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ためらいや迷いを文章に活用する方法/作家の僕がやっている文章術066

今回は小説などの創作文章のテクニックのお話をします。

レトリックです。

日本語では修辞法と呼びます。

いわゆる文章表現の技巧のことです。

アポーリアいうレトリックがあります。
『とまどい』『ためらい』『迷い』のレトリックと訳されます。

どう書き表して良いか、どう述べたら的確な表現になるか、定めきれない、つまり何とも表現できないときに、あえて使うレトリックです。

<文例1>
触れようか、触れてしまいそうだ、触れよう、いやだめだ。

この娘の髪に触れたら、もうこの娘を見つめていることさえできなくなる。

この娘を見ないふりで、膝の上に置かれた小さな手のひらが、いつバスの停留ボタンを押すのか、次か、今か、その次かと、車窓の外を椅子から背伸びをするようにして、この娘にとっての町の目印を見逃すまいと、目を見開いているであろう表情の代わりに、開いたり、ギュッと握ったり、お行儀良く膝の上に開かれたりを手のひらが繰り返すのを後ろの席に座って窓から外を眺めている顔を想像しつつ、克広は端正なネクタイの結び目を整えて、ウホンと咳をはばかって聞こえないようにするのが精一杯の無関心だった。
【アリスの贈り物/美樹香月】

克広は中年男性です。ロリコン性癖です。

バスの車内で、理想の幼い女の子の後ろの席に座っています。

というより、女児を追って、同じバスに乗り込んだのです。

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女児のストレートな黒髪に触れたい欲望を葛藤しています。

ためらい、迷いの心理は、彼女への観察視点にも、心情の揺れを覚えています。

背が低い女児がバスの窓の下枠にやっと目線を合わせて、停まって降りるバス停は、次なのか、次なのかと観察している様子の描写に自分の心理を重ねています。

<文例2>
触れようかと思って、克広は手を伸ばしかけてやめた。

触れたら、女の子から逃げられて、触るどころか一緒のバスに乗っていることさえできなくなるだろう。乗客が痴漢だと騒ぐのは想像できる。

女の子は、座った椅子から背伸びをして、自分が降りるバス停は、次か、その次かと町の景観を確かめていた。

克広はネクタイの結び目を端正に整えて、ウホンと咳をする。

そうして焦りの気持ちを落ち着かせた。

文例2はアポーリアのレトリックを使わないで描写したときの文章です。

文章のカメラはバスの車内への俯瞰で、克広の心理にまでは深くは迫っていません。
焦りの気持ちもあまり表出していません。

レトリックを使わない文章は、読みやすく、ストレスが少ない表現になるのが特徴です。

創作の文章以外では、レトリックを使いすぎると読みにくくなります。

アポーリアのレトリックは、「決めがたい確固たるもの」の表現だと言ってもいいでしょう。

「言い切りたいのに、言い切れない」モノやコトを書き表すのがアポーリアのレトリックです。

<文例2>
今夜、死ぬのだ。
それまでの数時間を、私は幸福に使ひたかつた。

ごつとん、ごつとん、のろすぎる電車にゆられながら、暗鬱でもない、荒涼でもない、孤独の極でもない、智慧の果でもない、恐乱でもない、阿呆感でもない、号泣でもない、悶悶でもない、厳粛でもない、恐怖でもない、刑罰でもない、憤怒でもない、諦感でもない、秋涼でもない、平和でもない、後悔でもない、沈思でもない、打算でもない、愛でもない、救いでもない、言葉でもってそんなに派手に誇示できる感情の看板は、ひとつも持ち合わせてゐなかつた。
【狂言の神/太宰治】

主人公の若い男は、暗鬱、荒涼、孤独、智慧、狂乱……のどれでもないが、そのどれにも近い感情を抱いて電車に乗っているのです。

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読者には、暗鬱、荒涼、孤独、智慧、狂乱……のイメージが次々と繰り出されては否定され、読者は次の概念の提示を読まされます。

この連続する概念の登場と否定とによって「とまどい、ためらい、迷い」の感情を筆者と共有することになります。
想像力を強要されます。

何とか筆者の言いたいことを理解しようとするうちに、読者のなかにも「決めがたい確固たるモノ」や「言い尽くしたいのに、言い尽くせないモノ」が刻まれていくわけです。

何事かを言い尽くせないときに、私たちは「……」の表記を使います。

言葉にできないけれど、何かはある。
だから察して言葉(概念)を補ってくれという「……」です。

「……」は、アポシオーペーシス(黙説、沈黙)のレトリックであり、同時にアポーリア(とまどい、ためらい、迷い)でもあるわけです。

しかし表現することから逃げてしまわないで、アポーリアに挑んで、ひとつのレトリックとして書き表してみるのは、面白い試みです。


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