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文豪気取りで歩く浜辺と大陸の一撃

紀行文のつもりで思い出を記す。あの夏は暑かったな、といずれ記憶の片隅から引っ張り出せるように、新鮮なうちに文字に起こそう。

空は高かった。どこまでもどこまでも続くような水色に、秋の気配を感じさせる一筆書きのような雲と、大きな積乱雲がお互いを牽制し合うかのようにひしめき合っていた。
気温は高く、ひどく蒸していた。相も変わらず詰め込めるだけ詰め込んだ肩がけの鞄は重く、否応なしに肌に食い込んできた。
歩くたびに汗がじわりと肌から滲み出てきて、慣れないサンダルの足元に落ちる。横須賀線のホームにはキャリーケースを片手にたくさんの人が列を成していた。

やってきた車両に乗り込むと、涼しい風が顔に当たった。祝日の午前11時の電車は幸い、さほど混んではいなかった。
僕は早速カバンからカメラを取り出してレンズをぴたりと車窓にくっつけた。シャッターを切る。小気味のいい「カシャ」という音が右手を通じて聴こえてくる。
走り出した横須賀線の窓の外は広く、ビルとビルと、またビルと、それらを取り囲む水色がまるで絵画の様に景色を切り取っていた。
「いざ鎌倉、だな」と声に出さずに呟く。「ガタンゴトン」というオノマトペを思いついた人は中々いいセンスをしているな、などと思いながらしばらく電車に揺られた。

鎌倉駅のホーム

ジリジリと焼け付くような日差しも、今日は愛おしい。『鎌倉駅』と書かれた駅舎を眺めながら友人を待つ。なるべく目立たぬ様にシャッターを切りながら、陽光の強さをレンズ越しに感じた。
電車が到着する度に溢れ出てくる人、人、人。同年代の若者は皆、これっぽっちも似ていないのに友人のうちの誰かに見える。
しかし、一際目立つ浴衣の男子−彼は一目で分かった。

写真が苦手だった。撮るのも撮られるのも、なんとなく億劫だった。しかし、月日が経って見返すあの頃の写真たちは、たった一瞬を切り取っただけなのにまるで当時の空気がこびりついているように香ってくる。
だから、今からでもこの一瞬たちを切り取りたいと思ったのだ。
この日はデジタルとフィルムの2台持ち。加えてスマホでも撮るから、都合3つのシャッターを抱えて旅に出た。

「おはよう」「おはよう」と、12時集合でも朝の挨拶。駅前にごった返す沢山の人に紛れながら今日は5人のパーティー。夏はもうまっ盛りで、時折吹く風はさながらロウリュのようだ。
「とりあえず…」と誰からともなく言い出した。
「じゃあこっちへ…」と鎌倉に住む彼はまるで現地の案内役のように我々を先導してくれた。
向かった先は路地裏。
令和の世には珍しく、5人中4人が喫煙者という圧倒的多数。愛煙家たちはいそいそと着いたばかりの鎌倉の地で紫煙を吐き出した。

ニコチンを補給して満足した我々は「まあとりあえず飯でも…」となり、案内役の背中を追って近くの蕎麦屋へ。店構えは悪くないが、どうにも屋号が読めない。崩した字に旧仮名遣いか、とにかく見当もつかないまま扉を開けた。
昼時ということもあり店内は程よく賑わっていた。ここまで少し歩いたせいか体は暑く、冷房の効いた店内に入ると気温差に身体が驚いているのが分かった。
前日に食べすぎたせいか胃の中が心地悪く、皆が天ぷらを頼んでいるのを尻目に、ただの盛りそばを注文。

飯が来るまでは「これからどうする〜?」とこの後のプランに花を咲かす。が、それも一段落。
案内役の彼が「ここ美味しいですよ」と言ったのに本当は一度来ただけだということを白状したあたりで、疑問。待てど暮らせど現れない料理。明らかに人員不足の店内。
皆、「ああ、仕方ないなあ」と思いながらポツポツと口に出す。
「まあ、ほら、収穫とかからやってるかもしれないし」という事で溜飲を下す。

もりそば

それからまた更にしばらくしてようやく提供された料理に舌鼓を打ちながら、大体の予定は決まった。
そば湯もしっかり堪能したあと、会計を済ませて外へ、もとい喫煙所へ。
ここら辺でポツポツと雨粒が落ちてくる。しかし空は青く雲は見えない。見事な天気雨だ。
「これから強くなるのかな」と心配しつつ、思い出すのはブルーハーツ『夜の盗賊団』の歌詞。

ああ 今夜 多分雨は大丈夫だろう
ああ 今夜 五月の風のビールを飲みにゆこう

一休みしてから歩いてすぐの鶴岡八幡宮へ。大きな鳥居を見上げながら、沢山の人混みに紛れていく。3月ごろに見た靖国の鳥居の大きさを改めて感じるね、などと話しながら境内へと向かう。
参道には出店がいくつか出ていたが、パッと見た限りではどこも閑古鳥。まだ時間ではないのか、人通りが多い割には繁盛している風ではなかった。
砂利に囲まれた真っ直ぐな石畳を歩くと、いよいよ急な階段と本殿が見えてきた。振り返ると、鳥居の中心から伸びた道がずっと先まで続いていてハッとした。

長い階段はいろいろな人でごった返していた。浴衣姿の人、巫女と思わしき格好の人、制服の人。見上げればいつまでも続きそうな階段を一段一段上っていった。
一番上までたどり着いてふと下を見る。いつの間にか雨は止んでいた。夏の雲が空を支配していて、目の眩む様な水色が今にも降ってきそうだった。
気温は依然として高く、境内にはあまり長居はしなかった。夏の空から逃げるように、帰りは森の中を通って下る。蝉時雨に囲まれながら、少し涼しい道を歩いた。

夏がすぎる空

下に降りてまた鳥居をくぐってから来た道を逆戻り。といっても、今度は車道の真ん中に設けられた歩道を通る。
少し小高くなっている歩道から見る景色はいつもより目線が高く新鮮に感じた。車より上にいるせいで沿道の店がよく見える。鳩サブレの館、土産屋、さっきの蕎麦屋。開館予定の美術館は『隈研吾設計』と書かれていた。
歩道には街路樹が植わっていて、暑さを感じさせない。木漏れ日の中を真っ直ぐ歩く道は美しかった。

駅まで戻って、今度は駅の反対側へ。さっきまでの観光地然とした姿とは一転、落ち着いた街並みが広がっていた。
商店街は少し古ぼけた建物にモダンなお店が入っていたり、いい具合に溶け込んだ、いい意味で洒落ている雰囲気だ。駅前の写真屋さんでフィルムを買って、いくらでも撮れると意気込みながら歩みを進める。
時刻は14時半。気温は高く汗が滲むが、それも不思議と心地いい。しばらく歩いて商店街も終わりに近づくと人気も少なくなった。

古き良きタバコ屋さん

端にある店はシャッターが閉まっていたが、一同は足を止めた。おそらく店主の名字をそのまま屋号に採用したのか、しかし偶然我々一行のうちの一人の名字と見事に一致していた。
突如始まる撮影会。道ゆく人はさぞ不思議だったことだろう。シャッターの閉まった店の前で何故か写真を撮る人たちと、まんざらでもない顔で撮られる人。
おかげでいい記念写真が撮れた。

ここでまた一服。「焼けたかなあ」なんて話しながら煙を吐く。
次なる目的地は『鎌倉文学館』。またしても案内役の背中を追って、ゆっくりと歩き出す。

文学館への道は長かった。由比ヶ浜大通りと呼ばれる大きな道をひたすら歩く。太陽は容赦なく照りつけ、日陰はほとんどない。履き慣れないサンダルが足に痛くて、ペタペタと音が鳴る。
しかし、道沿いの店はどれも魅力的だった。やけにコーヒー屋が多かった気がする。ここに住めば毎日色々なコーヒーが飲めるのかと少し羨ましく感じた。
20分ほど歩いたか、ふと大通りを逸れて路地裏に入った。背の高い植え込みや木々が影を作っていて、何だかひんやりとした。
家々もなんだか歴史ある街を体現しているようで、美しい。

路地裏も魅力的に見える

それは突然現れた。森かと思っていた木々の間に、緩やかな坂道が入口のようだった。
こんもりとした樹木の屋根に覆われた石畳の道は昼間とは思えないほど薄暗く、そして涼しかった。
夏の狭間に現れたオアシスのような道を登る。トンネルをくぐる。「千と千尋みたいだね」と誰かが言う。
たしかに、不思議なトンネルだった。声が響かないどころか、むしろ吸い込まれる様な感覚になった。さほど長くはないが多少不気味だ。異様に静かなトンネルを抜けて、また少し歩く。

パッと開けたかと思うと、建物が見えてきた。美しい洋館。中に入る前に外見を拝もうと庭へ向かった。
森の中にポカリと開いた芝生の広場からは建物の全貌が見えた。なんと大きな館だろう。小高い丘の上に建った家。お世辞でなく、こんな家に住みたいと思った。
後ろを向くと、木々の途切れ目から遠くに海が見えた。水平線を望む庭。まだ中にも入っていないのにますますこの場所が気に入ってしまった。

記念撮影大会が始まった。
『若手社長、大豪邸を購入』の見出しになるような写真から、『ドラマ・疑似家族』のような雰囲気の集合写真まで大笑いしながらシャッターを切った。
芝生の上のせいか、不思議と日向でも暑さを感じない。自然の中に身を置くと、やはり落ち着くなと思った。

一転、中に入ると寒いくらいだった。人工的な涼しさに包まれながら、「やはり文明の利器は偉大だ」と思わざるを得ない。
芝生も悪くなかったが、炎天下の中歩き続けて火照った体は徹底的に冷やさなければならぬ。荷物を預け、身軽になった我々はしばらく館内の展示を楽しむ。
名を聞いたことのある文豪は大体全員がこぞってこの鎌倉の地に来ていたのだと知り、仰天する。直筆の原稿、鎌倉の歴史、周辺の模型など非常に興味深い内容で、かなり満足した。

一通り回った後、奥の休憩室で少し休む。ふと窓の外を見ると、先ほど見え隠れしていた海が今度ははっきりと視界に入った。
水平線はぴっしりと伸びて、小さな波が遠くに見える。
しばらくその景色に釘付けになった。毎日でも見たい、美しい情景であった。
なんだか文豪たちがこの地を愛した理由が分かった気がした。

鎌倉文学館の庭

館を出ると、次は海に向かって歩き始めた。ついさっき見たあの水平線を迎えに足を進める。
途中例によってタバコ休憩を挟んで、また大通りに戻る。少し歩いてまた住宅地の中へ。
江ノ電の踏み切りを渡ったところで、なんだか風色が変わった気がした。
先ほどよりもなんだかべとりとまとわりつくような、湿気だけではない何かを含んだ風が我々の間を吹き抜けていく。
「海が近いね」
誰かが言った。さっきの風の正体は潮を孕んだ海風だった。

浜の最寄駅からのルートと違うせいか、そんなに人はいない。しかし、確実に海が近いことをすれ違う人々の格好から悟る。
蝉が否応なしに鳴いていても、今は不思議とやかましくは感じない。むしろ夏真っ盛りの今日に、音を添えていてくれているかのようにすら思えた。
「もう、すぐだね」
また誰かが言った。

海を見たり、山の頂上に立ったり、展望台のエレベーターを降りたりする時は、なぜかとても緊張する。
これから目にする景色がどれだけ偉大なのかを想像してしまうのか、それともただ高揚感を緊張と勘違いしているだけなのか。とにかく、心拍数が上がるのを感じる。
目の前に広がる情景に、圧倒されてしまうんじゃないかと心配しているのかもしれない。なんだか美術館に行く時と同じような気持ちでもある。
普段は見かけない大きなものと対面するという事。それはいつも曖昧なまま放置している自己とその他との関係を、はっきりと分け隔てるためのトリガーのようなものなのではないかと訝しんだりもする。
しかし、大概はそんな大きなことでもなくて、ただそのまま、曖昧なまま飲み込むのだけど。
とにかく、緊張のような高揚のような何かが僕を掴んで離さなかった。

道なりに沿ってカーブを曲がると、その先に海が見えた。潮風がさっきより一段と強く、はっきりとなってまとわりつく。
海だ。
僕は一人で息を呑んだ。

砂浜に降りてみれば、何のことはない。普通の、いわゆる海だ。水平線は遠く、風は強く、波の音が繰り返し聞こえてくる。
案内役はまるで決められたルートを歩くように最短距離で喫煙所へと一行を先導した。
強風に手こずりながらようやく火をつけて煙を吸い込むと、スッと落ち着いた。今、海にいる。足は砂に埋もれ、傾き始めた陽光は幾分柔らかく我々を照らす。

最初から海を目的地にしていた訳ではなかったこともあって、装備は十分とはいえなかったが、派手ではないにしろそれなりに浜辺を楽しんだ。
海はお世辞にも綺麗とは言い難かったが、それでもやはり波が足元を攫っていくのは心地よかった。
貸し出しのパラソル、誰かの浮き輪、日焼けした海の家の店員。
全てが夏で、夏でしかなかった。

各々が写真を撮ったり、酒を飲んだり、本を読んだりと、行軍で疲れた体をダラダラと休めた。太陽は更に傾いて、世界は橙色に染まっていく。
依然として気温は高く、ベタつく風は容赦なく吹き付けてくるが不快ではなかった。
海の音が聞こえるだけで心地よかった。ずっとここにいて、この時間だけが続けばどんなにいいことかと願った。

ゆったりとした時間が流れる

どれくらいそうしていただろうか。少なくとも浜に着いてから一時間は経っていた。
案内役は用事のためにそろそろ出なくてはいけないと言う。
我々はこれからの事を何も決められずにいたが、ふと我に帰ると体にこびりついた潮を落としたくなった。
「銭湯に行きたい」という提案がすんなりと受け入れられると、すっかり重くなった腰を上げた。
足を洗って、浜辺を後にする時はなんだか名残惜しいようなそうでもないような、ふんわりとした気持ちが心の中を支配していた。
「またくればいいか」と自分に言い聞かせ、太平洋に背を向けた。

帰りは大人しく江ノ電に乗る。由比ヶ浜駅から鎌倉駅まで。
行きはあんなに長い道のりだった気がしたのに、電車だと一瞬だ。
そういえば江ノ電に乗ったのは人生で初めてかもしれない。初めてなんじゃないかな。多分初めてだと思う。
車内の床は板張りになっていて、本当は古いはずなのになんだか新鮮だった。

板張りの床。それぞれのサンダル

鎌倉駅に着くと、一同土産屋へ。降りたすぐ先、進行方向に構えられた店にまんまと吸い込まれた。上手い商売をしているなと思いつつも、なるほどたしかに丁度いい。行きでは荷物が増えるし、かといってこのまま乗り換えるとすると買うなら今しかない。
翌日に会う友人に向けて一つ、その他ばら撒き用に一つ。職場にはなんだか癪で買わなかった。
そういえば、大仏を見ていないのに大仏がモチーフのクッキーを買ってしまったなと後になって思ったが、まあ別に誰に責められることでもないだろと自分に言い聞かせる。

土産を抱えて、JRのホームへと上がる。旅はここで終わり、あとは各々帰路に着く。というのがきっと綺麗な終わり方なのだろうけど、今日の日はもう少し続く。
エピローグにしてはやけに味の濃い珍道中が、まだあった。

舞台は鎌倉から横浜へと変わる。駅を降りた頃にはあたりはもう暗くなり始めていて、僕にとって久しぶりの横浜駅は夕闇の中にあった。
「風呂か、飯か」が目下の議題だった。
鎌倉駅のホームで運悪くはぐれてしまい、5人組の我々は3:2で分かれてしまったばかりに、車内では話が進まなかったのだ。
ちなみに、案内役は一足先にそのまま東京へと帰って行った。
1人を欠いた4人一組フォーマンセル。大都会横浜の夜へ飛び込んだ。

「火鍋が食べたい」と言ったのは僕が件の病原菌にやられている時だ。腹は減るが、味はよくわからない。塩味と辛味だけが際立って、他の味ははっきりしなかった。
いわゆる「風味」などはこれっぽっちもなく、嗅覚がいかに大事だったのかを実感させられた。
そんな折に思い出して急に食べたくなったのが火鍋だった。辛くてしょっぽくて、でも美味い。ドロドロのソースに漬け込んで強くなった味を貪りたいと思ったのだ。

「あれ、火鍋じゃないですか?」
彼の指が示す先には確かに火鍋の文字があった。横浜駅を出て数分。まさかの火鍋屋発見伝である。
加えて彼とは「治ったら火鍋を食べに行こう」と約束していたのだ。これはもう運命だろうと他の2人にそう伝えた。

「風呂か飯か」はすんなりと答えが出た。風呂はここから少し歩く。ならば目の前の火鍋を食べぬ手はない。
特に調べもせずエレベーターの行き先ボタンを押す。重力に逆らって到着した箱の扉がスーっと開いた。
白、だ。
エントランスが驚くほど明るい。見たことのない装飾品や、シャンデリアのような照明。
「天国へようこそ」と言われても疑わないほどの空間が眼前に広がった。

とにかく内装に圧倒された。広いソファは座面が開くことで荷物を収納可能。机の下には常設の充電器。見たことのない形の照明は店内の光量を高い水準で保っており、飲食店の中ではかなり明るい部類だ。
さらに驚くべきはそのホスピタリティ。マスクケースはもちろん、おしぼりの他に「スマホ除菌シート」まで配られる。
注文自体はタッチパネルだが、その操作も店員さんが進んで行ってくれる上、定期的に様子を見に来てくれるのだ。

マスクケースとスマホ除菌シート

さらに、トイレにはマウスウォッシュや紙コップはもちろん、ドライヤーまで置いてある。火鍋を食べに来てドライヤーを使う状況はあまり想像がつかないが、とにかく至れり尽くせりであった。

注文したのはもちろん火鍋。2種類のスープが入った鍋がテーブルの中心にある加熱装置の上に置かれた。
肉、野菜、その他具材。「適当に見繕ってください」という日本語が通じるか不安で、自分達でとりあえず頼む。
「調味料」という名前のメニューは、つけダレバイキングを意味していて、ごまダレをベースに数えきれない種類の調味料が用意されている。
香菜に始まり、セロリ、ピーナッツといった具材から豆豉、オイスターソース、ごま油など、液体調味料も豊富だ。考えられる組み合わせは体感では完全に無限大。お腹の調子と相談しながらあれやこれやと試してみる。
調味料のほかにサラダが食べ放題だったのも良かった。といってもレタス、トマト、キュウリくらいの簡易的なものだが、無限種類の調味料の手にかかればそんな事は気にならない。

さて、本題の鍋であるが選んだのは「辛いスープ」と「辛くないスープ」の2種。
「大体これがスタンダードです」とのこと。
なるほどたしかにこれなら辛いのが好きな人もそうでない人も平等に楽しめる。素晴らしいシステムじゃないか。
と、思ったのも束の間、「辛さ控えめにしておきますね」と言われたはずのスープが既にめちゃくちゃ辛い。
「麻辣スープ」と名のつくそれは、麻の部分も辣の部分も等しく強力で「これで…控えめ…?」と疑問を抱かずにはいられなかった。

左が辛い方(麻辣)右が辛くない方(白湯)

しかし真に恐ろしいのはそのあとだ。店員さんは何度も何度も「辛さは無料で増やせますからね〜」と笑顔で言ってくる。
これ以上辛くなったらどうなってしまうんだ…と香辛料の汗なのか冷や汗なのか分からない汗をかいたままやんわりとお断りした。
「これが本場の辛さなのか…」と大陸にノーガードでぶん殴られているような気分になった。

そしてこれで終わらないのが大陸の驚くべきところ。先ほどまでは会話を邪魔しない程度の音量だったBGMが急に大きく、派手な曲になったかと思うと店内の雰囲気は一変した。
「なんだ?」と突然の事態に戸惑う我々一同をよそに周りは盛り上がっている。状況を理解しようとあたりを見渡すと、入口から飛び出てくる影が目に入る。
背は高い。性別はおそらく男。しかしそれ以外の情報は分からない。というより、意図的に隠されているのか。
男は黄色や赤を基調とした派手な衣装に身を包み、マントを翻しながらこちらへ向かってくる。踊っているようにも見えるし、ただ移動しているようにも見える。

これから先、街で彼を見かけたとしても僕は気づかないだろう。これほどのインパクトがあってもそう確信したのには訳がある。
顔が、見えないのだ。
いや、それどころか呼び方の分からない大きな被り物のせいで髪型すらも見当がつかなかった。
見えない、といっても巷で見かけるいわゆるマスクのせいではない。顔面を完全に覆う、仮面と呼ぶのが相応しい物のせいで本人の顔は全く隠されていた。
それもただの仮面ではない。衣装と同じ派手な模様が描かれていて、一応は顔の体裁を整えてはいるが、その絵柄は恐怖すら覚えるものだった。

「変面だ!」ピンと来た。昔テレビで観た知識が急に脳裏に浮かぶ。
変面とは、中国の伝統芸能の一つ。文字通り顔が変わる芸を見せる。
つまり目の前にいるのは変面師と呼ばれる人で、これから顔が変わるのだろう。
しかし、知識としては知っていたが急にこんな目の前にこられてしまうと流石に驚く。音楽はまだ大きいままで、変面師は踊り続けている。
僕らは先ほどまでのホスピタリティや辛さにすっかり驚き尽くして、いつの間にか面白いとすら感じていた。
そんな中現れた変面師にはもう爆笑である。
「飯を食いにきたのにいつの間にかショーを見ている」という状況があまりにも可笑しくて、笑いが堪えられなかった。

大爆笑しながら見ていると、変面師はまさに縦横無尽。通路を端から端へと移動していく。
そして、ついにその時が来た。
バッと我々のテーブルの前で立ち止まったかと思うと舞を一つ。流れるような動作で左手を顔の前に持っていくと、一瞬静止してからその手を払うように顔の前を通過させた。
瞬間、その顔は変わっていた。
瞬きをする暇すらなかった。絶対に顔が変わる瞬間をこの目で見てやろうと意気込んでいたはずなのに、あまりにもあっけなく変わってしまった。
変面師は僕らが驚いたのを見て満足気にまた別のテーブルへと向かっていった。まんまとやられてしまった。悔しいやら嬉しいやら、なんとも言えない思いが渦巻いていた。

変面師、躍動

他にも麺を伸ばすパフォーマンスがしばらく通路を塞いでいて誰も通れなかったり、シリアスな話をしている風の2人組の目の前をすごいスピードで麺が通過していくなど、「麺のお兄さん」もすごかった。
僕らも「無料ですがいかがですか?」と聞かれたが丁重にお断りさせてもらった。満腹だったし、これ以上目の前で何かをやられたらもう笑いすぎて死んでしまう気がした。
もう飯も笑いもお腹いっぱい。なぜか疲れ果てた僕らは会計を済ました。
ここで最後のワンパンチ。
「普段は無料のネイルサロンもやってるんですよ」
もう何が来ても驚かない。「この扉、上海に繋がってるんですよ」ぐらいのレベルでなれけば、もうなんでもありだなと思った。

思えば、12時に集合して既に9時間。しっかり遊び尽くした。銭湯は、もういいか…となり帰路に着く。
半日とは思えないほど充実した1日。
夜の横浜駅から各々の路線へと向かった。

いよいよ真のエピローグ。
今日であれから1週間と少し。未だに鮮明に覚えている。
500回近く切ったシャッター。写真を見返す度に記憶が流れ込んでくる。
いい日であった。ああ、本当にいい日であった。
夏の日の、真っ盛りの鎌倉。あんなにも魅力的な地があったのに、なぜ今まで知らずにいたのだろうかと後悔すらしている。

文豪を 気取って綴る 由比ヶ浜
仮面の下の 汗を拭えば

夜風が涼しくなって、夏が終わって、それでもあの日 焼けた腕はきっともう少しそのままだ。
忘れえぬあの波音を、今とは言わねどもう一度耳にしたいと思った。

あとがき

書きすぎ、である。軽い気持ちで書き始めたはいいが、いくら書いても「まだ海にすら着いてないのか…」と全然終わらなかった。
半分くらいで腹を括って、「もうこれなら書けるところまで書いてやろう」などと思ったはいいが、火鍋パートに入ってからが長い長い。自分でも長すぎだろ…と思いながらあの時を思い出すとそれだけの情報量はあったな、と思った。
それなら仕方ない、と書けるところまで書いてはみるも、今度は書けば書くほど出てくる記憶たちを選別しなくてはいけなくなった。

しかし、改めて書き終えてみるとこうして文字に残すことの良さを実感する。曖昧に覚えていた時間を繰り返し思い出しては文字に起こしてこねくり回すその過程で、まるでまたあの場所を訪れているかのような気分にすらなる。
というのは流石に言い過ぎか。
とにかく、久方ぶりにこんなに長い文章を書いたが、やはり楽しかった。元々、紀行文を読むのが好きなせいもあるが、いざ書く側に回ると新しい発見もあったような気がする。
これからは、出来るだけこうして形に残そうと、今は、誓ったつもりだ。
夏が終わるまで、もう秒読みなのか、夜風は既にひんやりとしはじめていて、虫の声がだんだんと秋めいてきている。夕焼けの時間も早まってきて、まだ8月ではあるのに寂しさを覚えたりする。
暦の上の話などは気にせずとも、夏が終わったと思ってしまうその日が来る前にもう一度くらい旅に出たいと思った。

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