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2021年ブックレビュー 『彼女は頭がわるいから』(姫野カオルコ著)

こんなにも胸がざわついた読書体験は初めてだ。なんだなんだ、これは。読んで数日後も、うまく整理できないでいる。2016年に起きた東大生5人による強制わいせつ事件が、なぜ起こったのかー。それを小説にし、物語の中で解き明かそうとしている。

主人公は後に被害者となる女子大生の神立美咲と、加害者グループの主犯格である東大理Ⅰの竹内つばさ。小説では、二人の育った環境や生い立ちから語られる。美咲は横浜市の郊外で、給食センターに勤める父とパートの母に育てられた3人兄弟の長女。まあまあの公立高校からムリなく進める女子大で学んでいる。学歴にもこだわらず、ゆったりとした両親の元で育った、少し奥手のフツーの女子。

一方の渋谷区広尾に住むつばさの父親は国家公務員で、母は専業主婦。兄も東大生。もともと頭も要領もよく、家庭教師を付けてもらって勉強に励むつばさが、東大生になるのはそう不思議な話でもなかった。

偶然に出会った二人は、恋に落ちたかのようで、しかしそれは美咲の方で、つばさは違っていた。美咲を「かわいい」と感じたのは最初だけで、すぐに性処理の対象へと変わっていく。さらに、つばさはインカレサークル「星座研究会」の一員になる。研究会は、裏では東大生目当てで接近してくる女子大生の性的画像を闇で売ったり、性的関係を持ったりするのが目的のブラックなサークルだったー。

つばさら星座研究会の東大生5人は、強制わいせつといっても美咲を輪姦したわけではない。東大からすれば偏差値の低い女子大に通う美咲は、自分たちと性的関係を持つ相手としてふさわしくない、と見下していたからだ。彼らは陰で「DB(デブでブス)」「雌豚」と美咲のことを呼んでいた。一人の女性として認識してさえいなかった。しかし、やった行為は美咲の尊厳を深く傷つける。そして、事件後にネットで集中的に批判されたのは、東大生ではなく美咲だった。「勘違い女」として。

つばさら星座研究会のメンバーが抱いている万能感や特権意識が、小説の中では具体的に描かれる。こういった感情は東大生の彼らが勝手に抱いているわけではない。社会の中に根強くある学歴のヒエラルキー構造や偏差値重視の教育が底流にあるからだろう。

もちろん、全ての現実の東大生がつばさのような男子ではないし、東大以外の有名私大の男子学生による集団レイプ事件もある。この小説が出版された後、著者を招いてのブックトークが東大で開かれた際、同大の教員や学生からは「細かい部分が事実と違う」などと、小説に批判的な意見も随分と寄せられたそうだ。

著者が問題にしたかったのはおそらく、東大生が事件を起こしたことではなく、強制わいせつ行為を受けた女性にセカンドレイプをして辱める世の中だ。弱い立場の人に寄り添おうとせず、テストで効率的に得点できる能力を身に付けた末に、高学歴の地位を得た人間を「有能だから」と肩を持とうとする、そういう序列社会にノーと言いたかったのだと。






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