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父へのいら立ち

父に胃がんが見つかり、私達夫婦との同居を始めて3ヶ月。お互いの生活リズムや価値観の違いにストレスが溜まり、限界を感じていました。

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 その父との間にも溝が生まれ始める。
 朝、夫の仕事に合わせて一足早く朝食を食べていると、起きて3階から降りてきた父が睨んできたと夫が言う。「俺の仕事の時間がバラバラなことに、そろそろ耐えられなくなってるんじゃないか」
 確かに、夫の仕事は休みもバラバラ、繁忙期と閑散期の差も激しく、各々の現場によって出勤時間も帰宅時間もめちゃくちゃだった。最初の方こそ夫に合わせて起きようとがんばっていた父だったが、決まったことを決まった時間にするのが大好きな人だ。ずっと夫に合わせられるはずがない。早朝、深夜の物音が少しでも気にならなくなるようにと、2階のキッチンから父の寝室がある3階へとつながる階段に遮音カーテンを取りつけたが、効果があったかどうかはわからない。
 ペースが合わないことで、せっかく家へ来てくれたお客さんにも嫌な思いをさせてしまったことがあった。母が遺していた着物を仕分けするために、私の後輩に手伝いに来てもらったのだが、夕方までかかって仕分けしてもらった後、キッチンでお茶をしながらおしゃべりしていたら、父が「腹減った!」と怒鳴るような口調で言いに来たのだ。
 自分の夕食の時間が近づいてきてもお客さんが家にいたこと、私達がお客さんの相手をして夕食の準備をする気配がないことでイライラしたのだろうが、「帰れ」と言っているのと同じじゃないか。翌日に「ちょっと言い過ぎたかなあ」と言ってきたので「そうやね」と冷静に返したけれど、後輩には平謝りだったし、こんな態度を取るのなら今後家に友人を呼ぶことが出来ないと夫も私も相当腹が立った。
 また、もともとあったわがままも一層目立つようになってきた。
 カフェRに入ったとき、スーパーに買い物に行ったときなど、自分の前にお客さんが立っていて通路を通れないときに「どけ」と言ったり、手で押しのけたりすることが何度もあった。入院中も売店で同じことをして私が怒ったこともあった。そのくせ、病院に行ったときは周りの患者さんの迷惑おかまいなしに通路のど真ん中に座り込み、カバンの中の診察券を必死で探したりするのだ。そして診察の順番を待ちながら「はよせえ」とぶつぶつ文句を言っている。一緒に出かけるたびにこういうことがあると、また次も何かやらかすんじゃないかと、付き添いをするのがだんだん億劫になっていく。
 家で話をしていても、何故そんな言い方をするのかと思うことがしょっちゅうあった。
「今日のばんごはん何がいい?」
「そうやなあ、何にしようかなあ」
 何にしようかなあって、ここは定食屋さんじゃないんだよ。
「じゃあ、肉か魚かどっちがいい?」
「…魚でええわ」
 別にそこまで腹を立てるような言い回しではないのかも知れないが、夫も私もこの「~でええわ」というフレーズにとにかくイライラした。「魚が食べたい」「魚がいいな」と言ってくれればいいのに、なぜわざわざ妥協したような「別に食べたくないけど、しょうがないからもう魚でええわ」とでも思っているような言い方をしてしまうのか。
「お父さん、それじゃ食べたくないように聞こえるから『~が食べたい』って言った方がいいよ」と何度も注意したが、なかなか直らなかった。
 
 極めつけ。この頃、父の口癖のようになっていた言葉が2つあった。
「みんな自分が一番正しいと思ってるからな」
「言うのは簡単やけどな」
 M先生、通院治療センターの看護師さん、カフェRの店員さんと常連のお客さん、親戚、夫、私、みんなが父の体調を気遣い、沢山のアドバイスを父にくれた。だが気にしいの父にとっては、それが励みではなくストレスになってしまっていたようで、何かにつけてこの2つの言葉を口にした。文句だけ一丁前に言って、病気を治すために父本人が何か努力していることがあるかというと、何もない。私がHクリニックの院長から教えてもらった足の体操も、教えてから数日は真面目にやっていたようだが、だんだんおざなりになっていく。
 手がしびれる、便が出ない、ごはんが食べられない(食べられるのに)、便が出ない、手がしびれる、手がしびれる、あれが出来ない(出来るのに)、これも出来ない(出来るのに)、抗がん剤が終わるまでどこにも行けない(行けるのに)、手がしびれる、言うのは簡単やけどな、みんな自分が一番正しいと思ってるからな…。
 同居を少し甘く見ていたかも知れない。「娘に甘えたいのよ、優しくしてあげて」と周囲からは言われたが、父にわがままな振る舞いをされて、それがこんなにイライラするとは思わなかった。多少なりとも医療に携わっている者としてのプライドもあり、父にイライラしてしまう自分にもさらにイライラしていた。

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