知っていたわけではありません。彼にとって、日系企業で働くことはもちろん、生身の日本人を見るのも初めてでした。


ポールのコミュニケーションの巧みさは、彼なりの生存戦略だったのだろうと、いまになって思います。

ポールの出身国は、いつも内戦をしているような、典型的ダメダメ国家です。
現地の大学を出てから単身でヨーロッパに渡り、こちらで改めて大学に入り直し、大学院も卒業しました。ただ、思ったような職に就くことができず苦労していました。

残念なことなのですが、ヨーロッパにはまだルッキズムが残っている場所があります。
私たちアジア系もそうですが、アフリカ系の人たちも、一瞬見ただけでヨーロッパ出身ではないことが分かってしまいます。
そのためか、就職などで不利に感じる場面も、まだまだあります。採用側の言い分は、コミュニケーションに不安がある、です。
語学力が問題なのではありません。ヨーロッパ人と比べて遜色ない英語を使う人たちでも、そういった不利を感じるのです。たとえば、ポールの国は初等教育から英語なので、彼の英語はネイティブレベルです。

ポールは、大学や就職先などで、これまでさまざまな難しい場面をくぐってきたのでしょう。コミュニケーションに対する、相手側の不安を先回りして解消すべく、コミュニケーション能力を磨いていったのだろうと思います。


仕事でも、ポールは成果を残してくれました。
スキル面で優秀なのも、もちろんあります。それに加えて、コミュニケーションによって相手の意向を正しく理解しているため、細かい指示がなくても、的確に業務をこなすことができていました。
そのうえ、意思疎通ができているので、お互い誤解を生じるような場面もほとんどありませんでした。
優秀でした。一緒に仕事していて、とても気持ちよく働くことができました。


仕事は、みんなで取り組み協力しあって成果を出すものです。
ポジションに見合ったスキルがあるのは大前提です。その上で、相手と言葉のやり取りを繰り返すことで、協力し合いながら、私たちは仕事の成果を作り上げていきます。
そのために重要なのは、コミュニケーションスキルです。

そして、結局のところ、場所がちがっても、このコミュニケーションスキルの本質は「相手の考えを的確に理解して、相手が受け止められる言葉で、自分の答えを伝える」ということなのだなあ、とポールを見て学びました。



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