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No.184 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(14)「ゴッホ美術館」での涙

No.184 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(14)「ゴッホ美術館」での涙

No.179の続きです)

2012年アムステルダム駅近く、運河を渡ったところにできたばかりの「EYE Film Institute」で、大好きな映画監督のひとりスタンリー・キューブリックの回顧展に巡り合う幸運を得た。この施設を教えてくれたホテルオークラレストラン「カメリア」のスタッフJudyに感謝である。

翌日にイギリスヒースロー空港に向かうので、アムステルダムで過ごす時間も残り少なくなってきた。「EYE Film Institute」のカフェの時計の針は4時を指していた。高緯度に位置するヨーロッパの夏の太陽は、西に傾きつつもまだまだ高い位置にあった。この太陽と、カフェの居心地の良さが「ゴッホ美術館」の閉館時間6時を心の外に押し出すところだった。

油彩画200点以上の収蔵数を考えれば「ゴッホ美術館」滞在一時間強は、少し駆け足の鑑賞になるであろう。目の前の美味しい紅茶を残して「EYE Film Institute」のモダンなドアをくぐり出た。船乗り場に向かう途中に振り返り、巨大掲示板の問題児「時計じかけのオレンジ」アレックスくんの不敵な笑顔に「Bye, Alex! 」と別れを告げ、「炎の人ゴッホ」の生み出した世界へと急いだ。

モンドリアンの絵画を想起させる「赤と青の椅子」などで知られる建築家ヘリット・リートフェルトの手になる特徴ある円形の「ゴッホ美術館」本館が見えてきた。黒川紀章が設計したガラス張りの別館チケット売り場に到着すると、幸い並ぶ人の数は少なかった。

ゴッホが弟テオに宛てた手紙の数々、若かりし頃の素描画など興味深いものも沢山あるが、やはりゴッホの油絵の存在感は凄まじい。

フランスに移住する前の作品「ジャガイモを食べる人々」は思ったよりも暗い印象を受けなかった。数点の「自画像」の中ではやはり「キャンヴァスの前の自画像」に惹かれた。「ひまわり」「ファン・ゴッホの寝室」「種蒔く人」有名作品に続き、アルル時代の風景画に圧倒される。最晩年の作品の一つ「カラスのいる麦畑」の前に立つと、色の洪水が襲ってくる。

いつの年だったか、友人から「ゴッホのカレンダー」をもらったことがある。次にどんな絵が出るのか、月初めにコーティングされた紙をめくるのが楽しみで、連れ合いの由理くんとふたり、どんな絵が出るか他愛もない「当てっこ」をして笑い合った。

そのカレンダーの中にあった二枚の絵が、ここ「ゴッホ美術館」の収蔵作品だとは知らなかった。ゴッホの作品の中では落ち着いた色調の絵「黄色い家」がその一つである。知り合いのカラーコーディネーターから「小野さんは黄色が似合いますね」などと言われたすぐ後だったからか、好みの絵の一枚となった。

もう一枚の絵「花咲くアーモンドの木の枝」が、すぐそばに展示されていた。青地の背景に白か薄いピンクの花がいくつも優しく美しく枝に付く。見た瞬間、ドキッとして戸惑った。亡くなった由理くんの言葉「この絵、好きやわ」が、僕の耳のすぐそばから聴こえてきた。僅か三年で、忘却の彼方に行きつつある由理くんの幻だった。

幻だけは彼岸から此岸に戻ってこれるようだ。この絵を生身の由理くんと一緒に観たかったな。観れない現実があった。目の奥から、三年前に身についてしまったあの熱い涙が溢れてきた。一滴、二滴、三滴、美術館の床に垂らしちゃいけないな。そっと振り返り、右手の指で拭った。

・・・続く

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