2020年ブックレビュー『砂の女』(安部公房著)
中学生だったか、主人公の男が穴のような砂の穴に落っこちるまで読んで放り出してしまった。こんな面白い小説をどうして読み通さない!青春時代の私!怒!
安部公房の「砂の女」(1962年)を、年を重ねていろいろ経験した今読むと、「砂」は人生だなとしみじみ思ってしまう。
主人公の男は昆虫採集をするために、砂丘の村にやってくる。平凡な教師の男は一晩の宿を借りようと、村人から寡婦が住む家を紹介される。女や部落の住人は砂丘に掘られた穴の底のような住宅で暮らしており、砂かきをしなければ家は砂で埋もれてしまうため、人手を欲していた。
男は何度も脱走を図り、一回は成功するが、砂に溺れそうになって元の女の家に連れ戻される。そのうち、砂と女への抵抗感を失っていき、逃げるチャンスがあっても実行に移せない。それどころか、溜水装置を開発して村人たちに教えてやりたい衝動にかられるー。
男は、元の家庭にも職場にも満足していたわけではなく、幸せでもなかった。自由のない砂の家での滞在を余儀なくされると、以前の生活を求めて脱出しようと、強烈にあがき続ける。しかし、脱出の思いが諦念に変わると変化を恐れ、不便な砂の家で快適に過ごすことだけに腐心するようになる。
世のサラリーマンと同じではないか!
不満を言いながらも、安定した固定給があるから勤務先をやめられない。社内の矛盾についても、最初のころはいきり立って上司に文句を言うが、そのうち無駄とばかりに口をつむぐ。そして、「そういうものだ」と自分に言い含め、日々つつがなく過ごそうとする。
もう一つ特筆すべきは、この小説の魅力は豊かな比喩表現だ。適当にページを開くと、不思議で的確な表現がパッと目に飛び込んでくる。それを探すのも、楽しい。
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