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【ショートショート】自分だけの誕生日

 豊潤に香るコーヒーを片手に、普段は高くて頼めないモンブランを口にそっと運ぶ。ぼくは今日25歳の誕生日を迎えた。お洒落な店内では、Billy Joelの『Honesty』が流れている。そうだ、ぼくは人生を誠実に生きてきた。だから、今日という日を迎えることができたのだ。

「なぜ自分が生まれた日がやってくると、人は1つ歳をとるんだろう」

 そう疑問に思ったのは、ぼくが10歳の誕生日を迎えたときだった。1つ歳をとるからといって、目に見えて何かが変わるわけではない。むしろ人は毎日少しずつ変化しているのであって、地球が太陽を1周まわったら自動的に一つ歳をとるなんて、乱暴すぎやしないか。そんなもの、虚像だ。

 そう思ったぼくは、自分ルールを作ることにした。 

 これは親にも先生にも友達にも、誰にも言っていない。未成年なのに大人ぶって酒を飲んだり、何か悪さをするんじゃないか、って心配されるだろうから。でも、そんなことはしない。常識的な感覚は結構あるほうだと思う。

「内側のぼくの変化が認められたとき、ぼくは1つ歳をとる」

 このルールに従って、ぼくは今まで人生を歩んできた。

 外側のぼくを変えることは簡単だ。着る服、髪型、髪色を変えれば、手っ取り早く変えられる。でも、それは外側のぼくであって、内側のぼくではない。

 周りから認められることも重要だ。変化したつもりになっているだけで、周りから見るとそうでもないことも多いから。だから、このルールに僕は決めた。

 周りはぼくを17歳だと言う。現に、ぼくは大学受験を間近に控えた高校3年生だ。でも、ぼくは誰がなんと言おうと25歳。今朝、親父の食器を洗っていたとき、親父はぼそっと呟いた。「お前、優しくなったな」って。

 心の中で小さくガッツポーズしたぼくは、また1つ大人の階段を上ったことを確かめるように、「いつもお疲れ様」と言い返す。

 今日、ぼくは1人でささやかな誕生日祝いをすることにした。受験勉強は明日からまたやればいい。

「何歳まで歳をとれるかな」

 そう呟いたぼくは冷めたコーヒーを飲み切り、見える景色の違いを楽しもうとそっと目を閉じた。

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