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【ショートショート】夢追交差点

 限界集落における観光業の役割は大きい。

 大山村は少子高齢化、都会への若者離れの影響を受け、昨年、国から限界集落に指定された。しかし、大山村には全国でもトップレベルの成分を誇る温泉に加え、名水百選にも選ばれる湧水、豊かな自然を背景としたキャンプ場など、たくさんの魅力がある。問題は、村行政の観光担当職員たちが別の村出身ということもあり、その魅力をうまくPRすることができていないことだ。

 そこで90年もの歴史を持つ温泉旅館「大山ふるさと旅館」を営む若女将めぐみは、「この村の発展はわたしにかかっている」と、どうしたら村を訪れる観光客を増やすことができるのか、持ち前の責任感で日々頭を悩ませていた。

 そんなある日のこと。

「神様の力を借りなくちゃ」とめぐみはお宮参りに行った。そこで、「大山村が発展しますように」と祈った後、せっかくなので久しぶりにおみくじを引くことにした。

「きっと大吉が出るはず」と祈りながら引いたおみくじは大凶。腹が立った。なんの事情も知らないくせに、どうしてただの紙切れなんかに大凶を告げられないといけないのか。あまりにも無責任だ。

 石ころを蹴り飛ばしためぐみが周りを見渡すと、たくさんの人がおみくじを広げていた。大吉が出て喜んでいる人もいれば、大凶に対して「ちくしょう」と呟く人もいる。付き合いたての初々しさを感じるカップル、子供連れの夫婦、見るからに近所に住んでいるお爺さんなど、実に様々な人たちだ。

 その時、めぐみはひらめいた。

「これだ!!」

 心の中で叫んだ声に驚いたのか、足元でちゅんちゅん鳴いていたスズメが空へ飛び去った。

「女将さん、ぼく、小説家になりたいんです。もういい年齢っていうのはもちろん分かっているんですけど、本当にやりたいことがこの歳になって見つかっちゃって。でも、もっと若い時から努力していた人より遅れをとっていることも分かってます。小説家で成功できる人なんてごく一握りっていうのも知ってますよ。だから、今まで通り普通に会社に行って、大してやりたくもない仕事をしながら、小説は趣味で続けるのがいいのかな、という思いもあって悩んでいるんです」

 人当たりのよさに定評のあっためぐみは宿泊客とすぐに親しくなり、人生相談を持ちかけられることも多々あった。

「そうですね。私にはその業界のことはよく分かりませんので、偉そうなことは申し上げられませんが、真っ当な悩みだと思いますよ。そういえば、この旅館の近くにある『夢追交差点』は通りましたか」

「『夢追交差点』ですか。名前をちゃんと見ていなかったので分かりませんが、それがどうかしましたか」

 相談した宿泊客はめぐみの顔をまじまじと見つめて尋ねた。

「『夢を追うべきならば教えてください』と祈りながらその交差点を車で通ってみてください」

「そうするとどうなるんですか」

「夢を追うべきならば車は止まりません。青信号です。夢を追うべきでないならば車は止まります。赤信号です。一種の占いですね」

「ほお、それは面白いですね。一度祈りながら通ってみましょうか」

 それから1年後。

『夢追交差点』は瞬く間に有名となり、日本全国の悩める人たちが訪れるようになった。「恐るべき信号機!占いが当たる!」とSNSで話題となったのだ。

「大山ふるさと旅館」には観光客が溢れるようになり、大山村も活気を取り戻した。

 めぐみは本当のカラクリを知っている。

 目の前に赤信号が見えた時、運転手は自分と真剣に向き合うのだ。そのまま止まるべきか、それとも徐行してでも青信号に変わるのを待つべきか。

 交差点で見張ってみると面白い。

 赤信号の100mも手前で徐行している車もあれば、3秒後に赤信号に変わる交差点に全速力で突っ込む車もある。「俺は夢を追うんだー!」という叫び声がその車からビンビン伝わってくる。

 みんな、自分が夢を追うべきか、それとも諦めるべきかなんて、とっくに分かっているのです。でも、自信がないから他の何かにその選択の根拠を求めようとします。実は信号機があなたを占っているわけではなく、あなたが自分で未来を決めているのです。

『夢追交差点』で今日も古びた信号機は同じ周期で色を変え続ける。赤青黄。人々の大事な決断を後押ししているとはつゆも知らず。

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